高級ノドグロ弁 赤坂の話がしたい 20
自炊は楽しいのだが、先週は突然「コンビニのカレーパン」が食べたくなった。無性に何かを欲する、そういう時はある。今日の昼飯は、軽くカレーパンだ!
500円玉を手に、家を出ようとして、ふと自分の悪い癖を思い出す。何か別のものを買いたくなったりする。そしていつも、余分な手持ちのお金がないのだ。財布から、千円札を一枚ポケットに忍ばせ、サンダルで家を出た。
すると、緊急事態宣言が出た4月以降ずっと閉じていた寿司屋の「三十朗」が開いているのに気付いた。店の中では、内田雅也さんが弁当を作っていた。
赤坂6丁目の裏筋に、「三十朗」の小さな看板が出た時のことだ。「中ノ町・新四」町会の中にできた寿司屋がどんな店なのか、気になっていた。
何かの宴席の帰りに前を通りかかり、店のドアを開いた。実は、お腹はもういっぱい。1貫だけつまんで、ちょっと大将と話をして帰ろうと思った。
L字型のカウンターが8席。テーブルが2席の小さな店だった。座って、「1貫、何か握ってくれる?」と言うと、内田さん――いや面倒くさいのでいつも通りの言い方で呼ぼう――三十朗は、「うちは、コースしかないんです」と言った。あら、僕は腹いっぱいだよ。
「コースって、いくら?」
「7500円です」
僕は「え、高いよ!」とのけぞった。三十朗は悲しそうに言った。
「…赤坂で寿司って言ったら、普通2万ですよ……」
だが、僕にそんな金はない。なおかつ、そもそもお腹いっぱいなのだ。
おそらく三十朗は、「面倒くせー酔っ払いがきた……腹いっぱいなら寿司屋に来んな、って話だ。早く店仕舞いしておけばよかったぜ」と思っていたに違いないが、そこをこらえて、ちょっとだけ寿司を出してくれた。
うまい。よくよく聞けば、僕と同じ群馬県の出身だという。なんと! 僕は当然の帰結として、こう考えた。「これは、町会に入れないといかん」
三十朗がある場所は、「中ノ町・新四」町会のエリアの端っこだ。町会の人たちに紹介すれば、客も増えるだろう。
後日、店に行ってお花見の日程を伝え、「損にはならんから、来てよ」と念押ししたら、三十朗は当日、赤坂氷川神社にやってきた。僕は町会のお歴々に引き回し、「ご贔屓に」と頼んだ。
三十朗の和食は、とても優しい味がする。刺身、焼き、椀、どの品も、ひと手間かけている気がする。そして最後の寿司もいける。この味で、それも赤坂で、コース7500円なら、確かに安いのだろう、と思った。
会社の後輩に勧めたところ、奥さんと行ってすっかり気に入ったらしく、とても感謝された。後輩の家庭円満に貢献できたのなら幸いだ。
だが、コロナ禍は赤坂の飲食店や飲み屋街を直撃している。先日のTBSの全国ニュースは、緊急事態宣言後の1か月で、30軒が閉店したと伝えていた。これから、さらに増えていくだろう。そんな中で、三十朗が店を再開したことに、ほっとした。
「弁当やってんだ。買うよ」
見ると、あぶった刺身と、もう1種類何かのお魚が入ったお弁当だった。う、ここは赤坂。それも、おいしい寿司屋だった。ノドグロのあぶりと、マグロのカマトロだという。そんなすごいお弁当、食べたことがない。財布を持たずに出てきたぞ……。
「いくら?」と聞くと、1500円。手持ちのお金とぴったりだった。平然と(したふりで)「じゃね! 頑張ってね」と手を振り、お弁当を買って帰った。カレーパンのはずが、高級ノドグロ弁当になってしまった。しかし、これも町会仲間への応援だ。
当たり前だが、三十朗の弁当は、絶品だった。
(2020年5月31日 FB投稿)
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