ときめきを追いかけて~ブロカントと歩む人生~
静かな住宅街にひっそりと佇む、真っ白な一軒家。大阪府堺市にある富木駅から徒歩10分、ここは白橋紗良・仁夫妻(仮名)が営むフランス製ブロカント・アンティークショップ「Brocante de La Cocotte(ブロカント・ドゥ・ラ・ココット)」。木のぬくもりからどこか懐かしさを感じる店内は、家具や手芸道具、雑貨、ドライフラワーであふれている。南フランスの民家や蚤の市を訪れたような気分へと誘う空間だ。
夫の仁さんとともに移転や改装をくり返し、理想のかたちを追い続けている妻の紗良さんにお話を伺いながら、奥深いブロカントの世界へと足を踏み入れた。
フランス旅行で運命の出会い
「ブロカント」はフランス語で「古道具」を意味する。作られてから100年以上経過したものを指す「アンティーク」よりも、歴史が少し浅い雑貨や家具のことだ。
結婚後、2人ではじめてフランスを訪れたときのこと。フランス語の通訳をしている友人に案内してもらった中古品の家具や雑貨を販売する「蚤の市」で、ブロカントに出会った。「これに一生をかけてもいいんじゃないか。運命の出会いだった」と、紗良さんは当時を振り返る。「感動のあまり衝撃に近いような感覚でした。今までの何よりもこれが好きなんだと明確に言えるものに出会った感覚で、心の底から興奮しているのが自分でもわかりました」。
古めかしいさまに上品さも含まれていることを意味する「シャビーシック」のような、フランス製ブロカントにしかない繊細な美しさに惹かれたという。「アンティークには高級感がありますが、それより身近で素朴なブロカントの方が私たちの求めているイメージでした」。
ブロカントに出会ってからは、グラフィック・ウェブデザインの仕事をしながらフランスで買い付けをおこない、少しずつインターネットで販売をはじめた。デザインの仕事では情報誌や洋菓子店などのチラシを制作していたため、クリスマスやバレンタインといった季節ごとのイベント時期がとくに忙しくなるという。「どうしてもデザインの仕事には波があったので、忙しくない時期には家具をネットで販売する仕事の経験を活かしたいと考えていました。そんな時、ブロカントに出会ったんです。これだ、と迷いもありませんでした」。
こうしてインターネット販売をしていくなかで、実際にお客さんがデザイン事務所へ商品を見に来ることも増えた。「せっかくなら店をしながらネット販売をしようと、事務所の一部を改装しました」。そして自宅かつデザイン事務所、店舗である堺店が誕生した。
ときめいた方に進んできた人生
紗良さんは大学卒業後、一般企業で働いていた。しかし、仕事をしながらデザイン専門学校に通い、グラフィック・ウェブデザインを学びはじめる。「どうしてもデザインを学びたい、人生一度ならやりたいことをしたいという思いが膨らんできました」。幼い頃から絵を描くことや物づくりが好きだったこと、また古いものや味わい深いものに惹かれてきたことが影響していると話す。その後は仕事もやめて、家具のネットショップでアルバイトをしながら学校に通った。その職場で出会ったのが、仁さんだった。
そして結婚後、フランス旅行で訪れた蚤の市で一瞬にしてブロカントの魅力に引き込まれた2人。店を訪れたお客さんが目を輝かせて「まるで宝探しのようだ」「まるでフランスに来たようだ」と話している様子を見ると、嬉しくなるという。
「いつか堀江にも店を出したいと思っていました」。そんな2人には共通した目標があった。堺店での販売にも慣れてきた頃、ついに念願の店舗を「家具のまち」として有名な堀江にかまえた。ところが、すぐに閉店することになってしまう。「堀江は家賃がすごく高くて、通勤も時間やお金がかかるし、どれだけ売っても採算が合わない。お客さんもたくさん来てくださるから、買い付けのためにフランスに行く時間もありませんでした。だから1年も経たないくらいでやめてしまいました」。
