コロナで奪われた課外活動の場~KBCの取り組み~
「これじゃ番組が作れない!」。70人は入る広さの部屋から階段を下りると防音スタジオがある。関西大学放送研究会(KBC)の部員たちが放送技術を磨き、番組を制作する場だ。しかし、新型コロナウイルス感染拡大に伴い、2020年2月28日から関西大学の課外活動は原則中止となり、秋学期の始業まで部室の扉が開かれることはなかった。そして、6か月ぶりに部室に入ると、悲惨な光景が広がっていた。床一面に大量のカビ。しかもそのカビは3つスタジオだけでなく、廊下や機材、ありとあらゆるところに発生していた。もともと春学期で引退する予定だった3回生が、秋学期の活動にも参加しようと決めた矢先の出来事だった。部室が使えない。機材が使えない。ということは、秋学期も活動できないのか。
60年以上の歴史がある団体・KBCとは
KBCの正式名称は「関西大学放送研究会」。千里山キャンパス唯一の放送団体で、主な活動はお昼の学内ラジオ放送だ。現在47人が所属し、アナウンサー部、ミキサー部、ディレクター部の3部にわかれている。アナウンサー部はラジオのパーソナリティやイベントの司会、ミキサー部は機材の操作や編集、ディレクター部は番組のQシート作成と進行を担っており、3部が協力して1つの番組を作りあげる。月曜日から土曜日までの曜日ごとに番組があり、それぞれの番組が半期で15回の放送を行う。KBCにはアナウンサーを目指す関大生が多く所属し、今までもアナウンサーを輩出してきた伝統のある団体だ。3部のほかに、レクリエーション班、映像班などがあり、それらは有志によって活動している。放送研究会の団体運営を行う部員もおり、会長、それを支える制作局長・事務局長がいる。部員たちが一番誇っているものは部室である。誠之館1階には全員が集合できる広さの会室があり、冷蔵庫や電子レンジもある。地下にはスタジオが完備され、いつでも収録や録音をすることができる。しかし、その部室も今はカビに覆われている。
終わっていく活動
2020年3月3日に関西大学千里山キャンパスのKUシンフォニーホールで行われるはずだった番組発表会。普段のラジオ放送と違い、視覚効果を使った公開収録形式の番組や映像班の作品を外部の人にも公開する年に1度のビッグイベントだ。
この日のために4か月前からドラマ制作をしていた映像班の班長・中村さとるさんは「せっかく作ったのにお披露目の場がないのは残念」と話した。撮影から編集まで自分で行った作品は日の目を見ることはなかった。他にも旅番組や料理番組、ゲーム実況など映像班に所属する有志がそれぞれ用意した映像を流す予定だったが、表現の視野を広げる機会を失ったのだ。3回生は映像を披露できなかった悔しさを次の世代に託すことしかできない。
4月、新学期が始まったが、キャンパスはガランとしていた。みんな家でパソコンと向き合っている。KBCは2月の時点で春学期から放送するラジオ番組が決定していたが、部活動も禁止されたためになにもすることができなくなった。収録も放送もされることなく消えていった6番組は幻の番組となってしまった。
動き出したのは…
3月30日を最後に止まっていたグループLINEが2020年5月8日にふたたび動き出した。内容は「これからのKBCの活動について」だった。課外活動の一切が禁止されている状況での連絡にみんな驚いた。団体として機能がほぼ停止している中、家でできる活動を始めたいと言うのだ。今まで部室に用意された数々の機材を駆使し、お昼休みの放送をメインにしてきたKBCが、一体家で何ができるのか。それは、YouTubeやTwitterに収録した番組を流すというオンライン活動だ。
SNS収録を提案したのは、アナウンサー部の2回生・佐藤理子さん。「何もできないのがすごくもどかしくて。3回生はラストだし、お疲れさまでしたも言えずに終わりになっちゃうので。一緒にやりましょう」。彼女が企画立案から操作方法、投稿頻度まですべて考えてくれた。「この意見に賛同してください!っていうくらい作りこんでから会長に提案しました。会長は『よく言ってくれた!許可とかは任せとけ!』とおっしゃってくださって」。会長や制作局長、事務局長に就いている3回生もさすがになにか活動をしなければいけないと考えていた時だった。提案はすぐに全員に共有され、話は進んでいった。SNSをフル活用するため、臨時で広報の募集を行い、収録方法の共有をした。SNS収録の参加人数の決定まで2週間もかからなかった。「計画通りスムーズに収録から投稿まで行えました!」。これだけ自信を持って提案した佐藤さんだったが、懸念が1つあったという。それは3回生に受け入れてもらえるか。一緒にやりたくて考えた案だが、インターンや就活で忙しいであろう3回生が果たして参加してくれるのか。しかし、その不安はすぐに晴れた。3回生のために開いたZoom説明会にほとんどの人が参加したのだ。オンライン上の収録でも幻の番組となった6番組の代わりにKBCで何かをやりきりたいと思った3回生が多かったのだろう。佐藤さんは3回生からの質問も多く出て前向きに考えてくれていることが嬉しかったという。
