「だからこの人が好きなんだ。」①佐伯夕利子さん(サッカー指導者/スペイン1部リーグ”ビジャレアルC.F.”)
「あなたの本を書かせてほしい」と頼んだのは、後にも先にも一人だけ。
スペイン移住5年目、JALカード会員誌の取材で訪れた。2時間ほど話を聞くうち、こりゃ1回の記事じゃ書ききれんと思い、「いつか本を書かせてください」と手を握って帰ってきた。
その翌週、まだインタビュー原稿をまとめているとき、初めて聞く日本の出版社から「佐伯さんの本を書いていただけないか」とオファーが来るんだから、人生ってほんと不思議だ。
私は「もし自分だったら」と考えるクセがある。佐伯夕利子、Jリーグもなかった日本からサッカーが国技であるスペインに移住し、30歳で、スペインサッカー100年の歴史で初の女性監督になる。
いわば、相撲が国技の日本にやってきたスペイン人の若い女性が、部屋の親方になったようなもの。スペインのサッカーと日本の相撲、えぐいくらい男社会なところも同じ。圧倒的逆風。もし自分だったら…? いや、さっぱりわからん!!
ゆりちゃんは、「技術なんて、そこらの教則本見とけばいいんですよ(※当時Youtubeはなかった)。監督というのは、”存在”。小手先のことは見透かされる。全身全霊、丸裸で、選手の前に立つしかない」と、パシッと断言した。
それは毎日全身全霊でウソなく生きているひとにしか出せない、「間髪の入れなさ」と「言葉のまっすぐさ」だった。
同じ歳なんだよねー。当時31歳、私はフリーライターで、納得いく仕事や納得いかない仕事を、ぼやーっとやりながら過ごしていた。ゆりちゃんは史上初の女性監督として日本のメディアで祭り上げられた後、監督の任を解かれるや一気に日本では関心が失われていて(ヨーロッパでは有名人)、モヤモヤしたり憤ってたりしてても全然おかしくない時期だった。
それでも、こんなにも真っ直ぐで。
ガツーン! こげんしっかり美しく全身全霊で生きとる同世代がおるとか!! 私は、「ゆりちゃんの前に出たとき、恥ずかしくないひととして生きたい」と強く思い、なんとなく軌道に乗っていたフリーライターの仕事をすべて辞めた。
飛行機の機内誌、スポーツ雑誌、ファッション誌、情報誌……スペイン関連の記事を書くことが多いのに、語学力は現地のストリートで覚えただけの日常会話程度で、かつスペインのことをよく知らないまま続けるのが、なんか詐欺みたいで苦しかったのだ。
それで、ゆりちゃんも通っていたマドリード・コンプルテンセ大学の外国人向け通年コースに入学し、スペイン語でスペインの歴史や思想史や美術史や地理や文学などをちゃんと学ぶことにした。卒業するかわりに、妊娠して安静にしなきゃいけなくなって中退したのだけど。
入学も、出産も、ゆりちゃんは誰よりも喜んでくれた。
その後、ゆりちゃんは日韓ワールドカップでスペイン代表チームに帯同するリエゾンをやったり、2020年から22年はJリーグの理事になったり、どんどん「偉い人」になるのだけど、反比例してどんどん「正しさを言わない人」になった。
いまはゆりちゃんの前に立つと、ジャッジされるのではなく、自分の中に次々と「私、本当にこれでいいんだっけ」と問いが立っていくかんじ。
いまだに、ゆりちゃんに連絡するときには、ちょっとピッと緊張する。恥ずかしい私になってないかな? 鏡の前に立つきもち。
ゆりちゃんと出会ったから、まっとうに生きる覚悟を持てたし、心揺れるときにもその覚悟を持ち続けられていると思っている。
Gracias, Yuri-chan!
▶佐伯夕利子オフィシャルブログ「PUERTA CERO」 https://ameblo.jp/yuriko-saeki
▶X https://twitter.com/puerta0
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