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浅草芸人列伝 この芸人はスゴイ!~内海桂子師匠

漫才協会の名誉会長、内海桂子師匠が亡くなられました。享年97。

とにかくスゴイ方でした。舞台に登場するだけで客席の温度が2,3度上昇。桂子師匠の一挙一動を見逃すまいと緊張感が高まる。

その緊張感の中「あ~あ、もうやんなっちゃったよぉ~。今日は眠いんだよぉ」とボヤくだけで会場が笑いに包まれる。見事な緊張と緩和です。

最前列のお客さんに「あれ?あんた昨日も来てたねえ。いつもいつもありがとうねえ。え?来てない?なんで来てないの?」さらに笑いが増幅。

三味線の糸を調節するときも「(ペンペン、ペンペン)合わないねー。(ペンぺン)音が違うよぉ~。(ペン)嫌んなっちゃう、もう三味線弾くの辞めた!」会場爆笑。

笑わせようとしてるのかしてないのか全然分からない。まったくの自然体。

なんとかお客さんを笑わせようと悪戦苦闘する他の芸人たちを尻目に、ふわふわとタンポポの綿毛が舞い散るように笑いの種をまく。

相手を倒そうとしてないのに勝手に相手が倒れていく、合気道の達人のようです。そこにいるだけで面白い。無手勝流の技。

毎年末に行われる「年忘れ漫才大行進」でもご一緒し、終わった後は打ち上げに誘って頂くのですが、店に向かうまでの道すがら、桂子師匠を見つけた浅草の町の人々の反応がとても印象的。

「け、桂子師匠だ!」「歩いてる!」「ほ、本物だ!」ざわ…ざわ…ざわ…。

混雑している年末の浅草。あふれかえっていた人の波が、桂子師匠の目の前で二つに割れ、自然と通り道が。幼き頃に聞いていた伝説の「モーゼの十戒」。モーゼの目の前で海が二つに割れる場面が「約束の地」浅草で再現されるのです。

「ありがたや、ありがたや」と手を合わせる人々。中には拝み始める人も。そう、浅草における桂子師匠は神様そのものでした。

「ウケたい」という欲を捨て去った時に、初めて笑いは訪れる。桂子師匠の舞台を見て、そんなありがたい笑神様の教えを頂いたような気がします。

そんな数々の思い出の中でもいちばん印象に残っているのが、昨年11月30日に浅草公会堂で開催された漫才大会での桂子師匠の姿。その時の企画が「漫才協会で一番面白いのは誰だ!」と題し、若手もベテランも忖度なし、客席の投票によって漫才協会ナンバーワンを決める大会でした。

かくいう私も出場し、かなりの手ごたえがあったので「これはひょっとして決勝行っちゃうかも」と顔にはそんなそぶりをおくびにも見せないまま、「もし決勝行ったらこのネタとこのネタやろう」と頭の中でシミュレーションを繰り返していました。

そんな欲望を見透かされたかのように決勝進出はならず。欲をかいた自分が恥ずかしい!恥を知りなさい!愚か者の所業です!(三原じゅん子の声で)

そして決勝戦が終わり、その日のゲスト爆笑問題から、優勝した「母心」へトロフィーが渡されることとなりました。うやうやしくトロフィーを掲げた爆笑問題・太田光。まずはそのトロフィーを「優勝おめでとうございます!」と内海桂子師匠へ。

客席には大きな笑いが!ところがここで異変が起こります。ボケとして渡したトロフィー。そのトロフィーをいっこうに離そうとしない桂子師匠。「いや、桂子師匠、今のはボケですから」と説明しても絶対に渡さない桂子師匠。97才とは思えない怪力でトロフィーを握りしめ続けます。

その姿に、会場は大盛り上がり。海が割れるどころか海が波をうって揺れています。

前言撤回!欲を捨て去るどころか欲のかたまりだ!欲望こそが生命力だ!そういえば打ち上げの席でも桂子師匠は肉をガッツリと頬張り、日本酒をクイックイッとやってました。

いつまでも欲を捨てず生き続けた先に、「存在そのものが面白い芸人、そこにいるだけで面白い人」になれる。そんな事を教えられた気がします。桂子師匠ありがとうございます!


★金谷ヒデユキ 

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