chapter3-4:それぞれの夢が集う場所
「イテテテ……」
先輩はオレのベッドの上でクルクルと回りながら苦痛を訴える。
「だから、胴着をちゃんと着てやらないからそういう事になるんです」
「そりゃそうだけどさー……ッタァ、もう! あんなヤマカンみたいな反応は反則だよ!」
タンクトップにショートパンツというラフな格好、だがその腹部の隙間からみえる肌には痛々しく赤く腫れた部位が見て取れた。今日の攻防の激しさが伺われる。
「あ、なによ、なんで私の事見てるの?」
「……別に。ただ痛そうだなって思っただけ」
「まぁ、痛いっちゃ痛いけど、まぁエースやってればこれくらい日常茶飯事だしさ」
エースをやってきた人はこういう風だから、少しくらい心配はしても強くは気にしない事にしてる。エースの試合になれば、ハードスーツの下でもしっかりと打撃などの衝撃を受け続ける、想像以上にタフなスポーツなのだ。そんな彼女達が青あざなどをいちいち気にしていたら始まらない。ただ今回はエースではなく剣道だったわけで、今回の青あざは無謀の代償だったとも思う。オレは冷凍庫からカチカチに凍った保冷剤を取り出すとタオルと共に先輩へと手渡すと、彼女はありがと、と小さく笑顔を作った。
「でも先輩……」
ベッド上でタンクトップ少したくしあげて、患部を冷やしながら先輩はこちらへと視線を向ける。
「何?」
「どうして長篠に対戦なんて挑んだんですか?」
「そりゃあの子に興味があったからだよ。それに話すより対戦した方が相手の事分かるでしょ?」
――なんだその少年マンガの主人公みたいな発想は。少なくとも女の子のそれじゃない。
「知ってたんですか、彼女の事?」
「うーん、知ってたって言うか見かけてたって言うか……」
少し言葉を選ぶように、先輩は視線を宙に向けながら、
「あの子さ、実は前から気になってたんだよね」
――そう言ってニッと笑った。
* * * *
「長篠!」
一日の授業がすべて終わり、放課後に入ろうとする、そんなどこかゆるんだ空気が流れる教室で、今度は臆することなく長篠にそう声をかけた。テーブルにうつ伏せていた長篠は上体を起こすことなく、顔だけ動かしてオレを視認した。
「ん、あぁ転校生か――名前なんだっけ?」
「神谷野だよ。神谷野翼」
「悪い、名前覚えるのが苦手で……神谷野ね、覚えた」
そういうと大きなあくびを1つ、両腕を垂直に背筋を伸ばしながら起きあがった。
「それで、何か用?」
「いや、昨日の話。急に道場押し掛けて悪かったと思って」
「あー、うん。まぁええよ。最近だらってしてたしあれくらい変わった事がたまにあるくらい」
「でもあの道場長篠の実家だろ? 親とかに色々言われなかったか」
「大丈夫大丈夫、うちの親もバカだから。逆に姫野先輩の運動センスが凄いからウチの道場に勧誘して来いって言ってたくらい」
ハハハッ、と笑い声と共に柔らかい表情を見せる。こういった印象は持っていなかったので少し驚いた。
「……逆に、ね。改めてだけどさ、長篠、オレ達の部活に入らないか?」
今度はオレがそう問いかける。それまでの笑い声が止まり渋い表情へと変わった。
「この前は急で悪かったし、オレ自身も巻き込まれてた感じだったけどさ。昨日の見て思った、長篠のセンスがあれば絶対にエアリアルソニックでも闘えるって思う」
嘘じゃない、剣道のルールに則ったものではなかったが、だからこそ分かる。戦うという事に対するセンスが彼女はずば抜けている。そうでなかったらあれだけ不規則・イレギュラーな姫野先輩の連打をすべて捌ききるなんてできるはずがなかった。
どうかな、というその視線に長篠は困ったように眉をひそめる。
「なんか、アンタ……本気で誘ってくれてるんやろ?」
「もちろん。本気で」
「はは、ありがとな。それは嬉しいんやけど、うちはやっぱり部活はちょっとな……でも昨日のドタバタは楽しかったで」
それでも参加は拒否されてしまった。やっぱり剣道に対して大きな目標があるのだろうか、そんな事を聞こうかとも思ったがどこかシャットダウンしている長篠がそれに答えてくれるような気がしなかった。
「――翼! 行くよ?」
不意に廊下から絵美里が顔をのぞかせて、こちらへと声をかける。
「あぁ、すぐ行く」
軽く手をあげて答えると、絵美里は再び廊下へと姿を消した。その様子を見ながら、長篠が口を開く。
「へぇ……藤沼、同じ部活なのか?」
「ああ、ってまだ部活にもなってないけどな、一応一緒にエース部を作ろうって動いてる」
「そっか。力になれんくて悪いね」
「いや、こっちこそ無理言ってごめん。じゃあまた」
そう言って彼女の傍を離れると、長篠はどこか寂しそうな笑顔でオレを送り出した。
絵美里の後を追うようにして部室の扉をくぐる。それがいつの間にか日常の風景になりつつあった。
「――翼、先輩は?」
「知らないけど、後で来るんじゃないか?」
部室の中央におかれたテーブルで、両者ともにパソコンを展開しながら視線を合わせることなく会話する。もちろんまだ部活になっているわけじゃなく、学校側からすれば勝手に活動している異分子に過ぎないのだが。
「それで、長篠さん含めて、部員集めはどうなったの?」
「長篠はさっきNG貰った。他は……サイトへのアクセスもないよな」
そう言いながら、ファイを起動してみる。即座に情報を集めた。
