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未来に向け飛べ 赤坂の話がしたい 18

 メンズエステ事件からしばらくして「花丸」に行くと、同じマンションの隣室に住む看護師のK美ちゃんが、一人で来ていた。「あー、こんなふうに町会の店を使ってもらえれば、誘った甲斐もある」と喜んだ。
 抗議のビラは、もちろんK美ちゃんも見ていた。気持ち悪がっているのかなと思ったが、K美ちゃんは気にしていないようだった。「私は看護師です。セックスなんて、粘膜の接触にすぎませんから」。若い女性の口から出た言葉に、おじさんたちはみんなひっくり返った。
 K美ちゃんはこの日、すでに飲みすぎているようだった。もう少し飲みたいと言う。2軒目のカウンターでK美ちゃんが言うには、彼氏との結婚を考えているのだが、本当に相手はその彼なのか、悩んでいるという。いわゆるマリッジブルーだ。困ったな……。
 こういう大事なことを相談する相手を、間違っている。なぜ悩んでいるのか、酔ったK美ちゃんからいろいろなことを聞いたが、ここでは書かない。
 それから、エレベーターでK美ちゃんとかち合うことはなく、時間がたった。それがつい今週、月曜日のことだが――。

 新型コロナウイルスの影響で、自室でテレワークが続いていた。「ちょっと外の空気を吸おう」と部屋を出ると、隣室に引っ越し業者が来ていた。ドアは開いていて、家財道具を出すためにクッションとする養生シートが敷かれていた。無遠慮に室内をのぞくと、K美ちゃんと目が合った。
 「おー、久しぶり……引っ越すの?」
 「そうなんです」
 「どちらへ?」
 K美ちゃんが口にした都内のある場所を聞いて、僕が「お!?」とびっくりした顔をしたら、K美ちゃんは意味ありげに笑った。それは、彼氏が住んでいるとK美ちゃんから聞いていた地名だった。
 そうか、結婚するんだ! よかったなー。
 「実は僕も、福岡の本社に異動になったので、来月引っ越しなんだ」と告げた。数回飲んだだけだが、このマンションでたまたま隣になって、話をできたことはよかった。
 「花丸に一度顔を出してよ」と言うと、「大荷物はきょう出しますけど、片付けでまだ赤坂に来きますから、お店に行きます」と、K美ちゃんは明るく答えた。だが、多分、彼女は来ないだろう。
 K美ちゃんの視線は、未来を向いている。

 きょう、ブルーインパルスが東京上空を飛ぶという。飛行ルートの地図を、町会で入手。その時間に待機すると、情報通りの時間とコースで、北東から6機編隊が飛んできた。「中ノ町・新四」町会と一緒に撮りたいな、と思った。写真の一番下のビル群が町内。緑の森は、赤坂氷川神社だ。
 コロナ禍の中で、医療従事者への感謝を示すためのフライトだという。空を見上げて歓声を上げている多くの病院関係者の姿が、TBSの夕方のニュースで流れていた。
 月曜日に会った時、僕はK美ちゃんに大事なことを聞きそびれている。それは、コロナ禍の中で看護師は辞めたのかどうか、ということだった。でも、まあいいか。
 東京・赤坂、一期一会。

(2020年5月29日 FB投稿)

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