蛇の一生
私は大蛇だ。小さな頃の記憶ははっきりとしていないが、とにかく生きなければいけないと必死であったことは覚えている。大きな蛇を志した者はたくさん居たが、そのほとんどが途中で命を落としてしまっただろう。
長い間、仲間や家族というものもなく、一匹、誰の力も借りずに生きてきた。暗く、よく見えぬ道を、ただ、ひたすらに歩んだことや、餌をとれずに衰弱し、もう動けぬと死の淵をさまよったこともある。
それこそ、今の私のような蛇に出会い、丸呑みにされそうになったこともある。命からがらに逃げ延びては、力をもたぬ生き物の惨めさを噛み締め、呪った。
そして、とうとう自分が大蛇になると、すぐに言いようのない高揚感や万能感のようなものに全身を支配された。日がな一日、自分がいかに優れているかと考え過ごしたのだ。小さき者を見つけては追い回し、意味もなく命を奪ってやったこともある。
しかし、段々とそういったことにも興味がなくなってくると、見つけた小物を殺さず見逃してやることが増えた。いつでも殺せるのだ。そうやっているうち、周りに多くの蛇が集まるようになり、ついに数十の仲間が出来た。私は、心の底から喜んだ。
私は、自然と小蛇を食さなくなり大きな生き物ばかりを餌にするようになった。それどころか、鹿やたぬき、小さいものだが熊も殺したことがある。そして、そういう大物を丸呑みにするのではなく、必要な分だけ食べ、あとは小蛇にやることにした。そうすると、彼らはいつも喝采した。
いつからか、称賛の為に餌をとるようになり、自分が食うより小蛇に食わせることが増えていった。そうすることで、なにか見返りがあったわけではないし、ただ自分がそうしたいと思ったのだ。
そんな日々を繰り返すうち、いつの間にか大物ばかりを狙うようになっていった。もっと大きな獲物を、もっと大きな獲物をと、危険を冒し、ついには人間にまで手を出してやった。
その末期がこれだ。周りにもう小蛇はいない。死にゆく大蛇には何の価値もない。しかし人間というものが恐ろしいということは知っていたが、まさか一瞬にして、この巨体を動けなくするほどの力があるとは、露程にも思わなかった。
ああ、生まれ変われることがあれば、ぜひあのような力を持つ人間になりたい。私を簡単に殺す力を持つ人間というものは、きっと蛇のように孤独で、そのほとんどが大蛇にはなれず死んでいくのではなく、よい人生を送っている。きっとそうに違いない。
瞑ると二度と目を覚まさぬだろうと知りながら、凍えるような冬の空の下、たった1匹、蛇は死んだ。