『入部関連及ビ問イ合ワセノ件数ハゼロ件デス』
「ハァー……ダメかー!」
ポスター掲示やチラシの配布はしたものの、やはりこちらへのアプローチは特にない。
「私も新入生とか探ってみたんだけどさ、やっぱり子本からのメールとかもあって、私たちって敬遠されてるみたいだね。私たちに関わるとめんどくさいって感じになってて話もあんまり聞いてもらえない感じ」
部活に入っていない子を積極的に、と思ってもそちらには先回りして生徒会からの妨害が入っている。手詰まり感もあって少し気持ちが沈みがちになる。
「まぁまぁ、そう気落ちしないでさ、頑張ろうぜ」
まるで他人事――いや報道部の彼にとっては他人事に違いないのだが、少し離れた椅子に座りながら何かしらの記事をまとめているカメが言う。
「……ってか、なんでカメは最近ここに入り浸ってるんだよ」
「いいじゃん。ってかいやさ、ちょっと追いかけられてて」
「誰に?」
「最近1年の女子に追いかけまわされてて。ここなら見つかんないかと思って」
不意にそんな事を言う。彼からそういう手の話を聞いたのは初めてだった。
「なんだカメ、モテるのか。意外だな」
「意外ってなんだよ、オレは昔からどっちかって言うとモテる方なんだっての。だけど今回のはな……」
「いいじゃん、後輩の女の子に好意を持ってもらってるなんて。馴れ初めは?」
「馴れ初めって。マジで付き合ってないって……いや、それがこの前さ、学校の帰りに他校のヤツに絡まれてたっぽかったから、間に割って入ったっていうか」
「へぇ……カメって知らないところで結構かっこいい事してんのな」
「別にちょっと睨みきかせただけで、相手もすぐにいなくなったんだけどよ。それからその絡まれてた女子が休み時間とかしつこく付きまとってくるからマジでもうウザくてウザくて」
カメにそんな事があったりするのか……みんな色々と青春してるな。確かに言われてみれば背も高いし、ちょっと不良っぽい所も含めて、カメみたいなタイプはモテるのだと言われたらなんとなく納得できる気もした。元々性格も悪くないし……オレとは違う人種って感じ。
「まぁ本人にその気がないならいいけどさ、ずっとここに張り付いてても大丈夫なのか?」
「それは大丈夫、報道部長の許可は貰ってるからさ。新設エース部の特集、オレが記事書く事になってんだよ。お前らのノンフィクションでピューリッツァー賞ってな」
「いや、それ新聞の意味が違うから」
「心持ちの話だろ、いいじゃん何でも」
からかうように笑いながら、ふと間が空いた瞬間、
「いっそのこと、ホントにカメが入ってくれたら新設できるんだけどな、報道部辞めてエースはどう?」
特に考えなく不意にオレの口からそんな言葉がこぼれ落ちていた。
「悪い、それは無理」
オレの言葉は半分冗談みたいなものだったのだが、カメはいつになく真面目な顔で答える。
「オレさ、報道部の部長には返しきれない恩があんだよ。それに写真もスゲェ楽しいし、だからそれだけは無理。応援はするけどさ」
まっすぐそう返されてはもはや何も言う言葉もなく。
「……なんか悪い」
そう返すのが精一杯だった。おう、と軽く答えるとカメは再び手元の端末で記事を打ち込んでいく。
彼は彼のやりたい事があって、その手を気軽に借りようなんてそれはダメな事だった。みんなそれぞれに思いがあるんだ。きっと絵美里にも……
「なぁ絵美里」
「ん? なぁに?」
「お前はさ、いいのかよここに居て。ホントは部活とかする気なかったんじゃないのか?」
絵美里に関してはオレが数合わせで誘った面があるし、腐れ縁でそれに付き合ってくれたような気もする。
「私? 私はいいんだよ。特にやりたい部活なくて入部してなかっただけだし、翼と一緒なら面白い事できるかなとも思うしさ」
そこまで言って、絵美里は画面から顔をあげると
「それにね。私、姫野先輩の事も好きになっちゃった」
「……はぁ?」
その言葉に、作業の手を止めたカメも反応する。
「あ、オレもオレも! 姫野先輩、マジでいい事言うよな!」
「えぇ?」
オレの声に2人はニヤニヤとこちらへ視線を送る。一体何がどうしたというのか、と絵美里がスッと部室の後方の壁の方を指差した。そこには後方黒板が壁一面に設置されているのだが……
――あ。
自分の知る限り特に何も書かれていなかった黒板に、見慣れない一文がチョークで描かれている。
――それぞれの夢が集う場所――
「……あれは?」
「姫野先輩が書いてったんだよ、エアリアルソニック部のキャッチコピーって事でどう? ってさ」
絵美里は嬉しそうにそう説明する。エアリアルソニックに対する目標としてはちょっと意味が分からないけど……でもこれが姫野先輩が思い描いたエアリアルソニック部。悪くないと思った。
「ねぇ翼、これ見てほしいんだけど」
絵美里はそう言うと、彼女が先ほどまで操作していた端末のモニターをこちらへと向ける。そこには2Dのラフらしき画像と見覚えのあるロボットらしき3Dモデルが並列で表示されていた。
「これは……先輩のホーリーナイト?」
「そうだよ、ちょっとディティール変えてる箇所あるけど」
それは先輩が装着しているデバイス:ホーリーナイト。ただカラーリングやディティールの一部がオレが知っているものと少し違っている。
「私がデザインしてみたんだけど、どうかな?」
――絵美里が?
