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生涯続く音楽研究ーー小川博司教授インタビュー

 2021年度をもって関西大学を定年退職される小川博司教授は、教育に情熱を注ぎ、数多くの卒業生を送り出してきた。音楽研究に対しても熱い思いを持ち、「退職しても研究を続けていきたい」と何度も語る。長年にわたって教育と研究に情熱を注いできた小川先生にお話を伺った。

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――音楽研究をし始めた経緯を教えてください。

 学部の卒論で、メディアと音楽の関係について書きました。本格的な研究として、具体的な出発点は広告音楽の研究だったんです。当時、音楽の研究と言うと「内容」が主な研究対象でした。「こんな歌詞だったから流行った」とかって。でもそうじゃない、歌詞だけでは説明できないところで、音楽によって社会が動き始めてきたなっていうことを学生時代に感じていて、でもどのようにしたら言葉にできるのかと悩んでいました。1980年代初めに広告音楽の研究をして、そこから80年代半ばに環境音楽の研究をして、だいぶ見えてきたところはありました。それから、1990年前後にはカラオケの研究をしてっていう感じに、結局メディアという側面から現代社会の音楽の在り方を検討するのが私の一貫した見方だったのかなと。今振り返ると思います。
 最近はマーシャル・マクルーハンのことを授業でやっているけど、私が学生時代にもやもやしていた時はマクルーハンのこととかあまり知らなかったんだよね。でも、結局マクルーハン的なメディア論の見方で音楽を捉えようとしていたのかなというふうに思いますね。ただ基本メディア論ですが、かなり社会学にもこだわって社会学的なアプローチでもやってきました。まあ、これは現在でもまだ続いています。でもまだ残された問題があって・・・ノリの問題ね。ノリって何だろう、社会の変動とノリがどう関係しているのかということがまだ残された研究課題です。

――よく講義内で盆踊りについて話されていらっしゃいますが、盆踊りとの出会いについてお聞かせください。

 大学4年生の夏、学生村という制度を利用し、涼しい信州の山村に民泊の形で滞在したことがあって、そこで盆踊りと出会いました。盆踊りが行われていることは事前に知っていたけど、実際に見てみて、びっくり仰天したんですね。楽器もレコードも使わず、自分たちで歌いながら徹夜で踊っている。その感動はすごかったですね。これが音楽の原点なのかなと思って、毎年行くようになりました。
 その村自体が好きになったこともあったので、家を建てて、夏もそこで過ごし、最近ストーブを入れたので冬もそこで過ごしています。毎年参加し、踊っているので音頭取りにも推薦してもらい、櫓の上にのぼって踊っています。
 仲間とワークショップを行い、他の地域から来た方に踊りを教えたりしています。盆踊りについてはいろんな研究者がいますが、私の場合は深く入りすぎたのでもう研究じゃないなというところにいます。でも、学術研究書は書かないけれど、読んだだけで踊ってみたい踊りの入門書的なものは後々書きたいと思っていますね。盆踊りをもっと多くの人に知ってもらいたいと思っています。
 ただ残念ながら、盆踊りは8月のお盆に一斉に全国で開催されるので、他の盆踊りのことはよく知らないんです。私が踊っているものは、都会のお祭りで踊られている新しいものではなく、500年前からある盆踊りです。他の盆踊りとは比べられないけれど、世界中と比べてもかなり珍しい文化だと思います。そこに、人間の集団の在り方が良く表現されているので、世界中の人にも知ってもらいたいなと思いますね。盆踊りは、生者と死者がどう交流するのかというも話でもあります。踊っていくうちに夜中になると、こんな楽しいものはない。快楽がすごいです。

――これまでどのような方針を持って教育に携わってこられましたか?

