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トリケラトプスママと、ジジババ寿命ヒアリングと、心強さと。

 子供の頃から、人の話を聴くのが好きだった。とりわけ、ジジイとババアの話は大好物で、何を言ってるか分からないときも、ふんふんと頷きながら、何度も繰り返される大先輩の話に、目をキラキラさせ、食い入るように聞き入ったものだ。

 ある時、家に帰るなりドタドタと「小型のトリケラトプスでも入ってきたかな?」と思ってしまうほど大きな音を立てながら、母親が僕のところにやってきて、何も言わずに頭をぶん殴った。たぶんグーだったと思うけれど、あまりに良いパンチだったのか、記憶が飛んでいる。

 殴った理由はこうだ。当時、僕の中でかなり流行っていた「ジジババ寿命ヒアリング」が町内で話題になり、どうやら金沢家のバカ息子が、町内中の爺さん婆さんに「貴方の寿命は、あと何年ですか?」と聞きまわっている、ということが母親の耳に入ったのだ。

 僕は、その活動をこれっぽっちも悪いことだとは考えていなかったから、確かにそのような活動はしているが、それが何か? と曇りなき眼で母親を視て答え、「タバコ屋の婆さん、あと100年生きるって言ってた。100歳くらいだから200歳まで生きるのかな?」と付け加えて、もう一発、次は前頭葉あたりに良いげんこつを食らい、おそらくその衝撃で今のような曲がり切った人格が形成されてしまった。その後、彼女はわりとお嬢様育ちということもあって、どうせ意味もないのに町内に菓子折りを持ってまわって謝ったようだった。確か、小学一年生の夏のことだ。

 「懐かしいなあ」

 僕は、オンライン商談が終わったあと、画面を眺めて口にした。45分で終わりますね、そう伝えたはずが、90分過ぎても終わらない。コロナの話から、政治の話になって、地震の話になった。

 「どうにかして相手のパソコンにショックを与えて壊すか、ジジイを壊すか出来ないかな」と、考えながら話を聴いているときに、僕は、ふと、昔はジジイババアの話を聴くのが好きだったのに、いつから苦になったのだろう。そう思いふけっていた。

 共有している画面の右下に、次の予定がポップアップする。大げさに「あ、次の予定が...」とクライアントに伝えると、「いやあ、いい情報交換になりましたね。それで、もう一つ面白い話があって」と一つも面白くない、ただの酸素の無駄遣いを始めたジジイに笑顔で頷き、同時に資本主義社会の厳しさを痛感した。

 結局15分ほどノンストップで喋り続けたジジイは、内線で誰かに呼ばれ、「いやあ、すいませんね、用事で」と言ったので、かなり食い気味に「ありがとうございました!」と甲子園で負けて最後の練習を終えたキャッチャーくらいの音量で叫びながら画面を落とした。対面で食らわせることができていたら、鼓膜はもっていけてただろう。

 疲れ切った僕がCRMをイジっていると、メールが飛んできた。

 「先程はありがとうございます。検討をしたいので、資料を送って下さい。また、届きましたら、ビデオ通話をお願いします」

 紙で?紙で送るの?紙で郵送して、それがお前に届いたら、ビデオ電話するの?意味分からんから意味分からんからあ!笑笑笑 バーカジジイ!笑 寿命あと何年だよ笑笑笑

 ここまで打ってから、「PDFで、秘書の方に送付しておきますので、ご査収の上、ご検討よろしくお願い申し上げます。」と打ち直した。母さん、僕はおとなになりました。

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金沢 容
お気持ちだけで結構です。ありがとうございます。