驚きつつそのデザインを今度はしっかりと見直す。正直、洗練されているとは言い難いけど、元々のシンプルな白ベースのカラーリングは踏襲しつつ、ブルーカラーのラインがとてもよく映える。悪くなかった。
「どうしてこれを?」
オレは一言、そう絵美里に問いかける。
「んー、私さ、デザインの方面に進みたいんだよね」
「え?」
「アハハ、オカシイかな?」
「いや、おかしくは……そういうの絵美里から聞いた事なかったから驚いただけで」
「そっか。あんまり周りにも言ったことないし、当然親にもね。言ったら多分反対されると思うんだ、就職はどうするんだって」
絵美里はそう言いながら席から立ちあがると、先日から嫌というほど配ったチラシを一枚手に取った。
「でも姫野先輩がね、このチラシ褒めてくれたでしょ? それで調子のって言ってみたんだ、私将来デザイナーになりたいんですって」
「それで。先輩は?」
「そしたらね、すっごく楽しそうな顔して言うの。だったら私の機体をデザインしてみてよって」
それが、さっきの3Dモデルなのか。
「先輩が勝てば沢山の人が藤沼さんのデザインを目にする。だからやってみてよって。私ファッションとかは好きだけど、こんな機械仕掛けのデザインなんて全然やったことなくて……だからぶっちゃけ自信ないんだけど、本音のところで翼、どうかな?」
少し不安そうに、だけど絵美里があまりに嬉しそうなので、オレまでつられて笑ってしまっていた。外装パーツの生成はプリンターベースなので、3Dモデルさえ出来ていればある程度再現可能だし、機体を彩る各デザイナーのセンスもエアリアルソニックという競技の人気に一役買っている要素だ。高校生大会と言えど各校有名なデザイナーに発注するなど色とりどりの機体が試合に集まる。オレはそこまでデザインは気にはしないけど、せっかく絵美里がやってみたいというのならやってみればいいと思った。
「――まぁ一応金額は確認してさ、大丈夫そうだったらこれで発注かけてみる?」
「ホント!? 嬉しい! 他にも色々あるんだよ! ちょっと見て」
うわぁ……。
絵美里は続けてキーボードの矢印を叩くと、次々と色んなデザインの3Dモデルが表示される。その点数に圧倒されてしまった。
絵美里がこんな風に前のめりに何かをするなんてあまり思っていなかったけど、そうか……みんな色んな目標があるんだなと改めて思った。こちらをニヤニヤと見ているカメはピューリッツァー賞らしいし、もちろん姫野先輩にはヴィーナスエースという夢がある。当然オレにだってあるんだ、全国に行かなきゃ好きな人に好きだって言えない。そうだ、それぞれの夢が叶う場所になるのかもしれない。
……じゃあさ、長篠はどうなんだろう? 彼女にも何かあるんだろうか――今もまだ剣道を続ける目標が。
* * * *
――ぼんやりと明るくなりつつある、そんな日の出から少し経った午前5時。どこか靄がかかった様に白く映る景色が幻想的でもある、そんな湘南の海岸線沿いで、オレは自転車を停めて道路の先を見つめている。姫野先輩の話ならもうすぐ……と、靄の先に人影がゆっくりと浮かび上がってきた。上下はえんじ色のジャージ、腕を少しまくりあげて7分くらいにしてある。首元にタオルを巻いて、腕時計の時間を気にしながらランニングしてくる女性の影。彼女もこちらに気がついたのか、そのランニングペースが少し落ちる。
「……転校生――神谷野か」
「おはよう、長篠」
オレは手を顔の高さくらいにあげて合図を送る。長篠はゆっくりとペースを落とすとオレの前ですっと立ち止まった。軽く息を整えるように息を二度三度大きく吸い込んで、ゆっくりと吐く。そうして長篠はオレに向き直ると無言でオレを見据えた。
「来るんじゃないかと思って長篠を待ち伏せしてた。悪い」
「いや、それは別にいいけど……でもなんで?」
「いつもこの時間、ランニングしてるって情報を教えてもらったから。付き合ってもいいかな?」
「付き合う? ランニングに?」
「いやいや、オレが走っても足手まといだから。オレは自転車で」
長篠は息を吐くと、好きにしろと言わんばかり一瞬目で合図するとオレを置いて再び走り出す。オレは自転車のスタンドをけり出すと少しだけ地面を蹴りだして勢いを付けて飛び出した。両足を交互に、ペダルを回転させると少し先に進む。もう一回、また少し先に進んだ。そうやって先を行く長篠の隣りへと並ぶ。想像よりも速度のあるそのランニング、自転車ではあるが気を抜けばこちらが先にバテてしまう可能性もある。
