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Theme 1 SARI

「運命なんて、そう簡単に転がってないよね」

帰り道、陽子がそんな風に言ったのは、今日の最後の授業で「運命の出会い」について注意を受けたからだ。

春が近付き新たな出会いが巡るこの季節になると、繰り返される内容だからしつこくていい加減うんざりするが、年頃の女子には多少憧れる部分があったりもする。

「まぁね、ほとんどの人が出会わずに生きていくわけでしょ。私たちみたいなフツーの人間が、実はリマインダーの想われ人でした、なんてことは滅多に起きないよ」

この世界にリマインダー、つまり記憶を保ったままで転生を繰り返す人間はごく少数しかいない。人類にとってとても大切な存在だから、生まれてすぐのテストで選別されて特別な教育を受ける。政府から保護され、滅多に出会うこともない。

「でもさ、沙里のお父さんは…あ、ごめん。嫌なことに触れちゃったね」

「何よ、別に気にしてないって。意識されると余計嫌なんだけど」

私の父は2年前、私が高校1年生の時に、前世の想いびとだったリマインダーの女性と巡り会い、母と私を置いて家を出た。平凡な、優しいだけが取り柄の父だったけれど、取り戻した記憶は徐々に現在の価値を薄め、時を超えた愛の前には私の存在も無力だった。

人は皆、何度も生まれ変わりを繰り返すけれど、前世での人間関係を保つにはリマインダーだけが知る方法で絆を結んだまま転生しなければならない。それはとても稀有なことで、父だって、母だって、想像もしないことだった。学校で、繰り返される「運命の出会い」の話はおとぎ話のレベルだと誰もが思っているのだから。

「ごめん、って。それよりさー、S・RHTHMのライブ、何着ていくか決めた?」

「まだだけど…、制服じゃダメなの?」

「はい? 何言ってんの? 今回の席、最前列だよ! 彼らから見える位置なの! ダメに決まってんじゃん」

「そう? 見えたからって…」

「もー、沙里ってそういうところダメだよー。冷めてるっていうかさ。渉の視界に入って、ひょっとしたら気に入られる可能性だってあるんだからさ」

「さっき、運命なんてないって言ったばっかりじゃん」

「それと、これとは別でしょ。いいから、洋服買いに行くよ!」

「これから?」

「これから! ライブ、今週末だよ。もう悩む時間もないよ」

陽子の明るさには助けられる、強引さにも。

父を失って、意識的には父に捨てられ、道を見失いそうだった私にS・RHTHMの音楽を教えてくれたのも陽子だ。彼らの音楽と強い言葉に歩く力を与えれなかったなら、今の私は無いと思う。

S・RHYTHM(シークレットリズム)はリーダーでkeyboard奏者の「登山 渉(とやまわたる)」、guitarを主とする様々な楽器を弾きこなす「早坂 優二(はやさかゆうじ)」、そして素晴らしい声を持つvocalの「高藤 悟(たかとうさとし)」の3人からなるグループだ。

音楽のジャンルは多岐にわたり、全ての楽曲はメンバーが作成している。中でも、リーダーの登山渉の作る音楽には情景が浮かぶような不思議な存在感があり、日本を代表するアーティストとして有名だ。

渉は『リマインダー』ではないか?という噂が流れるくらい、生い立ちなどの情報が少なく、神秘的な存在だ。早坂くんは名前の通り、優しく親しみやすいキャラクターでファンに愛されている。そして、vocalの悟くんは甘い声で容姿端麗、日本中の女子の憧れの存在だ。陽子も、以前に参加したライブで(本人曰く)見つめられてから、同級生の男子には目もくれず悟くん一筋に追いかけ続けている。

そのS・RHYTHMのライブの、ツアーファイナル公演の、最前列、を陽子は引き当てたのだ。「一生分の運を使ったね…」と言いながら、迷わず私を誘ってくれた。長い高校生活の最後に、最高の思い出を作るために。制服を着ていこうと思ったのは、そういう意味もあったんだけどな。

「この赤いワンピース、いいじゃん!」

陽子は、さっきから私の体に洋服をあてては、首をひねったりうなずいたりしている。意見を言う隙もない。

「ほら、やっぱり似合うよー。高すぎないし、これに決まり!」

決まったらしい。でも、鏡に映った自分は、少し大人びて悪くなかった。コンサートは2日後。渉に会う、そう思うと鼓動が高鳴る。それは初めての感情だった。




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