また、子どもの出産とも時期が重なった。「子どももできて、もう記憶がないくらい忙しい日々でした。なので、堺店を自分たちで拡張しました」。現在の堺店は、建築デザインの仕事経験がある仁さんや店のスタッフとともにデザインや設計をおこない、改築したものだ。店舗販売をはじめた頃の姿から、三角屋根の小屋が足されている。
多忙な時期の唯一の癒しは我が子と過ごす時間だったという。余裕ができたこともあり、1歳になる前に家族でフランス旅行へ行くこともできた。「幼い頃から店にある家具や雑貨に囲まれて育ったから、ブロカントのことは好きみたいです。でも、友達はアニメのキャラクターが可愛いと言っているなかで、さびた釘をみて可愛いって言ったときは驚きました」。
築いてきた信頼関係
年に2回、買い付けのためにフランスを訪れる。子どもができてからは紗良さんが店番をし、仁さんとスタッフが買い付けを担当している。「商品選びのこだわりは、自分たちが創り出したい世界観を念頭に入れつつ、心ときめいたものを買うこと」。
堀江に店舗を出した頃からフランス語を学んでいるが、案内や通訳は友人たちに頼むことが多い。フランス人の友人は、2人が好む南フランスの蚤の市に詳しく、上手く買い付けをする方法も教わった。「これ可愛い」という感情を表情に出してしまうと、店主に読み取られ、値上げされやすい。そのため、欲しいと思った商品を見つけても無表情でいることがポイントになる。これはフランス人に、自分が大切にしてきたものを簡単には手放したくないという思いがあるからだという。「フランス人って、古い自分たちのものを守ろうとするから、なかなか仕入れるのが難しい」。
買い付けをする商品の数が決まっているわけではないが、コンテナが一つ埋まるくらいを基本としている。よいものを多く見つけられるかどうか、とてもプレッシャーがかかるという。仕入れ先一つ一つにも距離があり、どの蚤の市に足を運ぶかでよいものを仕入れられるかどうかが決まってしまう。
最初は、輸入も順調にいかなかった。「これまで輸入なんてしたこともなかったし、友人も輸入の経験があるわけではなくて。ましてフランス語も喋れないので、買ったもののそれがずっとフランスにある状態が半年間続いてしまいました。発送の仕方がわからず、持って帰ることができなかったんです」。その後どうにか業者に頼むことができ、発送をしたが、また問題が起きてしまう。「かなり梱包が甘くて、ものが壊れていたりぐちゃぐちゃになっていたりしました。ガラスものもバキバキでした」。それでも回数を重ねるごとに改善していき、信頼できる業者も見つかった。コストも半分以下におさえ、よりよい品を仕入れることが可能となったという。
買い付けをしていると、フランスで目にするものすべてが絵になる美しさで、日本に帰りたくなくなると話す。しかしもっとも楽しい瞬間は、探し歩いてみつけた物たちが無事日本に到着し、開封してふたたび目にするとき。現在は、新型コロナウイルスの影響でフランスに行くことができなくなってしまった。「今はフランスにいるバイヤーさんや友人たちに頼っています。私たちが求める世界観に合うブロカントが見つかったらSNS上で写真を送ってもらい、どれを買うか決めているんです。そしてある程度買い付けた商品が多くなったら、まとめて発送してもらっています」。経験を重ね、信頼関係も築いてきたからこそ、現在も買い付けを続けられている。
出会いを運んでくれるもの
2人はネットや店舗販売に限らず、日本国内の蚤の市への出店もおこなう。初めて参加した蚤の市は、大阪・万博記念公園にて開催される「ロハスフェスタ万博」。「ここから、どんどんイベントに参加しはじめました。インスタグラムでも声をかけていただいたり、イベントでは同業者さんと横の繋がりができて、こんなイベントもあるから出てみないかと誘われるようにもなりました」。
その後、東京・代官山の蚤の市にも呼ばれることになった。「代官山のイベントは新参者が入りにくいというか、出るのが難しいイベントなんです。ですが横のつながりで入れさせてもらいました。嬉しくて、ここは可愛いぞ、すごいところが来たぞって思ってもらえるように、ディスプレイに力を入れました。すると、また呼ばれるようになったんです。こっちにも出てくださいと声をかけてもらえました」。ディスプレイに加え、デザイン技術によって2人がつくりだすロゴやチラシが「Brocante de La Cocotte」にしかない世界観をつくりだし、お客さんを魅了しているのかもしれない。