「……神谷野は、体力あるほう?」
長篠が声をかけてきた。彼女の方から話しかけてくるとは思っていなかったので少し驚く。
「あんまり。元々体育得意じゃないし、部活もコンピュータとか機械弄りがメインだからさ、スポーツ部のヤツと比べたら全然だよ」
「へぇ……頭脳労働専門って感じなんやね?」
「でもエアリアルソニックって試合になると裏方でも体力勝負って所あるから、ある程度持久力は付けないとダメでさ。だからなるべくランニングとか自転車とか使ってたり、気は使ってるかな」
「あれやな。健全な魂は健全な肉体に宿る、って感じ?」
「まぁそんなところ」
「なら神谷野も降りて走ったらええやん?」
「いやいやいや! 長篠の速度で走ったらすぐに振り落とされるよ」
こちらの答えに長篠はハハハッ、と笑いながらそれでもリズミカルに双脚で地面をタップし続ける。
タンタンという狂いのないリズムにほとんど変わらない呼吸音。それは彼女がどれだけトレーニングを続けてきたかを如実に示していた。
「……それで。なんで神谷野はウチがこの時間に走ってるって知ってたワケ?」
声のトーンは変わらず、視線は進行方向から外す事もなく、ここで長篠はおそらく一番聞きたかっただろう事を問いかけてきた。
「姫野先輩から聞いたんだ。長篠が早朝海岸線沿いでランニングしてるのをよく見かけるって。いつもこの辺りのコースでランニングしてるのか?」
「ほぼ毎日。早朝だとあんまり人通りもないから走りやすいし。でもまさか学校の人に見られてるとは思わんかったな」
長篠は苦笑しながら、しかしリズムを崩すことなく走り続ける。側面には彼女の身長よりは低い防波堤が常に寄りそう。ところどころにある隙間から見える海がやけに穏やかで、朝靄の景色をより一層静寂なものに感じさせる。しばらく無言だった。なんとなく次の言葉を見つけられなくて、言葉の迷路に迷い込む。だけど、それじゃなんのためにここに来たのか分からない。オレは少しだけ気持ちを奮い立たせるように鼻から息を吸って、そして口を開く。
「長篠はさ、なんで朝連してるんだ?」
「えっ?」
「トレーニング、部活とかじゃないのにやってるから」
長篠は顔の方向はほとんど変えることなくチラッとこちらへ視線だけ向けて、だけどすぐ外す。間があった。オレは彼女の次の言葉を待つ。
「部活はなくなってもうたけど、剣道辞めてるわけやないんで。それにずっと続けてたから」
「ずっと?」
「あぁ、ずっと。子供のころから続けてきてたんよね、ランニング。だからもうクセっていうか、そんな感じ」
「部活があってもなくてもって事?」
「そうやね、部活があった頃の方がもっと長く走っていたかもしれんけど」
長篠の走る速度が少し遅くなる、先ほどまで寸分の狂いもなかったリズムが変わり、そして立ち止まった。オレもブレーキをかけて自転車を止めた。
そこはドリンクの自動販売機とベンチが置かれた一角、長篠は首元のタオルで軽く顔周りを拭くと、ポケットからマネーカードを取り出した。ピッという音と共に、スポーツドリンクを取り出して、こちらへと手渡す。
「へ、いや悪いよ」
「いいから」
オレの拒絶にも強制的に手渡されたペットボトルはひんやりと冷たく、体が反射でビクッと震えた。
「ありがとう」
そう答えると、長篠は軽くほほ笑むようにして答えた。続けて彼女も同じ物をもう1本買うと蓋に手をかけながらベンチに座る。視線でオレにも座るように促した。オレが座ると同時、長篠は蓋を開けると飲み干すような勢いでそれを流し込んでいく。彼女のノド元が動く、その様を隣で見ながらオレも一口それを飲む。
「……なぁ長篠、聞いてもいいか?」
オレの言葉に、彼女は手にしていたペットボトルを口元から離す。
「なんや?」
「どうして女子剣道部ってなくなったんだ?」
その言葉に彼女の表情が強張る。
「色々聞いたんだけど、全然そこのところの情報がなくてさ。学園側が結構な部活を廃部にしたってのは聞いたけど、長篠みたいにやる気がある人がいたんなら潰れる事なかったんじゃないかなって。長篠って相当強そうだしさ、試合の申し込みとかも結構あったんじゃない?」
「強そう? ハハッ、そうかな?」
「そうだよ、この前の対外試合見た限り、相当でしょ? オレは全然剣道のルールとか知らないけどさ、動き凄かった。それに廃部の後も他の部活から勧誘があったって聞いたよ。陸上部とかバレー部とか」
