一生実家暮らしかもしれない その10
結局その後、2回に渡って話し合いが行われた。
最後の話し合いの時に「福利厚生いいのに」とぽつりと言われたが、もうそんなことはどうでもよかった。
とっくにこの仕事と会社が嫌になっていた。
正式に退職届を出し、大学卒業からわずか1ヶ月でプー太郎になった。
家ではずっと寝たきりの生活が続いていた。
自分でもその頃のことはよく覚えておらず、自力でトイレぐらいは行っていたと思うが洗面も入浴もままならず、食事も上まで運んでもらっていた。
そして24回目の誕生日を迎えた。
母が「さっちゃん、お誕生日だよ。おめでとう」とフルーツタルトを切り分けて枕元まで持ってきてくれたが、嬉しいという感情は全く湧かなかった。
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