見出し画像

2025.2.27 緑と青の瞳をもつ白い猫、おもちの朝

おもちは毎日朝5時から鳴き始める。釣り目の強気な顔に似合わず、にゃーにゃーと憐れっぽい声で鳴く。寝室のある二階ではなく、ごはん皿や水やトイレのある一階から声をあげる。トイレもきれいにしてあるし、エサのカリカリもたっぷりあるし、水だってあるのだけれど、彼は、カリカリの上に缶詰をのせてほしいし、水じゃなくてお湯がほしいのである。さらにトイレも見守ってほしいのである。

わたしは布団をかぶって無視を決めこむ。人がいないときはカリカリだって食べるし、冷たい水も飲めるのだから、朝5時に起きることを習慣づけさせたくない(…と思っているが、毎日どうせ起こされるのだから、もう諦めて朝5時から布団を出て活動したほうがいいかもしれないと、これを書きながら思えてきた)。

どれだけ鳴いても人間が降りてこないことを知ったおもちは、やがて、仕方なくひとりでカリカリを食べ、水を飲み、トイレをして(やればできるのだ)、タタタタタと音を立てて階段を駆け上がってくる。そして寝室に入ってきて、またにゃーにゃーと鳴く(ちなみに寝室のドアはおもちが出入りするために締め切ることができない。エアコンもつけられない)。

近くで鳴かれるとさすがに無視はできないが、ここまで来たならあとは簡単だ。体を横にして、掛け布団をもちあげて、おいでおいでと言うと、頭から布団の中に入ってくる。やわらかい毛がわたしの顔をくすぐっていく。おもちは中でくるりと向きを変える。そして、背中をわたしの腹にくっつけて寝転がる。おもちが落ち着いたのを確かめて、持ち上げていた掛け布団を降ろす。しばらくはこれで静かになる。お腹にやわらかな温度を感じながら、わたしは二度寝する。

気がつくと、おもちはまた一階でにゃーにゃーと鳴いている。いつの間に出ていったのか。でも、根競べに勝つのはいつもわたしで、わたしは布団から出ないで無視をする。諦めたおもちはまた音を立てて二階に上ってきて、布団の中にもぐりこむ。

ちなみにわたしは睡眠周期を記録できる指輪をつけていて、目が覚めると、スマホと同期させて自分の睡眠時間を確かめる。そこには布団の中に入っている時間だけではなく実質的な睡眠時間が出るので、それが6時間を超えるまでは、わたしは布団から出ない。猫との攻防を繰り返す(…のだけど、睡眠はブツ切になるし、やっぱりさっさと起きて、早めに寝たほうがお互いのためにいいような気がしてきたな…)。

8時過ぎ。あきらめてわたしも布団から出る。裏起毛のフリースパンツと分厚いソックスを履き、上はセーターに、ユニクロのシームレスダウンコートを着る。家の中でダウンを着るのはどうかと思うけれど、軽いし、エアコンつけっぱなしは乾燥するし、これが長年の在宅ワークの最適解となった。京都の一軒家(貸家)はエアコンでは太刀打ちできない。

一階に降りるとおもちが待っている。早く早くと急かすおもちに、缶詰をあげる。食べ終わったら、次はお湯だ。また早く早くと鳴くおもちに、給湯器からお湯を出してカップに入れてあげる。その間に、わたしは自分のコーヒー用に電子レンジでカップ1杯の水をあたためる(カップ1杯ならガスで湧かすより省エネらしい)。コーヒーは以前はこだわりの豆なんて買ったり、粉から入れようとしてみたりしたけれど、安くて面倒くさくないものであれば何でもいいという結論にたどりつき、業務スーパーで買った輸入品の巨大なプラスチックボトルに入ったインスタントコーヒーを常備している。あまりおいしくはない。パンをトースターに入れる。焼けるのを待つ間に新聞を取りにいく。

ダイニングは寒いので、二階の自室のデスクにコーヒーとパンを持っていく。おもちもわたしのあとをついて一緒に階段を登る。おもちが部屋に入ったら、部屋を閉める。仕事用のデスクの下には筒型のパネルヒーターが置いてあって、デスクチェアには電気膝掛が敷かれている。朝だけエアコンをつける。

早く、早くと急かすおもちを体でブロックしながら、電気膝掛の上に座って、パネルヒーターに足をつっこみ、膝掛の余った部分を膝の上にかける。これで準備完了だ。おもちが待ちかねたとばかりにその上に乗ろうとする。おもちは年寄りなので、ぴょんっとジャンプして乗ることはできない。足場を使って何とかよじ登ろうとするので、わきから支えて持ち上げてあげる。

おもちは細身だが、全身が大きい。膝の上に丸まるとはみだして落ちそうになる。足を広げてバランスをとってやる。重たいし、姿勢もなかなかきついのだけれど、幸せで仕方ないという様子でゴロゴロ言いながら眠るので、寝心地のよいベッドを提供してあげようという献身的な気持ちになる。

ただ、わたしがオンライン会議で喋り出したり、後ろの棚から書類を取り出したりしてそごそと動き始めると、居心地が悪くなるらしい。おもちは立ち上がり、デスクに乗り、低い本棚を伝って、使わなくなった先代のデスクチェアに移動する。このチェアには電気座布団が敷いてあり、常にスイッチがオンになっていて、いつでもおもちが暖を取ることができるようにしてある。

そのまましばらくひとりで寝ていることもあるし、また戻ってくることもある。電気座布団も電気膝掛も温かさは一緒だし、ひとりで寝る方が落ち着いて寝ることができるのに、わざわざひざの上にやってくるのが、いつも不思議だ。生物としての生存本能以外に、さみしいとか、甘えたいとか、好きとか、そういう感情が猫にもあるとしか思えない。言葉も通じない、種も違う生き物が、わたしを好いてくれている。そのことを思うと、何だかありがたいような気持ちになる。

わたしに向かって一生懸命鳴くおもちの毛は真っ白で、その瞳は右目と左目で色が違う。緑と青だ。どちらの色もどこまでも澄んでいて薄い。わたしはその目によく見惚れてしまう。おもちの鳴き声は大きくなる。何でこんなに訴えているのにわかってもらえないんじゃー!とおもちは思っているかもしれない。

人間というのはわかっていても動かない生き物なのだ…ということを知る由もない、どこまでもピュアなおもちの目を見ていると少し罪悪感も湧いてくる。今夜からは早寝して朝5時にさっさと起きてあげようかな…などと思った。わかっていてもできないんだけど。


いいなと思ったら応援しよう!