「せやね。ウチ結構運動神経だけはいいからなぁ……ってか、あんたらもウチを勧誘してるやん?」
「でもその勧誘、全部断ったんだ?」
「そうやね、断った」
「それってやっぱり長篠の目標は剣道、って事だから?」
くしゃ、という音と共に長篠の手元に合ったペットボトルの形がいびつに歪む。それを手首のスナップでクズかごへと投げ込むと、長篠はドンと背もたれに両肘をかけるようにしてまだぼやけたままの天を仰ぐ。
「……剣道はね、家が道場だったからずっと続けてきたし、これからも続けるつもり。だけどそれと部活については別かな?」
「どういう事?」
「全然大した話やないで? ウチが部活に勝手に憧れて、勝手に諦めた話なんよ。聞きたい?」
オレは浅めに座り直して姿勢を正す。それがOKの合図だった。
* * * *
小さな頃から変わらずこの町に住んでいる。だから、自宅から徒歩で歩ける範囲は地図がなくったってどこにだって行けた。小さな路地裏から、車が渡れない小さな一本橋、ショートカットも沢山知ってる。そんなウチがいつも立ち止まってしまう場所があった。金網の敷居を挟んで道の上に天井の様に張りだした桜の枝々が網目状の影を落とす。春には桜の花弁が絨毯を作る、小学校からの帰宅ルートの一本だった。ウチの秘密のルート、その景色の美しさもそうだったけど、もう1つの楽しみはその金網の向こうから漏れ聞こえる楽しげな声だった。
「そこ! もっと脇をしめて!」
ピリッとする声、床を踏みしめる音に竹刀の音。実家の道場で聞き慣れているその音々は、しかしそこではとても新鮮で楽しげに聞こえた。ウチよりも年上のお姉さんたちが練習をしている。高校生、随分大人に見えた。汗が飛び散り、威圧の声が大きく響く。もしかするとそれはとても厳しく恐ろしい風景に見える人もいるのかもしれない。でもウチにはとても楽しそうに見えた、金網の向こうの異世界にいる彼女達が輝いて見えた。ウチの小学校には剣道部がないから、中学生になったら、そして高校生になったら、この人達の様に部活っていうのを頑張ろう。そういう想いはずっとあった。
中学の選手権での実績もあって、色んな強豪校からの推薦もあったけど、あの時の景色を追い求めて、自分の家からほど近い桜山学園を選んだ。この場所で、仲間たちと部活を頑張ろう、それで全国へ……そう考えていた。
だけど――
「廃部勧告!? なんで?」
1年生であるウチの声に、2つ上の先輩は淡々と答える。
「私たちだけじゃなくて、実績の弱い多くの部活にそういう通知が来てるみたい。来年から勉強に力を入れる方針みたいね、特進クラスとか補習」
実績……確かに地区予選敗退ではあったけど、でも決して弱いわけじゃない。1年生ではあるけどウチだってレギュラーで頑張ってるし、先輩達も優勝したチーム相手にかなり善戦していた。もちろんメインの3年生の引退はあるけれど来年こそは、地区予選を突破して……それに個人賞だって。
「どうする? 私はもう引退だから、これは2年と1年で決めて」
3年生の先輩達の言葉に、集まった2年生・1年生の部員は輪を作って話し合う。ウチらは当然、これを突っぱねて来年こそ全国大会に……そう思っていた。だけど……
「もういいよね」
「別に無理して続けなくても……そこまでするメリットあります?」
予想に反して、ネガティブな声ばかりが聞こえてくる。
「どうして!?」
ウチの声に、1つ上の先輩たちはめんどくさそうに答える。
「いや、学校が廃部を勧告してるのに、下手に抵抗して内申悪くなっても嫌じゃん?」
「別にこれ続けててもどっかいい推薦とれるわけでもないだろうしさ。受験用の特別コースとか出来るんでしょ? そっちの方に行った方がよくない? 私たち来年は3年だしさ」
「だよねー、別に私とりあえず部活したかっただけで、剣道じゃなくても良かったっちゃそうかも。内申上がれば十分だったしさ。なんだかんだ練習とか結構大変だったし。汗臭いしモテないしねー」
次々に飛び出す予期せぬ言葉の数々が、ウチの心を切り刻む。
「いやでもせっかく今年地区大会の決勝までいったやん? 来年は絶対に全国に……」
「あー、でもさ。今年の戦力が過去最高クラスだっただけじゃん? メインの3年生も居なくなって、確かに長篠さんは凄いけどさ。1人だけじゃ来年の団体戦はちょっと無理じゃね?」
「私もそう思う。過去最高のメンツだった今年でダメだったんだから来年なんかもう絶対ダメだよ、ねー?」
来年は――? 今年の団体戦だって、県大会の決勝までは行ったやん?
