返信
お久しぶりです。返信は要らないとのことでしたが、おもいきってお返事を書きます。
まずはお手紙を頂いたこと嬉しかったです。ずいぶん懐かしい思い出がやけに鮮やかに思い出されます。10数年前のあの日九州の片田舎から出てきた私を待ち受けるビラロードに困惑してしまって、もらいきれないほどのビラを全部全部受け取らなきゃと結局迷惑にも道に全部落としてしまいました。今思い返すとそれはその後の私の人生をそのままあらわしているようでした。
私という人間は一言でいえば「誰にでもいい顔をして、うまく生きていきたいのに要領の悪いいきもの」です。大学に入学したのも偶然で京都大学の中にいてはいけないような、そんな思いをいつも持っていました。否定的で自己完結的な自分。それと同じものを貴方にも感じて、勝手に「私の理解者になってくれるのだ」なんて夢想していたのです。
「返信は要らない、挨拶のようなものだと思って欲しい」。貴方らしいなと思いました。でも挨拶なら挨拶くらいはお返しするのがいいのかなとも思います。
2月の終わり。貴方の卒業がおおむね認定されただろうタイミングを知り合い伝いに伺って、それで最後にお話をする時間をもらいました。雪が降りそうな、と仰っていましたけれど、しんしんと繊細で手のひらの温度ですっと溶けて消えてしまう細雪が降っておりました。
貴方が校舎をぬけて中庭をずんずんと歩いて来る様子を見て、嬉しいと思いながら、それでいて「きっとこれでおしまいなのだろう」という淡いけれど確かな予感が胸を締め付けました。
一世一代の賭けだとかいうと大げさで、きっとこれからもっとたくさんの大事とでくわすのでしょうが、あの日の私にとっては告白を決めた日から健康を少し害するほどの大事だったのです。
私達は出会った時からああなることが仕組まれていたと、そう思います。ビラを落として慌てふためく私に「大丈夫か」と訊いてくれた貴方に「大丈夫ですから」とそっけなく応えた私。結局手を伸ばしてくれたのは他の人でしたね。
塾講師のアルバイトもそうです。私の方こそ気味の悪い話なのですが、貴方と私の共通の知人から聞いて、それで応募したんです。貴方がしていることをなぞっていけば、貴方を理解できる。烏滸がましいですけれど、理解できなくとも何か変わるんじゃないかと信じていたんです。結局廊下で挨拶をした時に「うん」とだけ。気味悪がられているのかなと思ったんです。
貴方から天文同好会の話を聞いて驚きました。レジンで作ったアクセサリーのことでしょうね。あれはとっても手がかかるので時には徹夜で、もちろん手作りで作っているんです。
こんなことを教えられて優しいけれど不器用な貴方が苦しい思いをしないか心配なのですが私が天文同好会をやめたのは心の不調からです。もともと季節性の不調があったのですが大学に入ってから、さきほども書いた通り、自分の能力が十分ではないことや多くのことを同時にうまくこなせないこと、家庭の事情も少しあり、3回生の時分には大学に通学することさえ困難になってしまいました。
貴方に会った最後の瞬間、あれは神様がくれた時間だと信じています。冬は人と話すことはおろか、外に出ることさえできなかったのに、ぱっと晴れたように心も体も軽かったのです。そして大学生活で、いやこれまでの人生でもきっと一番私は自分自身に正直でそれで何もかもをさらけ出したように記憶しています。ダムが決壊したような、そういう表現が本当にぴったり似合うなと私も同意します。貴方もですけれど、私の方こそ不器用で自己完結的な人間でした。ごめんなさい。
いつまでも文字を書き綴ってしまいそうなので、これで最後にします。
私は貴方のことを心から大好きでした。その思い出はいつまでも忘れないでしょう。不器用で自己中心的で自己完結をして傷つけあって、抱きしめてしまいたいのに自分を守るために無意識のうちに作り出した体中の大きなトゲが邪魔で、うまくできなかった。だから代わりにあの4年間を抱きしめて、糧にして、私は私の人生をこれから歩んでいきます。
「好きだ」と応えてくれなかった貴方に呪いを、そんな風に私が考えて貴方の不幸を望むと思うのですか?そんなこと決して決してないですよ。だから貴方もきっと幸せになって下さい。それでは、さようなら。