玉成戯院録音室
玉成戯院録音室は台湾の台北市松山区にあるレコーディングスタジオである。かつては映画館として営業していたが、2012年の水害により閉館。その後、2017年にアメリカ人のサウンド・エンジニアであるAndy Bakerがスタジオとして改装し、今では台湾を代表するアーティストたちがこのスタジオで録音した作品をリリースしている。
最近では"CINEMA SESSIONS"の名のもと、You Tubeで台湾のアーティストたちのスタジオライブを配信しており、台湾のミュージック・シーンの発信地となっていると言っても過言ではないだろう。(余談だが、中華訛りの英語はかっこいいと思うのは私だけだろうか)
2019年8月12日、新作のなかから2曲をこのスタジオで録音した。
録音した理由は3つ。まずは上述のスタジオライブにも出演している落日飛車や13月終了など、音楽的にも独自性をもった素晴らしいバンドが次々に現れてきている。そんなシーンとしても(もちろん気温も…)熱い台湾の空気を感じながら録音をしてみたいと考えたこと。
2つ目の理由は録音した2曲のうちの1曲が台湾の映画監督である侯孝賢の作品へのオマージュとして作った曲であるということ。
3つ目はSpotifyによると、自分の曲が最も再生されている町が台北だったという、極めてマーケティング的な理由によるものである。(またも余談であるが、最近はマーケティング的思考とクリエイティブに関する行動のバランスがとれるようになってきた。この点についてはまた別の投稿でゆっくりと書いてみたいと思う)
概して言えば、着想と背景がうまく混ざり合い、今回の録音と相成った。
録音と言っても今回はピアノだけで、残りのパートは日本で録音すると決めていた。
ピアノはアメリカのMason & Hamlin社のもの。恥ずかしながら私は初めて聞くメーカーだったが、後ほど調べたところではアメリカでは、かのスタインウェイに次ぐ有名メーカーであるとのこと。何らかの理由により日本には輸出されておらず、日本国内にはおそらく5台くらいしかないらしい。
Andyはとある大学で使われなくなったこのピアノを引き取り、今ではスタジオの顔になっている。(とはいえ、ロックバンドの録音が多いため、最近では出番が少ないのだが)
チューニングはいわゆる国際基準の440Hzで、個人的には非常にありがたかった。1962年製、優しい木の音がした。
録音は非常に円滑に進み、5時間を想定していたところ、1時間半で終了。Andyも口笛吹きつつ「こんな楽な仕事は久しぶりだよ」と快調にジョークを飛ばしていた。(もちろんこれはJust jokingであり、彼のマイク・セッティングからオペレーション、ミュージシャンとのコミュニケーションに至るまで、完全にプロフェッショナルの仕事であった)
今回、初めての海外録音であったが、こんなに自身の音楽と向き合いながら集中して演奏できたのは久しぶりで、とても幸福な体験であったと思う。
もっと世界を見てみたい、もっと世界を知り、自身の音楽に向き合いたい。そして自分と世界が繋がるとき、その媒介が音楽であればいいと心から感じた日だった。