「なんで! みんなやる気はないん!? そんなことない、頑張ったら絶対……」
そういうと次々と言葉が飛んできた。
「あーもう。学校が部活を辞めろっていうんだから、もう言われた通り辞めたらいいんじゃん?」
「ここから続けてなんかメリットある?」
メリットって……メリットってなんなん?
「まぁまぁ……長篠ちゃんは家が道場だしさ、来年は部活じゃなくて個人戦でエントリーしたら? 結構いい線いくんじゃない?」
「それがいいよ、うちらと違ってアンタはさ、剣道の才能あるし!」
違う、そうじゃなくてさ、ウチはみんなで……チームで戦いたくて。
……あぁ、そうか。みんなはそうじゃなかったんだ。
その光景が徐々に色を無くして、モノクロームに落ちていく。沸騰していた感情が一気にマイナスへと反転するように、静かに冷たく落ちていく。どんどん声も遠くなって、そして何も聞こえなくなった。
部活に憧れてた。
ドラマの中の、マンガで描かれるような熱いドラマがそこにあると思っていた。もちろん剣の道は好き。でもそれだけじゃない、いつか見たように、みんなで練習して、毎日練習して、そして同じ目標に向かって全力で頑張る、そんな憧れを夢みてた。でも、みんなが同じ目標でいるわけじゃない、目的だってモチベーションだってみんなそれぞれに全然違ったんだ。私だけが1人で何をしていたんだろう。私はそんな事すら気がつかずに1人で、何バカをやってたんだろう。
部活なんてそんなもんじゃん?
* * * *
「……そっか」
話を聞き終えると、オレは息を吸いながら両手を大きく伸ばしてベンチから立ち上がる。
「でも剣道は辞めないんだな」
そういうと、長篠は哀しげな笑顔を見せる。
「まぁね。ウチにはそれしかないから。勉強できるわけでもないし、剣がなかったら何にもないんよ」
「そんな事ないと思うけどなぁ」
長篠の目が大きく見開いた。何を言ってるのか、そんな顔だ。
「それしかない、なんて多分ないよ。自分がそう思い込んでるだけなんじゃない?」
「いいや、そんなことない。ウチから剣道をとったら何があるんって……」
「他の部活からも誘われたりしたんだろ? 運動神経相当いいって。少なくとも長篠にはそれだけ色んな事ができる可能性があるってことじゃん。きっとなんだってできるんだよ。もちろん剣道辞めなくてもいいと思うけど、剣道しかないなんて事はない。部活を全力で頑張りたいったことだったら、きっと他の部活の場でもそれは経験できる気がする。可能性なんて自分で諦めなきゃいくらでもあると思うよ」
さしてまだ関係性のないオレの話を聞く長篠の真剣な目は、きっと本当はこういうまっすぐな話をまっすぐ受け止める素直な女の子なんだろうと感じさせるものだった。
「せっかくの高校生活なんだし、やっぱり部活をやりたいんならやってみたらいいんじゃないか。別にオレ達とじゃなくてもいいし。もちろん可能性としてエアリアルソニック部も考えてくれたらうれしいけどさ」
「……ごめんな。多分神谷野が言うと事は最もなんやろうけど、もうウチは部活はしないかな。もうあんな風に自分以外に、周りにガッカリさせられるのイヤなんよ。あんな想いをするくらいなら部活なんてしなくていいって思う」
それだけ言うと、長篠は大きく両腕を点に伸ばすとベンチから立ち上がった。長篠が部活の勧誘をことごとく断っている理由は剣道一筋だからってだけじゃなかった。長篠はどこか他人を寄せ付けないような独特の空気のわけが少しだけ分かった気がする。自分が誰かに失望する事を怖がってる。
――同時に、姫野先輩が彼女に惹かれた理由も分かった気がした。
その無駄に純粋なところというか、憧れを抱き続けてる姿がどこか似てるんだ。
「色々話聞いてくれてありがとな神谷野。ウチはこのまま来た道を走って帰るけど、ここで別れる?」
「……ちょっと待ってくれよ」
「なに?」
「もう少しだけ寄り道して行かない?」
オレの提案に彼女は首を傾げる。
「すぐそこまでだからさ、いいだろ?」
怪訝そうな表情の長篠を連れて、オレは海岸線をもう少しだけ先に進む。自転車は手で押して、長篠と2人で海岸線を歩いた。徐々に周囲の景色が明るく照らされ始め、沿線には車の姿も見てとれる。長篠は両手をジャージのポケットにつっこんで無言でオレについてくる。
「姫野先輩がさ、長篠の事をよく見かけてたんだって。あの人、朝からバイトしてたり自主連してたりするから、多分この辺で走ってる長篠を見かけたんだと思う」