定期的に買い付けたものがフランスから届き、店で販売をしながら全国の蚤の市にも参加する日々。その度にレイアウトを直したり箱に詰めたりを繰り返す。「どんなに納得のいくディスプレイをしても、イベントがあればまたすぐに用意し直さなければいけないので大変です」と、紗良さんは話す。参加した蚤の市でもっとも印象的だったのは、東京のイベントで商品を手にしたお客さんが会計をする為に列を作ってくれたこと。お客さんが次々と物を手にとって買ってくれることで、販売している実感やインターネット販売とはまた異なった楽しさを感じられるという。
人や場所との繋がりをもたらしてくれたのは、SNSのおかげでもあるという。「ネット販売の頃からやっていたインスタグラムはかなり重要だったと思います」。こだわりが詰まった商品ディスプレイを写し、さらに写真編集によりあたたかみのある空気をまとわせて、ブロカントの魅力を発信し続けてきた。
客層は30代から40代の女性が最も多い。その他、ファッション関係のクリエイターやカメラマン、美容室やカフェなどの空間を飾るためにあらゆる店のオーナーも訪れる。また、海外のお客さんとの出会いもSNSが運んできたという。インスタグラムを見て大ファンになったと、ときどき中国からのお客さんが訪れる。新型コロナウイルスの影響で海外からのお客さんとは会えなくなってしまったが、それでも連絡は取り続けているという。「また、絶対に遊びにきてもらいたい」。2人は自分たちの理想を、自分たちでかたちにして、SNSでも発信し、歴史あるブロカントを世界中にいるお客さんへと繋いでいる。
シャンペトルを目指して
「やみくもに、ときめいた方に進んできたし、これからもやりたいことをする」。新型コロナウイルスによる影響で、約1ヶ月間の臨時休業を経験した。その期間で店の現状を見つめ直し、また新たな目標ができた。「ありがたいことに今も買い付けは順調にできています。でも、物が置けなくなってきたんです。今の店舗ではスペースが足りないので、もうこれ以上大きい家具を入れられません。なので、今度は田舎の方に店を出します」。
来年の春、兵庫県の丹羽に新店舗をオープンする。現在はログハウスを改装中だ。空間のイメージは、フランス語で田舎っぽさを意味する「シャンペトル」。白やグレーを基調とし、緑に囲まれた繊細な雰囲気が理想だ。シャンペトルを目指すきっかけは、買い付けに行ったときの下宿先。ブロカントに出会った頃と似たような衝撃が再び訪れた。蚤の市で見ることとはまた異なり、南フランスの田舎にある家で実際に家具や食器を使用しながら過ごすなかで、魅力やセンスを肌で感じられた。「ブロカントに囲まれてゆったりと過ごせる空間」。これこそが実現したい世界観だと気づいたという。
一方で堺店には、ドライフラワーや、小さなブロカントを増やす予定だ。紗良さんは会社員時代に生け花を習っていたこともあり、5年前からはドライフラワーも販売している。ウェディング向けの花束や「スワッグ」と呼ばれる壁に飾って楽しめる逆さ向きの花束づくり、カフェの飾り付けなどを行っている。「フランス製ブロカント独特の繊細な美しさと、ドライフラワーの今にも壊れそうなはかない美しさの世界観を創りたい」。
「ブロカントの良さは、ずっと大切に使われてきた1点ものの価値があること」。店内には、あらゆる所に「くまのぬいぐるみ」が置かれている。どうして「くま」が多いのかと尋ねると、「幼い頃から自分と同じくらいの大きさのくまのぬいぐるみを持つ」というフランスの文化によるもので、街ではぬいぐるみを抱えて歩いている子どもがよくみられるからだという。くまのぬいぐるみも、親から子どもへと大切に受け継がれていくブロカントの一つである。これからも2人は理想を求めて、さまざまな物語が詰まったブロカントとともに歩んでいく。(山田結以)