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【小説】 旅草 —森の中に響く歌 音虫
一頁
日は西へと傾き、夕暮れまでもう少し。冷たい風が流れるようになった。
青紫の羽織りをはおった恵虹は、埜良に尋ねた。
「埜良さん、寒くないですか?」
埜良は、下はドデカいボンタンを履いているが、上はサラシ一丁。こんな冷たい中で腹を出していては、臓物まで冷えちまいそうだ。
「大丈夫。生まれてずっと、朝も夜もこんな格好だから、寒さには耐性ついてるんだ。それに、雷の力で温めることもできるし」
グッ! と親指を突き出して言う埜良。
「さすが、埜良ちゃんは強いね!」と称える葉緒。
「でも、羽織りくらいは、はおっておいた方が良いと思いますよ」
恵虹がそう言うも、埜良は「平気平気」と言って聞かない。そんで、ぴょーんと空高く浮遊し、帆桁の上に降り立つ。見事に均衡を保っていやがる。
船の前方を眺めると、下を覗いて叫んだ。
「島が見えたよー!」
「本当!?」と葉緒は喜ぶ。
まだ相当離れているが、目を凝らせば微かに見えた。
「この方向で、神月に近い島っつったら、音の神のトコだな」
俺が口を出した。それに月夜が答える。
「左様です、色様。島の名は、響芸。この島にも黒鬼は流れてきましたが大した問題はなく、街外れの森には、霊人の住む村が幾つもございます」
「森の中に村!?」
葉緒は、目をキラキラ輝かせていた。
恵虹が言った。
「民たちの安全を守るため、目立たずひっそりと存在しているのですね」
「ひっそりって言うわりには、アンタらには知られてんじゃん」
帆桁から降りてきた埜良が、ツッコんだ。
「音楽が栄えた島ですよね。大国の大都市で人気のミュージシャンの何割かは響芸出身だったりしますし」と恵虹。
「そうだな。神月と近いこともあって、音の神・沙楽とは仲が良い」と月夜。
音の神が治める島だから、当然、音楽が栄えている。人間の住む村だって、そうだろう。
それを月夜のやつはしばらくたべっていた。沙楽や響芸の街の話を。皆は心を弾ませてそれを聞いていた。
響芸の島に着いた頃には、西の空が橙色に焼けていた。
「何だか、音がする」
二頁
恵虹が軽く耳に手を被せ、ふと言った。
「音?」と葉緒が反応すると。
「楽器の音です。複数の。音楽会でも開いているのでしょう」
「音楽会!」
「おもしろそーだな。早く行ってみよーぜ!」埜良が言う。
「そうですね」
船から降り、森を抜け、村に着くと、何やら村民どもが一箇所に集まっていた。ちなみに、俺は今回も舟番役。ちび兎の月夜は、葉緒の腕の中に納まっている。
そんで埜良は、結局、恵虹の色の力で黒い羽織りを着せられた。
やつらは、群衆の所へ近づく。群衆の視線の先には、楽器を手にした、霊人の青緑の髪の四人があった。まあ、この島の連中の大半の髪色が青緑だ。これから演奏をするようだ。楽器は、琵琶が二人。その後ろに、琴と太鼓ドラムだ。
生で見る楽器に感心する恵虹、葉緒、埜良らのもとへ、村民の老人がやってきた。
「おや、お前さんたち、見ない顔だな」
恵虹たちは、老人に挨拶をした。
「私たちは、先ほどこの島に到着し、素敵な音色が聞こえてきたので、この村にやってきました。これから、演奏会でも行われるのですか?」
「ああ、そうだ。毎日、この時間帯になりゃあ、行われる」
『みんなー!! お待たせー!!』
四人の中央の、琵琶を持った女性が声を上げた。彼女の声は、驚くほど大きくはっきりと聞こえた。おそらく、彼女らが持つ、音の力だろう。青緑の髪色は、音の神様を信じている証だと、玉兎様は言った。
『それじゃあ、いっくよー!!』
太鼓を叩く二本のバチを、カンカンと鳴らし、楽器の演奏が始まった。
それから、しばらくして、琵琶の女性が歌い始めた。
「さんさんと陽光が差す
けれど 私の心は真っ暗で
ざあざあと大荒れだ
口つぐんで器用じゃない
誰も私に用じゃない
海の底に沈んでくような日々
せめて夢の世界で幸せに
私は木偶娘 無口で不器用で
何の役にも立たない
私は木偶娘 誰も期待しない
ああ とっても自信なんて持てない
お嫁にだっていけない
そんなキミでも 瞳閉じれば
素敵な世界開く
キミに優しい王子様
心ときめく夢の旅
息もできない苦しい日々でも
逃げず負けずに猛奮闘
キミはガラクタじゃない
鋼の心の素敵な娘
無口で不器用なキミだって
好きだって言う
王子様も現れるさ」
歌の詞を聞いて、私にはピンとくるものが浮かんだ。
(この歌、もしやというか十中八九……)
三頁
それよりも、すごい。暖かな雰囲気の曲なのに、圧倒される。歌にも琵琶にも、琴にも、太鼓にも。
葉緒ちゃんと埜良さんも、目をキラキラさせて、前のめりになって聴いていた。玉兎様もご満悦そうだ。
一つの歌を歌って、これで終わりだそうだ。村民たちは、皆帰っていく。
演奏の前に声を掛けてきた、お年を召した男性が口を開いた。
「この村、『音虫』は、見た通りの小さな村だ。大して面白いものはない」