「へぇ……ウチ詳しくは知らないんだけどさ、姫野先輩って生徒会と対立して1人で部活棟を占拠してた人やろ? そうまでして部活って形にこだわる必要があったんかな、自分以外誰もいないのに部活って形にせんでも、それこそウチみたいにもう普通に個人で試合とか大会に参加したりすればよかったんやない?」
それはごもっとも。だけど、エースの全国高校生大会・ヴィーナスエースは残念ながら一人じゃ参加できない。あれはチーム戦なのだ。そういうバックボーンもあるんだけど、競技をよく知らない長篠にそれを伝えるのは何か違うと思った。
「先輩はさ、いつか誰かと一緒にやれるって、結構本気で思ってたんじゃないかな。あの人基本バカだから」
「……そんなに誰かと一緒がええの? 人数が集まったところで、結局それぞれが目標違うわけだしさ、バラバラな人間が集まってるだけでめんどくさくない?」
長篠の表情が険しくなる。
「先輩はそういう風には考えないよ」
「なんでそんなこと言い切れるん?」
「昨日さ、先輩が黒板に部活勧誘のキャッチコピー、考えて書いたんだけど、なんて書いたと思う?」
「……さぁ? なんなん?」
「それぞれの夢が集う場所、だって」
長篠はその言葉を聞くと、少しあっけにとられたように目を開いて、そして続けてふっと鼻で笑った。
「なにそれぞれって。部員の夢も目標もなんもバラバラって事?」
「……そういえば、長篠の事も気にしてたみたいだったよ。毎朝1人で海岸線走ってる子がいて、ずっと気になってたんだって」
「気にするって、ウチの事を? なんで?」
「1人で頑張ってるなーって。でもどうせなら誰かと一緒に練習した方が楽しいんじゃないかなって思ってたって。声かけようかって何度か思ってたみたい」
そう言い終えると、オレは海岸の方を指差した。長篠もその先を見つめる。そこに数人の人影を見つけるのはさほど難しい事ではなかった。姫野先輩と絵美里、そしてカメだ。自転車を止めると、オレと長篠は防波堤の階段部分を抜けて海岸へと降りる。ザクっという砂の感触が足の裏に伝わる。砂に足をとられるため急に足取りが重くなる。そんな砂の上で、姫野先輩は往復ダッシュを繰り返している。その近くに椅子を広げて絵美里がラップトップを開いておそらくデザインの作業中。カメは手にしたカメラのシャッターを切り続けている。
「……何これ?」
隣を歩く長篠がオレに聞く。
「先輩の朝連。足腰の強化らしいよ」
「それは見ればわかるけど、ここにウチを連れてきてどうするつもり? 私はアンタ達の部活に入るつもりは……」
「あー! 長篠さんだ!」
そう言いかけたところで、こちらに気がついた姫野先輩が一気に突っ込んできた。この足場の悪い中、よくそれだけのスピードで走って来れるなという速度で近づくと、両手で長篠の手を掴む。
「早朝ランニング?」
「え、えぇまぁ。それで帰るとこですけど」
「もうちょっとトレーニングしてかない? 下半身強化にいいと思うんだ、海岸ダッシュ!」
「砂地……それは確かにそうでしょうけど……でもなんでウチが……」
戸惑う長篠に、姫野先輩はニカッと歯を見せて笑う。
「ね。一緒にやろうよ!」
「でもウチはもう部活には……」
「いいよ、別に部活に入ってくれなくても」
「は?」
「でもさ、朝連はほとんど毎日してるんでしょ? じゃあ朝連するなら私と一緒にやろうよ。私もバイトない日はほぼほぼここで朝連してるから、一緒にスケジュール合わせてさ! 2人いたらダッシュだけじゃなくてビーチバレーみたいなのもできないかな?」
長篠が言葉を失う。想定していなかったんだろう、目をパチクリとなんども強く瞬きする。
「……部活入らないのに一緒に練習するって、何の意味があるの? 先輩にメリットあります?」
「……? メリットって何?」
「部活にも入らない、部活設立の頭数にできないウチが、仮に先輩たちと一緒に練習して、それで先輩にとって何か得する事でもあるん、って聞いてん!」
自然に長篠の語気が強くなる。
「んー、メリットか……メリット、メリット」
だが先輩は飄々としたまま、掴んでいた彼女の手を離して
「なんだろ、よく分かんないけどさ。でもどうせなら1人より、誰かと一緒にやった方が、何だって楽しいでしょ?」
「はぁ?」
「誰かと一緒のがよくない? 私はさ、なんだって誰かと一緒の方が楽しいし頑張れるもん。長篠さんは違うの?」