一方、3回生は申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。ディレクター部部長の3回生・豊福慧さんは「役職の人たちも動いてなかったから特に自分から何かしようとも思わなかったし、それでもいいかなって思っていた。けれど、やっぱり2回生は絶対そう思ってないから3回生が自分のことしか考えずに何もしていなかったのは本当に良くなかった」と語る。やるからには真剣に、今後この部を担っていく後輩のためにサポートすることを意識したという。この後輩からの提案は「後輩のためにできることをやっていくのも先輩の役割の1つ」と気づかせてくれる出来事だった。
また、事務局長の3回生・小川将也さんは「助けられたなと思った」と話す。「具体的な形を示して活動しようとしてくれたのがありがたかった。そこまでしてくれてんから俺らも応えないと」。佐藤さんの提案はコロナ禍で戸惑っていた団体運営者たちの道標にもなっていた。
新たな課題
リモートで収録は決まったが、問題も多かった。アナウンサー部ではリモートだと時差があるため、アナウンサー同士の連携が難しく音声が被るという事態が何度か起きた。被らないように譲り合うと、今度は無音が発生してしまう。また、アナウンサーのトークだけでコーナーを成立させなければいけないため、普段よりアナウンス技術が問われることとなった。ミキサー部では編集作業が以前よりも増え、一番時間のかかる仕事が任せられることとなった。YouTubeやTwitterにラジオ番組を投稿する時、わかりやすくするために字幕を付けたり、ミスをしたところはカットしたりする。この作業は収録を終えてからしかできない。また、自宅のパソコンで編集できる人も限られており、結果的に一部の人にかなりの負担を強いることになってしまった。ディレクター部では「面白くする」という壁にぶつかっていた。今までは40分のラジオ番組を15回分制作していた。
しかし、YouTubeやTwitterでは番組ではなく1回で完結する企画だけを提案し続けなければいけない。特にTwitterにアップできる尺は2分30秒しかない。いかに面白い企画にするかにかかっていた。豊福さんは「ラジオというよりユーチューバーを意識した。あと、学生がやっているという感じがあったほうが良いと思って、KBCの紹介として1回生に向けてこういうのができる、こういうスキルを活かせるとわかる企画を考えていた」。しかし、週に1回ペースで企画の案を出すのは難しく、ディレクターの人たちは徐々に案を出さなくなった。結果、豊福さんが1日に3番組も提案し、収録していた。また、Qシートの作成や番組進行という仕事もなくなるため、ディレクターならではの仕事もなくなった。
「番組構成を考えることもないし、音楽を流したくて入った子たちからしたらSNSは音楽を使えないからモチベーションがないんだよな」。豊福さんも音楽が好きで入部した一人だ。だが、豊福さんは仲間のその気持ちもよくわかるからこそ、全部自分がやるという勢いで企画を出し続け、最終的に目標分の投稿を完遂できた。
また、部全体に関わる問題も発生していた。部員の意識の差が目に見える形で目立つようになってしまったことだ。小川さんは「今までは週1回放課後、絶対収録に参加しないといけなかった。でもそれがオンラインになって、空いている時間に収録するという形になると参加するメンバーが固定化していった」と述べる。オンラインになった瞬間、パッと消えてしまった部員が少なくなかった。今後、リモートでどうやって部員のモチベーションを上げるかも課題となった。
現在とこれから
秋学期が始まり、ようやく部室の修繕工事の日程が決まった。12月には部室が使えるようになるという。しかし、まだ従来のように収録を行うことは厳しい。まず、機材がカビで使えなくなったため、新たに機材を買い直さなければならない。数多くの機材を買い直すのにもかなり時間がかかるだろう。また、部室に入る人数にも制限が設けられている。70人は入れる部室だが、一度に入れるのはたった4人。これでは収録することはできない。結局、12月以降もリモートで収録することが決定した。工事が終了すれば、収録はリモートで行い、放送は以前のようにお昼休みのキャンパスに流す方針だ。
