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中谷良の人間像とそれを支えてくれたかけがえのない存在

『生き方』ってなに?!【003】
2024/10/20放送分
『NHKスペシャル』
ジャニー喜多川
“アイドル帝国”の実像-
と関わった開運氣功ヒーラーとしての生き方!


こんにちは、かんまにです。(^^)/

今日は良ちゃんにとってのかけがえのない存在についてお話します。

わたしが生まれた時にはジャニーズは解散していたので、残念ながら良ちゃんがどんなに活躍していたのかは知りません。

ですが、その活躍は時代が変わっても『トップアイドル』としての立ち位置ですから華々しいものだったように思います。

良ちゃん宅にあったアルバムより抜粋

ジャニーズはテレビが普及し始めた高度成長期の時代に人気絶頂の中、ダンスレッスンのためアメリカに渡りました。

しかしその帰りの飛行機の中で突然の解散を伝えられました。
ジャニー氏はすでにフォーリーブスに力を入れ始め、その頃の良ちゃんにとっては突然ハシゴを外されたかのように、ジャニーズという居場所を失って途方に暮れ、なんとか芸能界で居場所を見つけるために、必死にもがいていたように思います。

そんな中で、良ちゃんにとって唯一心の拠り所のような存在があったコトをお話します。

・中谷良の人間像とそれを支えてくれたかけがえのない存在

じつは、良ちゃんは書類上では生涯独身でしたが、心の拠り所として支えてくれる女性が居ました。

その方は美由紀さんといい、もう他界されていて、わたしは面識はありません。

ですが、わたしの母とはずっとやりとりをしていて、美由紀さんの良ちゃんへの思いは亡くなる最期まで聞いていたようです。

当時、良ちゃんは美由紀さんとの結婚を考えていたようです。

ですが、美由紀さんはひとり娘。父親は開業医。
父親の立場としては娘の結婚相手には医院を継いでもらうためにも医者を望みました。
それでも美由紀さんは良ちゃんの事を愛していたため反抗し、良ちゃんとの結婚を許す条件として『娘が苦労せずにいられる充分な稼ぎがある事』だったそうです。

良ちゃんはジャニーズ時代ほとんど給料ももらわずただ働きに近い状態でしたし、ジャニーズ解散後、退職金などももらえませんでした。

ジャニー氏やメリー氏から見れば、正式な契約などもしていませんから、『子どものダンスステージ』のように考えていたのかもしれません。
メリー氏からはたくあん一枚までノートに記帳されて『赤字だ!』と言われ、お金に関して洗脳されていたようです。

お金に対して稼ぎ方を知らないまま、音楽活動を続けていれば、いつかまた華々しく返り咲けると信じ、大人になってしまったような感じです。

そんな状態だったため、結婚は叶いませんでしたが、美由紀さんは良ちゃんの魅力を信じ、親に反抗する形で良ちゃんとの交際を続けていました。

当時の時代背景を考えれば、美由紀さんのご両親の考えは当然のことだったようにも思われます。
そして、美由紀さんの選んだ道は厳しい道ではありましたが、周りに流されない自分の軸を持った素晴らしい生き方だったと思います。


この頃の良ちゃんとはほとんど会っていませんが、母から聞いた話では『美由紀さんと一緒になりたくてもなれない』、そんな自分の不甲斐なさで苦しんでいたようです。

そしてその陰に、ジャニーズの頃の心の傷が大きく自尊心を傷つけ、トラウマのように影響していたと感じています。

今で言えば『PTSD』や『ウツ』です。
ですが当時は、まだそういった症例を表立って公表することは少なく、心の病気と言うと『精神病』や『根性無し』、『甘え』など世間的にもネガティブなイメージしか持たれていませんでした。

もしかしたら、今現在でもまだ『ウツ』を軽く見られている方もいるかもしれません。それは普通にしている分には見ていてもわからないからです。
ですが命に係わる本当に危険な心の病です。

しかもその当時は個人情報の保護などもなく、自宅の住所や電話番号も当たり前のように公開されていて、良ちゃんの頭の中では顔も知られているし、俗に言う『普通の仕事』は選択肢には入らなかったと思います。

勇気を出せば、『芸能界』を捨てることもできたのでしょうが、それはできなかったようです。

そもそも良ちゃんは、すごく優しい人でした。
人を気遣い、思い遣りの強い人で他人を優先して自分を押し込めるガマン強いタイプの人だったように思います。
その反面、気が弱かった一面があり、今になってみれば、ガツガツしていないので、芸能人としては不利な性格だったように感じます。

いろいろな視点がありますので、それが『甘え』と受け取られるかもしれません。
ですが、時代背景や本人の特徴や個性、心の成長具合など、総合的に考えて、それが最善の選択肢だったのだろうと思います。

それが良ちゃんの個性であり、『生き方』だったのです。

ジャニーズのようにグループの場合、全員が目立つ存在ではなく、メンバーの中の誰かが目立ち、誰かが引き立て役といった役割分担があります。
これはメンバーの誰が良いとか悪い、誰がすごくて、誰が劣っているというものではありません。
4人でジャニーズという一つのグループをバランスよく輝かせています。

ジャニー氏は、当時まだ少年野球チームのメンバーから、ジャニーズの4人を選びトップアイドルに育て上げたのですから、その特徴や個性を見抜くことが天才的だったのでしょう。
良ちゃんは優しい性格が強く出ていましたので、引き立て役の役割が強かったように思います。
特に時代背景においても、優しさよりも強さの方が人気があったと思います。

ジャニーズの解散後、ソロ活動するには優しいがゆえ個性が薄く、インパクトが弱かったためジャニー氏に見限られ、別の事務所に移されたように思えてなりません。
良ちゃんは叔父でありながらも、素晴らしい人でしたが、自己主張できる力強さが足りなかったので、その部分をフォローしてくれる人に巡り合えなかったのが残念です。

この記事を読んで下さっている方にとって、『良ちゃんの生き方』を普通じゃないと思う方もいらっしゃると思います。

ですが、『普通じゃない感性』だからこそ、『トップアイドルになる個性』だったように感じます。

良ちゃんの個性はアイドルというより、アーティストや芸術家と言った方がしっくりくるように思います。

『アーティスト』というのは職業というより『表現者という生き方』です。
現実と向き合ったことを、どう音楽で表現するか?
特に良ちゃんは優しさが強かった分、痛みに対する感受性が非常に強く、その表現方法が芸術的でした。

その証として、古物商の免許をとり、一時期は骨董品のような『わびさびの品』を扱う仕事もしていました。

しかし、その個性が仇となって、普通の人よりも傷つきやすく内に籠りやすかったように思います。

その心のケアをしてくれていたのが、先ほどの美由紀さんだったのです。
美由紀さんの存在が無ければ、どうなっていたかはわかりません。。。


次回は
美由紀さんと良ちゃんの間に子どもが生まれます。
その子どもについてお話します。

最後までお読みいただきまして
ありがとうございました。(^^)/


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この記事を執筆中に良ちゃんの娘である江麗さんが、
2024/12/29放送【報道の日2024】という番組内で、父、中谷良への思いや、SmileUp社の補償問題に名乗り上げた思いをインタビューを受けて語っています。

【動画記事】(江麗さんのインタビューは17:47辺りからです)


【文字による記事】


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