先輩はそう続けた。長篠は無言だった。
だけど、しばらくして、そんな2人は一緒に海岸ダッシュを始めていた。
やはりトレーニングを積んできただけあって、長篠の速度も大したものだったが、それ以上に姫野先輩の軽快さには度肝を抜かれる。ニンジャかなにかか、まるで砂の上じゃない様な動きをしていた。
「はぁはぁ……」
足元が安定しない砂の上、さすがに息が切れている長篠に、オレは水の入ったペットボトルを手渡した。
「さっきのお礼って事で」
「……サンキュー」
長篠はそれを受け取ると、タオルで汗を拭って一息つく。だけどまだ先輩は体力が余っているのか、ピョンピョンと砂の上を跳ねながら、こちらへと声をかけてくる。
「神谷野くん! 勝負しよー!」
「はぁ!? オレが先輩と勝負になるわけないでしょ?」
オレが否定するも、絵美里とカメが盛り上がってしまう。
「いいじゃない、やりなさいよ」
「よし、シャッターチャンスが来たな!」
こうなったらその流れを止められるわけもなく、ハンデをもらいながら先輩と砂浜ダッシュの勝負をするも、すぐにバテバテになって倒れ込んだ。
「もっと頑張りや、男の子」
そう言って手を貸してくれたのは、長篠だった。差し出された手を掴んで上体を起こす。息も切れ切れ、滴り落ちた汗に砂がついて気持ち悪かった。
「……オレはメカニックだからさ、頭脳系なんだっての」
「でも、正直頭いいよりある程度スポーツできるやつの方が女子にモテるんとちゃう?」
「うぐっ……べ、別にモテなくてもいいんだって」
「ハハッ!」
長篠が大きく笑ったのをオレはその時初めてみた。女の子らしく可愛い、そう感じる。
「なぁ神谷野。さっきから藤沼は何をしてるんだ?」
「絵美里? 多分デザインじゃないかな?」
不意にラップトップを開いてずっと何かと格闘している絵美里が気になったらしい。
「デザイン?」
「エースの機体のイメージ制作というか。絵美里はそういうデザイン的な事がやりたいらしくて……」
「へぇ! 藤沼ってそういう事に興味があったんや、知らんかったな」
「先輩は、みんながやりたい事をやれる場所にしたいんだって言ってた。だから絵美里はあれでいいし、そもそもカメは部活のメンバーじゃないし、先輩は全国目指して頑張るし……」
「……ホントに全員がバラバラな事してんねんな」
長篠は空を見上げて、少しため息交じりに続ける。
「そんなバラバラなのに、部活になるの?」
「そうだな。でも、全員の最終目標が一緒なら、個人的な目的は全然バラバラでもいいんじゃないかってオレは思うけどね」
「最終目標って?」
「決まってるじゃん? ヴィーナスエース、全国制覇だよ」
オレがそういうと、長篠は少し考え込むように黙って俯く。こんな部員の確保にも手間取る状況で全国制覇とか、てっきり笑われるかと思ったんだけど……そんな表情はなく、むしろ真剣にこちらを見つめる長篠の様子にオレの方が視線を外してしまった。もしかして彼女も何か思う所があったのだろうか。少し間があって長篠が口を開く。
「それで、神谷野は?」
「……オレ?」
「神谷野にもあるんだろ、この部活でやりたい事ってのが」
「オレか……そうだな、オレはエースで優勝したら言いたい事があるヤツが……ってやっぱ今のなし」
「はぁ? なんだよそれ、詳しく!」
「……気が向いたら」
「え? いいじゃん教えろよー……絶対女絡みじゃん! おもろそうやん!」
長篠が楽しげに話しかけてくるので、ついつい余計な事を言ってしまった。でも、とりあえず彼女が楽しそうでよかった。今まで見た事がない長篠がそこにはいた。きっと本来はこういう人なんだろう、どこまでも楽しくて明るくてノリのいい奴だった。
「みんな、そろそろ時間じゃない? 学校あるし、今日の朝連はここで終わりにしよう」
しばらくして絵美里はそう言うとパタンとラップトップを閉じた。その彼女の声でそれぞれの動きが止まった。確かに気が付けば7時を余裕で回っている。今から帰って着替えてから今度は学校へ行かないと。
オレは軽く砂を払うように叩きながら起きあがり帰る準備をしよう、そう思っていると
「なぁ、神谷野」
――と、長篠がオレにだけ聞こえるように声をかけた。
「1つ、お願いしたいことがあるんやけど、ええかな?」
chapter3-4 (終)
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