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翳りゆく部屋:荒井由実

松任谷由実、7枚目のシングル(1976年)。荒井由実(以下、ユーミン)としての最後のシングルになります。

元のモチーフはユーミンが14歳のときに作曲したものといわれています。凄いですね。一度、元タイガースの加橋かつみにより別歌詞が付けられリリースされたのですが、歌詞を全面的にリメイクして新曲として発表しました。修復不可能のカップルの女性側の心情を歌った歌で、歌詞の字面だけ見ると強烈にネガティブな印象を感じます。どんな恋愛をしていた二人なんだと思ってしまいました。意外とユーミンは怖い女性かもしれません。

■東京カテドラル聖マリア大聖堂
さて、詞(特に女性ミュージシャン)の私的見解を話すのはあまり得意でないので、一旦詞の内容は置いて、サウンドの話をします。

ブリティッシュ・ロックのプロコル・ハルムを感じさせるオルガンが全体を通して流れます。「ひこうき雲」がコード進行など、プロコル・ハルムの「青い影(A Whiter Shade of Pale)」に強い影響を受けたのが分かるように、ユーミンはプロコル・ハルムが大好きだったようですね。

このオルガンは東京都文京区関口にある十字架型建築構造の「東京カテドラル聖マリア大聖堂(以下、東京カテドラル教会)」のパイプオルガンです。私の仕事場の近所に東京カテドラル教会があり、以前、説法と一緒にオルガンの演奏会が開催されるとの貼り紙を見て、パイプオルガンの音が聴きたくなり、クリスチャンでもないのに教会に聴きに行ったことがあります。確かバッハの曲の演奏会だったと思います。大聖堂全体が大きなサウンドホールやスピーカーになり、建物全体が楽器になるという、とても素晴らしい音で感動しました。

「翳りゆく部屋」のオルガンが東京カテドラル教会のパイプオルガンだと分かったのはあとからなので、知ってからは、より一層この曲に対して思い入れが深くなりました。ちなみに、大聖堂の建築設計は代々木体育館や東京都庁舎などを担当した丹下健三。設計者が意図的に大聖堂全体を楽器にしようとしたかどうかは不明ですが、究極の音だった印象があります。

■ミュージシャン
とにかく、レコーディングメンバーが凄い。当時の最高峰、超一流のミュージッシャンが集結しています。荒井由実名義の最後のシングルということで、気合が入っていたのではないでしょうか。

特筆するのが村上”ポンタ”秀一(ドラムス)と大村憲司(ギター)。
この頃のユーミンでしたら、ドラムスに林立夫、ギターに鈴木茂を使うはずなのに、あえて、村上”ポンタ”秀一と大村憲司を使ったのにアレンジャーで後にユーミンの夫になる松任谷正隆の決意を感じます。この二人を使うことで、更にダイナミックなオケにしたかったのではないでしょうか。ネガティブな詞のイメージをベタベタのサウンドにしたくなかったのだと私は思います。特にギターはゴリゴリで泥臭く、聴き惚れるものがあります。大村憲司はフェンダー「ストラトキャスター」ですかね。いやぁ最高の演奏ですね。

コーラスも凄いです。ハイ・ファイ・セットと、まだ売れてない頃の山下達郎です。この頃はユーミンのコーラスを「シュガー・ベイブ」名義で担当していたりしています。アルバム「MISSLIM」、「COBALT HOUR」、「14番目の月」などにも山下達郎はコーラスで参加しています。売れる前はコーラスのスタジオミュージシャンをやっていました。

「翳りゆく部屋は」は、その後何度となくリミックスされ、グレイテスト・ヒッツなどにも入っていますが、私は最初のシングル盤(オリジナル)のミックスが一番好きです。

<クレジット>
Vocal - 荒井由実
Drums - 村上”ポンタ”秀一
Bass - 細野晴臣
Guitar - 大村憲司
Keybords,Organ - 松任谷正隆
Chorus - ハイ・ファイ・セット、山下達郎

■翳りゆく部屋
作詞・作曲:荒井由実 編曲:松任谷正隆

浜辺に置いた椅子にもたれ あなたは夕日を見てた
なげやりな別れの気配を 横顔に漂わせ

二人の言葉はあてもなく 過ぎた日々をさまよう
ふりむけばドアの隙間から 宵闇がしのび込む

どんな運命が愛を遠ざけたの
輝きはもどらない わたしが今死んでも

ランプを灯せば街は沈み 窓には部屋が映る
冷たい壁に耳をあてて 靴音をおいかけた

どんな運命が愛を遠ざけたの
輝きはもどらない わたしが今死んでも

今思ったのですが、実は松任谷正隆が東京カテドラル教会のパイプオルガンが弾きたかっだだけだったりして・・・なんて。

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