『代理』
雪。
田舎の夜は静かすぎる。年末だろうが、いざ大晦日になろうが、どちらも同じで、僕の実家のある田舎には関係ない。とにかく、静かだ。雪だ。
携帯も静かに振動する。いつものあいつから、5文字だけのメッセージが届いたことを伝えている。
“どこおる?”
返信なんて2文字でいい。
“実家”
携帯の灯りを付けたまま、チャンネルを3周くらいして合わせた特番に目を戻す。―すぐに振動。
“行くわ”
5分もないうちに彼はやってくる。特番を見る意味も時間も無さそうだったので、テレビを消して、車を暖めておく。
「よう。」
「おう。」
「行こうか。」
「ええよ。」
助手席から微かにアルコールの匂いが漂ってくる。僕には酒を飲む習慣がない。
ライトを点灯させて走ると、舞い落ちる雪がフロントガラスに向かってくるのがよく見える。車の風切り音と共に、少しだけ降る雪が、男二人だけの車内を避けていく。
僕たちの小さな中学校の可愛いアイドルの家に向かう。彼女が実家に帰っているかどうかは分からない。
「送って。」
「え?」
「送って。」
「ああ。」
なぜ僕が毎年この役目をしているのかはよく分からない。いい加減、自分で連絡先ぐらい聞いておいて欲しい。道中の自販機の前に車を停め、ライトをスモールに落とす。
親指で、僕らのアイドルにメッセージを送る。
“なにしとる?”
すぐに返信は無いだろう。毎年のことだ。とりあえず彼女の家まで近づいた方がいいのだろうと、ライトを点灯させる。
自販機の前の、誰も踏みしめていない5cmほどの雪。それをタイヤで踏みしめるぎゅうっという音に期待し、サイドブレーキを解除する。しかし、アクセルはまだ踏めない。
「飲み物。」
「え?」
「水。」
「ああ。」
解除したサイドブレーキを、再度引く。
雪が降っていて小銭がうまく掴めないことが予想できたので、千円札を突っ込む。
水。
小銭が排出される音が多すぎる。百円玉の量が予定より多く吐き出されたせいで、小窓に手がうまく入らない。その小窓にすら小さく雪が積もっていて、指が動かない。僕の前に千円札を使ったのは誰だろうかと想像したが、僕ら以外の車は先程から1台も通っていない。
落ちてきた飲み物を手にし、助手席に差し出す。
「コーラが出てきた。」
「え?」
「コーラ。」
「おい。」
なんだか勝った気がする。こいつとは昔から、何も争った記憶はないが、勝った気がする。安心しろ、コーラは振っていない。そして本当に、マジで僕は水を押したんだ。
「電話。」
「は?」
「電話。」
「どこに?」
「お客様サービスセンター。」
自販機に電話番号が貼ってある事実に初めて気がついた。これで、一つ大人になって年が越せるかもしれない。電話は無事に繋がったが、ボタンを押して質問に答えていくと、現品を送るように指示された。生憎コーラは既に振られている。送るのは止めておこう。
「電話。」
「もうした。」
「電話。」
「それはないって。彼女に電話は掛けられない。」
サイドブレーキを解除し、発進する。雪を踏みしめる音が、身体の下で響く。ドアを開閉したせいで、運転席は冷えていた。水にしろコーラにしろ、冷たいものを欲する理由は無いので、僕は“あたたか~い”ラインナップからコーヒーを選んでおいた。
2本のコーヒーが冷めないうちに、彼女の家の前の道路に僕らはさしかかる。
「いないな。」
「どうかな。」
「いない。」
「部屋の場所、知ってたっけ?」
灯りの前を通り過ぎる。メッセージを送った携帯は、未だにポケットの中で振動してはいない。
雪道だから、アクセルは踏み込めない。タイヤが空転する気配を振動で感じる度に、足の裏を少しだけ浮かせる。ハンドルに少しだけ圧をかける。
僕らは、深夜の雪の中を走り去った。
「ねる。」
「はい。」
「ねる。」
「どうぞ。」
「そういえば─」
こいつはここからが長い。なぜ横になってからの方が饒舌になるのかは、未だに分からないが、ここからが長い。
翌日、僕の携帯が静かに震えた。
“あけましておめでとう”
(おしまい)