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浅草芸人列伝 この芸人はスゴイ!〜BOOMER伊勢

【漫才協会所属。誰よりも舞台袖で他の芸人のネタを見てきた男が綴る意外な芸人のスゴイところ】

毎週水曜日に更新しているこの連載。早くも五回目になりますが、今回ご紹介する浅草芸人はこの人、BOOMERの伊勢浩二です。

かつて「ボキャブラ天国」という番組に出演し、人気者だったBOOMER。覚えている方はいらっしゃるでしょうか?

そんなBOOMERのスゴイところ。それは30年前のネタをいまだにずーっとやっている所です。テレビに出る時も、舞台に立つときも、ネタはほぼ一緒。浅草東洋館で披露される「宇宙人」のネタ、わたくし5万回くらい見ました。30年見続けてます。いや、見せられ続けてます。

ところどころ小ネタが入ることもありますが、基本的には同じ味付け。「老舗うなぎ屋の秘伝のタレ」のごとく、つぎ足しつぎ足し、同じ味付けを守っております。

そしてBOOMERのボケ担当、伊勢浩二。この男がもうネガティブの塊。ネガティブを鍋にいれて水分飛ばして固めたような男です。会うたびに「だりー」「つかれた」「どうせムダだよ」「意味ねーよ」聞いてるだけで気が滅入る。

しかし、そんな伊勢も4年に一度くらいやる気を出すことがあります。個人的に「伊勢リンピック」と呼んでいるのですが、急に連絡が来て「舞台やるから出てくんねーか?」。せっかく伊勢がやる気になったんだから協力しようと、かれこれ4,5回、伊勢浩二作・演出の舞台に立ちました。その名も「伊勢一座」。

珍しくやる気になった伊勢。稽古場でも楽しそう。「いつもはネガティブな伊勢が覚醒した!」内心喜びを感じたのもつかの間、本番初日が近づくと事態は一変します。

他の舞台にも何度か出演しましたが、たいていの演出家なら本番前には出演者をリラックスさせようとします。「ゴールを決めようとしないで、みんなでパスを回していけば、結果的に得点できる。先を考えないで今を生きれば大丈夫。失敗しても責任は全部私がとります」。この言葉で出演者は肩の力が抜け、いい演技、いい舞台に繋がります。

ところが、伊勢座長の場合は真逆。本番直前、座長の口から出るのはこんな言葉の数々。「あーダメだ」「絶対ウケねーよ」「何でこんな事始めちゃったんだろう…」。

本番直前ですよ!こんな言葉聞かされる出演者はどうしたらいい?
現実はこうでした。

「伊勢さん元気出してください」「大丈夫ですよ」「伊勢さん面白いんだから」後輩芸人に励まされる座長。なんとか座長を元気づけようと座員は一致団結。そしていざ舞台に出れば、持ち前のおかしな動きで爆笑を取り、ひとりでゴールを決める。これが伊勢です。伊勢浩二です。

2016年、BOOMERも私も同時期に漫才協会に入り、また同じ舞台に立つ事が増えて来ました。一時芸人活動を辞めていた身からすれば「またBOOMERと同じ舞台に立つ日が来るとは…」と人生の不思議さを感じていました。

私の場合は一度芸人を辞めていたので、漫才協会入りを機会に「もう一回改めて新人のつもりでやってみよう」と自分の中で三つルールを決めました。

昔はあまり他の芸人と交流がなかったので、この機会に入会から1年間は
①他の仕事がない日はすべて出演希望を出す
②出番後仕事がなければ最後まで残る
③先輩に誘われたら断らない
この三つを自分ルールにしました。

そしたら先輩芸人たちの昔話が聞けたり、どれくらいまでなら先輩をイジっても大丈夫かの距離感が分かったり、後輩にもイジられたり、いいことづくめ。

一方のBOOMER伊勢は自分の出番ギリギリに来て、出番が終わったらすぐ帰る。昔のキャッチフレーズを用いるなら「遅れて来て、すぐ帰るルーキー」。「東洋館の楽屋でBOOMERの伊勢を見ることが出来たら幸せになれる」という都市伝説が生まれるほど伊勢の存在がマボロシになって行きます。

そんな中、珍しく漫才協会のメンバーの飲み会に伊勢が参加するという珍事が。それは2018年4月22日。漫才協会に入って2年あまりたった夜の出来事です。

メンバーはねづっち、ロケット団の三浦君、元ホンキートンクのトシ君、伊勢浩二、そして私。珍しく参加した伊勢の姿に、みんな喜び、楽しく会話をしていました。「やっと伊勢が心を開いた!」と私も内心喜んでいた、まさにその時です。ずいぶん酒に酔った伊勢浩二が、突然私に斬りかかって来たのです。鬼滅の刃を向けてきたのです。

「でも俺は金谷のこと認めてねーからな!」
え?どーした?突然?前後の会話と何の脈絡もなく、いきなりの宣戦布告。周りのみんなもポカーン。「どうしたんですか?伊勢さん」言われた私もポカーン。

しかもよく考えてみたら、生まれてから一度も「伊勢浩二に認められたい!」って思ったことがありません。

たとえば憧れのビートたけしさん、立川談志師匠に言われるなら多少ダメージありますが伊勢に言われたところでノーダメージ。斬りかかった刀がグニョグニョ。自滅の刃。

という事で、その日以来、伊勢浩二とは絶交しております。ちょっと早めのソーシャルディスタンス。

そんな伊勢浩二に、この場を借りてひとこと言わせてください。

「伊勢!別にお前に認められようとは1ミリも思ってないし、お前に嫌われても何のダメージもないよ。ただこれだけは言わせてくれ!俺は伊勢の事認めてるし、伊勢の事嫌いになった事は一度もないよ」

30年前の古臭~い、ベッタベタな、オチが分かりきったコントで、きっちり笑いを取るBOOMERはやっぱり…スゴイ!


金谷ヒデユキ

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