 やっぱり講義はつまらなかったらダメだと思っていますね。私の講義を面白そうと思って履修した学生さんが「なんだこりゃ」という感じで帰られるのだけは嫌なので、講義ではできるだけさまざまな工夫をしています。音楽というのは感覚的なものなので、言葉にするのが難しいんです。だからこそ音楽の感覚的な部分をいかに言葉にして伝えるかというのが大事で、これは知的な作業です。音楽という感覚的な事象を知的に分析することの面白さが学生たちに伝えられればいいなと思って講義をしています。音楽そのものの快楽だけではなく、同時に知的な快楽も伝えたい。音楽について考えることは快楽になるんですよ。
 ゼミ生に対しては30代、40代で活躍できるような人になってほしいと思います。20代はまだひよっこだからすぐに活躍するのは難しい。だけど、30代、40代で花開いて社会の中核となって頑張ってくれる人材に育ってほしい。そのための基礎力をつけるのが大学のゼミだと思っています。社会の見方や文章力、思考力を磨いて、幅広い教養を身に着ける。教養というのは昔ながらのハイカルチャーとしての教養というより、むしろ頭の中にある引き出しを増やすこと。ゼミではこうした教養を身につけることに重点を置いてきました。
 あと、他のゼミでは先生が海外研修に行くとゼミ募集を中止しますよね。でも小川ゼミは一年の空白もない。前の大学にいた時からずっと、ほかの先生の助けを借りながら、続けてきた。このことは自慢できることだと思います。いまは音楽系でも他の先生のゼミがありますが、当時は音楽関連のゼミがなくなってしまうと、音楽を学びたい学生ががっかりすると思ってゼミを閉じなかったんです。そして36期絶えず活動を行ってきました。

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――退職後の予定をお聞かせください。

 退職したらなくなるのは教育だけかなと思ってて、研究は続けていきたいと思っています。とにかく書きたいことがありすぎるので、ちょっといま死ぬに死ねない、恨んで出るぞ(笑)。ただ、年を取ってくると集中力がなくなるので、まあ時間との相談だけれども、できるだけ頭が元気なうちに書けることは書いておきたいな。
 あとはこの先に新しい展開を増やしていきたいとは思いますね。講義があるから研究も頑張れていたところがあるので、もし講義がなくなったらいまある書きたいことが急になくなってしまうかも、それはやだなと(笑)。だから何らかの形で、講義に変わるようなこと、たとえば研究会や読書会などをしていきたいですね。月に一回でも、人と会う機会を作っていかないと声も出なくなるし、盆踊りも歌えなくなる(笑)。

――最後に学生へのメッセージをお願いします。

 大学生としての時間を大切に過ごしていただきたいなと思っていますね。とにかく学生はみんな忙しすぎる(笑)。一生のうち、この大学生活がどういう時期か分かっていれば、バイトバイトで情けないことにはならないですよ。本当だったら海外とかいろんな所に行って欲しい。いまはコロナ禍で行けないので仕方がないですけど、もうちょっと「遊び」の時間を持つべきだと思います。ハンドルの遊びって分かります? 車のハンドルってちょっとぐらい回しても車輪に伝わらないんだよね、でも、この一見無駄に思える動作がないと危ないんだよ。そのハンドルの遊びのような余裕が今の大学生には少し足りないんじゃないかな。ここ10年ぐらい特に思いますね。みんなスケジュール帳を埋めることに満足してて、ちょっと時間が空いたから映画に行こうかとか、美術館に行こうかとか、さっと動けるフットワークの軽さと時間的余裕が欲しい。せっかくの大学生なのにもったいないですよ。卒業したら嫌でも働くんだから(笑)。もちろんお金のことはみんなそれぞれの事情があると思うんだけど。

(取材・執筆:多田菜々美、林佳那、眞野里佳子、山崎源樹)

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小川博司(おがわ・ひろし)教授
 1952年生まれ。1975年に埼玉大学教養学部を卒業し、1979年に東京大学大学院社会学研究科社会学専門課程新聞学専攻を修了。1986年より桃山学院大学社会学部助教授、1995年に教授となった。1996年、関西大学社会学部に着任。専門はメディア文化研究、音楽社会学。「ノリ」をキーワードとした社会学的観点からポピュラー音楽の分析とともに、クイズ番組といったテレビ文化に関する研究も行っている。「メディアと音楽」「メディア文化論」などの授業を担当してきた。主な著書は『音楽する社会』(勁草書房、1988年)、『メディア時代の音楽と社会』(音楽之友社、1993年)ほか。