そして今、もっとも苦労をしているのは会費を集めることだ。学期ごとに徴収される会費だが、今年はまとめて払うことになっていた。会費は施設の維持や新しい機材を購入するために徴収する。会費の回収を担う役職に就いているのは2回生だが、このコロナ禍で3回生から徴収することが困難ということで前職だった小川さんが手伝っている。今年は春学期、そして現に秋学期も部室を利用することができていない。この理由から会費を払わない3回生が多かったのだ。「3回生から集めてもいいのかすごく悩んだ。でも、会費をなくすことは絶対してはいけない決まりがあるから…3回生には後輩への投資と思ってほしい」。小川さんは申し訳なさそうに語ってくれた。休憩時間には部員に会いに行き会費を徴収した。払わない人には個人で連絡を取った。しかし、この想いは何人かの3回生には通じることなく、払わなかった人たちは除名という方針になった。「本当に悩んだ。会長と話し合ったけどそれしか方法はなかった」。1回生から共に番組を作ってきた仲間が去って行ってしまうのはとても悲しく感じた。
1回生は通年だと5月から仮入部をし、各部に所属を決め、春学期中はトレーニング、その後に各部で必要最低限の技術が身に付いたか確認するテストを受け、模擬番組を行う。そしてやっと本入部となるのだ。そこでようやく秋学期からお昼に流すラジオ番組に参加できる。しかし、今年は新入生歓迎会もなく、対策をたてるのも遅かったため、1回生を勧誘するのが遅れてしまった。対策としては5月12日に公式インスタグラムを開設し、公式Twitterとともに1回生に向けたKBCの活動紹介を投稿し続けた。その効果はあったようで、インスタグラムやTwitterのDMで入部希望者から連絡をもらい、現時点で10人が仮入部という運びになっている。ここでまたトレーニングをどのように行うかという問題が発生した。アナウンサー部はPDFでマニュアルを共有し、先輩がオンライン通話やZoomで指導することになった。このオンライントレーニングはアナウンサーにとって大事な声量がわからないため、教えるのも至難の業だ。ミキサー部はそもそも機材がないため、なにも教えることができない。マニュアルに沿って説明するだけで終わり、部室が使えるようになり次第、説明会を開く予定だ。ディレクター部はなんと希望者がゼロだった。オンラインで収録された番組はディレクターの存在を薄くしてしまった。YouTubeやTwitterで本来の仕事を見せることができず、何をしているかわからない役割というレッテルが張られてしまったのだ。ディレクター部がいないままでは活動ができないので対策を練ることがディレクター部の要務となった。
継承していかなければいけないこと、変えていくこと
「自分たちはもう引退してしまうから、後輩に『今のKBC』を渡せるようにすることしかできない」と小川さんは述べる。今後、後輩たちが新しい活動を始めてもいいし、YouTubeを継続してもいい。むしろ単調になっていた活動を変えるきっかけになったのではないか。そんなことも考えたという。しかし、部室が使えるようになってもこのコロナ禍で放送を通常通り行うのはほぼ不可能だ。「経験の少ない2回生にどう教えてKBCを守るかがこれから自分たちがやるべきこと」。「Withコロナ時代の新たな活動方法は2回生に託すしかない、でも大丈夫だと思う」、と3回生はみんな口をそろえる。SNSを利用した活動を提案した2回生への信頼と期待の現れに思えた。
「3回生に迷惑かけちゃいけない。私たちが引っ張っていかないといけないという使命感が個々にあるのかな」。佐藤さんはインタビューで2回生が考えていることを話してくれた。オンライン収録に手ごたえを感じた佐藤さんは今後もYouTubeを活かして活動し、関西大学の豆知識動画など大学にも貢献できることをしていきたいそうだ。「できることはバンバンやっていこうとおもっています!」と佐藤さんは笑顔で言った。佐藤さんに今後の課題を聞くと、部室で雑談をしながら収録して、そのままご飯を食べに行くというKBCの醍醐味がオンラインだとできないところと答えてくれた。オンラインでもそういったKBCらしさを出して、1回生にも伝えられるようZoomでの新入生歓迎会を開く予定だそうだ。2回生の前向きな姿勢はまだまだ崩れない。
変わるために向き合う
以前の華々しかった活動から一転、誰にも注目されず、番組を作ることもできなくなったKBC。そんな中でも2回生は動き、アイデアを常に出してくれた。このコロナ禍で部員たちはさまざまなことを考えただろう。しかし、それを口にし、「行動」に移すにはとても勇気がいる。後輩たちはどんな形であれ活動をするという選択をし、それを伝えてくれた。その1つの「行動」で大きな団体が変化していった。
これからも学生たちは「withコロナ時代」で常に変化しながら課外活動を行わなければいけないだろう。それは今までの常識がまったく通じないこともあるかもしれない。今回、前向きに取り組む2回生たちを見てコロナだからと嘆いているだけではいけないと思わされた。この部活でしかできないことは形を変えてだってできる。「らしさ」を見失わなければ誰かが応えてくれる。この時代は新しいことにチャレンジする瞬間なのかもしれない。4年の学生生活でしかできないことを「今」やりきるために。(島崎真衣)