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出町柳鳥貴族会議

 京都は百万遍に鎮座する、泣く子も黙る京都大学。そこに通う学徒の夏休みというのは、みなそれぞれである。ある者は勉学に勤しみ、ある者は遠く世界の果てを目指し、またある者は怠惰を究めんとし、親に金を無心しては外界と隔絶された20何度の世界で、神無月まで惰眠を貪る。

 8月某日。「私」は附属図書館に死んだ目の法学部生が吸い込まれていくのを横目に、だらだらと時間を潰していた。タリーズの抹茶スワークルというのは、一体原価はおいくらか。だって、抹茶なんて欠片しか入っていない、氷を砕いただけの飲み物だ。これがどうして500円もするのだろうか。疑問をぷかぷかと浮かべてはずるずると氷を吸い込み、時間をただ食いつぶしていく。

 18時少し前、Yを北とする百万遍交差点第二象限に「私」と男3人が集った。今日は金を貸さないぞ。ないならおろしたまえ。眼鏡が丸刈りをじろりと見て言ったが、ここでああだこうだと言い合っていたら、いよいよ干からびてしまうだのなんだのと有耶無耶にし、丸刈りは率先して出町柳の方へあるき出した。本日の日の入りまで、まだ1時間以上もあるので当然だが、湿気も高くムシムシとした通りをずしずしと進むだけで汗が吹き出す。

 いつ営業しているのかさっぱり分からないカフェSMCをすぎると、本日の”我々の夏のすべてを決める会場”である鳥貴族が見えてきた。何を隠そう、我々は、長期休暇にかならず遠出をし、そこで何かを感じ、得、小説にするという、まぁ私大ならば旅行サークル☆とでもいわれる会の会員なのである。ちなみに、会の会員、というと他にもいそうなのだが、現況は4人、つまりここに集ったものたちですべてである。

 「金麦以外頼むなよ。しらけるぞ。」

 丸刈りがプレモルを頼もうとする眼鏡に釘を差した。このnoteを読む皆様におかれましては、おそらく鳥貴族に訪店したこともないブルジョワジーばかりでしょうから、少々説明をしておきますと、金麦もプレモルも結局は同じ値段なのですが、前者のほうがより大きなジョッキで大量に楽しめるというものでございます。

 そのどでかいジョッキをおかわりし、おかわりし、もひとつおまけにおかわりをし、間に冷酒とハイボールなんかも織り交ぜて、しっかり酔ったところで、昆虫好きの方の眼鏡が口をひらいた。

 「そいでさ、この夏はどうかな。ここはひとつ、遠出といわず京都の北の方だとか、ああいうところに出かけてみないか。実のところ、京都に住んで3年以上経つのに、まるっきり観光なんてしてないんだ。」

 さっきまでただの眼鏡の眼鏡をジョッキに放り込むだのやめろだのとわあわあと騒いでいた二人もふむと黙りこくってしまった。それもそうで、「私」も眼鏡も丸刈りも、大学院までしっかりとぬくぬくと学生をやらせてもらおうという算段なのだが、昆虫好きの眼鏡は家の事情で大学院には進学できないという事をきいていたのだ。

 丸刈りが珍しく、「そうだな。京都に住んでいるのに、同志社のオシャレボーイズ・ガールズを恐れ、まるで光を避けるように、俺たちは左京区でくだをまいていただけだ。左京区は広いぞ。俺たちが知っている左京区はほんの一部だ、そう言えば左京区役所に行く時にずいぶんと北にあるのでおかしいと思ったが、あれは左京区の形を見て納得したな。」、とよく分からないことを饒舌に話してはすんなりと肯定した。「私」もDiscovery Kyotoの素敵な響きに心を躍らせ、先走って、宮津丹後舟屋と次々に素敵スポットを検索した。そんな時である。

 「今夏、ひとり屋久島に行こうと思う。」

 青天の霹靂であった。大ジョッキに放り込まれた眼鏡を取り出し眼鏡が言った。

 「それはだいそれたことだ。何より君は虚弱じゃないか。」

 揶揄する丸刈りにも動じず、だから、大自然に抱かれたいのだ。と彼は酒まみれの眼鏡をかけ、凛とした声で言った。昆虫好き眼鏡が随分とバツが悪そうにすると、丸刈りは金も持っていない身であるのに、偉そうに眼鏡を誹りはじめたが、こんな時、彼が他人の進言や忠告にさえ耳を貸すとも思えなかった。

 ずいぶんとまずいことになってしまった。この会は結成以来、会員そろって同じ場所に行き、同じものを見、得、感じ、違うものを小説として発散させるという事を活動の指針としてきたのだ。いわばそれはmissionなのだ。外資系企業みたいになってしまった。

 そして実は、「私」は密かに眼鏡、ただのほうだが、の事が好きだったのだ。好きと言ってもLikeではなく、それでいてLoveと言ってもLoveはどちらか片方の想念だけで成立するとも思えないので、Super Likeとしておく。

 「私」は、会が爆散する可能性もあり大変申し訳ないのだが、4年の夏に、いよいよただの眼鏡に告白をさせる、それが無理ならば告白をする、せめて同時くらいに、と権謀術数の限りをつくしてきたのだが、彼がひとり屋久島なぞに行こうものなら、それらはすべてぱあになる。花火大会は?海は?少し甘酸っぱい若者のすべてを凝縮したような夏は???

 「諸君!」

 ほとんど自分からしゃべることのない「私」の大声に、3人だけではなく店員までも驚き、その場で直立不動の置物になってしまった。

 「あ、店員さんはそのままお仕事を...」

 「私」は、突如として、眼鏡の勝手な行動を会長として窘め始めた。自分で言うのもなんだが、「私」はこの中で最も口が達者なのである。そしてひとたび理論武装をはじめるとソクラテスでも黙らせるのは難しいだろうと評されていたのだ。

 「では、この会は4年前期をもって退会することとする。」

 ああ!眼鏡!あなたはだから眼鏡なのです。この馬鹿眼鏡!「私」が見るからに動揺しているのに、膝があたるような距離にいるアンポンタンは誰一人気づいていない。遠くの席で時折こちらに手をふる酔ったサラリーマンの方が気づいていそう!

 「それと...」

 眼鏡が続けて言った事で、思い掛けず鳥貴族会議は全く別の方向へ紛糾した。丸刈りは「貴様!」と眼鏡につかみかかり、昆虫好きの眼鏡はボソボソと眼鏡を批判したが、その内容はきっと昆虫にしか届かなかっただろう。

 「私」はというと、赤面症なのできっと顔を赤らめていただろう。あたふたとしながら間違えてプレモルを頼んでしまったが、もう誰も気にしていない。

 ああ、眼鏡、だから貴方って眼鏡なのよ。馬鹿眼鏡。いいわ、ひとりで屋久島に行ってらっしゃい。「私」は待っています。

 店の会計を眼鏡がすべてもち、丸刈りが偉そうにしている。昆虫好きの眼鏡は、なぜか屋久島のクマゲヨツスジハナカミキリの話をしきりにしている。

 「返事などはしなくてよいから。」

 会計を終え、少しだけ気温が下がった出町で眼鏡が言った。男らしい顔をするから、ついついとお返事を口走ってしまった。

 「あ、あ、あ、それならば、そうだね、1週間くらいで、いやあ3日?なるべく早く帰ってこようかな?君ィ、この夏のご予定は?」

 これにてどうにか鳥貴族会議は終わり、どうやら「私達」の夏がはじまったらしかった。

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金沢 容
お気持ちだけで結構です。ありがとうございます。