これを私は、慌てて打ち消した。
「いいえ、そんな! この村は、とっても素敵なところです。先ほどの演奏も素晴らしかったです。心が震えました」
「アタシもだよ。こんな感動、初めて覚えた」
埜良さんも、口を弾ませていた。
葉緒ちゃんも、口を開く。
「あの、わたし……料理が得意なんですけど」
音楽の話ではないことに気付き、私と埜良さん、玉兎さまも、葉緒ちゃんに注目する。
「この村で、お店を開いてもいいですか?」
それから「少しの間だけ」と付け足した。
「そっか、葉緒、たくさんの人に料理を食べてもらうのが夢だったもんね。ここなら、人もいるし」
埜良さんが言った。
「うん、あ……でも、建物とか」
「そこは私にお任せださい」
葉緒ちゃんは、ぱあっと明るい顔になった。憂い事が消えたのが分かる。なんて分かりやすい。
「わたし、姓を阿月、諱を葉緒姫、字を葉緒と申します」
男性に自己紹介をした。すると彼は、顔の色が変わった。
「阿月……その髪と眼の色。貴女は……貴女様は……神月の姫君では!?」
四頁
慌てふためきつつ、言葉を絞り出す。そんな彼のおどろおどろしい様子に、葉緒ちゃんもまごついた。
「あ、あのー」
彼はさらに、地面にひざまずいた。
「申し遅れました! 私、姓を久音、諱を赤盛、字を茜雲と申します。この音虫の村の村長をしております」
茜雲殿の緊迫感に、私と埜良さんも狼狽した。
「顔を上げてください、茜雲殿」
「アタシらも葉緒も、取って食おうなんてしないから」
二人でそう言って、茜雲殿は顔を上げた。
「お店のことは承知いたします。阿月家の方は代々、料理を嗜まれていたそうです。葉緒様も……」
「はいっ、阿月葉緒、この世に生まれて十六年、ずっと料理の修行をしてきました。民草たちを笑顔にするために」
「そのような方の料理を頂くことができるとは、感無量でございます」
茜雲殿は、そう言って微笑んだ。
しかし、今日のところは、日が落ちて暗いため、船に戻って一夜を送ることにした。
翌日、恵虹らが朝食を取っているところに、客人がやってきた。
恵虹が出て行くと、訪れてきたのは、昨夜の演奏で琵琶を弾いていた男女二人だった。
船端から顔を覗かせる恵虹を見て、二人は手を振った。
「おはよう、旅人さん」と女の方が声を掛けた。
恵虹は、二人を船上に上げた。
「はじめまして。アタシ、姓を福音、諱は鈴樹。字は鈴止゛无 よ」
随分とくだけた字だな。
「かわいい字ですね」
葉緒が褒めると、鈴止゛无は鼻を高く伸ばした。
「へへん、ありがと。アタシもこれ、気に入ってんだ。アンタのもいいよね。葉緒ちゃんだっけ。昨日、アンタたちと話してた村長が言ってたの。とってもカワイイ」
褒め返された葉緒は「ありがとうございます」とぽっと紅潮した。
続いて、男の方が名乗った。
「僕は、姓を福音、諱を山一。字を己於崙と申します」
「まったく、変な字だな」
「こんな無礼猫の戯れ言など気にしないでください」
「んだと、コノヤロー!」
「ところで、お二人のご関係は?」
「夫婦よ、結婚二十六年目にして、息子が二人いるの!」
「え! てことは、ケッコー歳いって……」「黙りなさい」
「長男は、夏の大都市に行って、音楽をやっていますが、次男もその背中を追って、頑張っているみたいです」
恵虹は「仲良いですね」と微笑んだ。
夫婦二人も、互いに見合ってにこやかな感じになった。
あ、そうそう。と、鈴止゛无が話を切り出した。
五頁
「お店のことなんだけど、村に空きのお家があるから、そこ使っていいよっ」
それを聞いた葉緒は、驚いた。
「え、いいんですか!?」
「建物の造形なら私が」
恵虹もそういうが、
「イチから建てるよりも、そっちのが楽でしょ? アタシもみんなも、葉緒ちゃんの料理、早く食べたいからさ」
鈴止゛无の言葉に埜良は、葉緒に微笑み掛けて言う。
「よかったね、葉緒」
「ありがとうございます!」
葉緒は、鈴止゛无たちに頭を下げて、お礼を言った。
鈴止゛无さんと己於崙さんに案内された空き家は、木造に茅葺屋根の大胆な三角屋根の家。他の家とほとんど同じ外観である。
「どの家も全く同じ造りですね。間違えたりしないんですか?」
気になった私は、尋ねてみた。
「小さい村なので、自分の家の位置を覚えるのはかんたんです」
「家を全部おんなじ見た目にするのは、ここがどこの村か、わかりやすくするためよ。ここは三角屋根だけど、余所の村じゃ、きのこの形のお家や、お豆腐のように四角い家が並んでいたりするわ」
「へぇ、おもしろいですね」
葉緒ちゃんがにっこり笑って言った。
その家は、中も綺麗に整えられていた。空き家と呼ぶには、随分と美しい。鈴止゛无さん曰く、「朝一番に、楽団の皆や村の人たちで頑張った」そうだ。こんな小さな村に、島の外からお客がくることなどとんとなく、皆が楽しみにしているという。
村民たちからの視線が厚いのは、それ故か。
ただ、内装に関しては、土間と木板の居間の他、机も椅子も皆無である。そこで、私の出番だ。彩色の杖を取り出す。
昨夜、葉緒ちゃん、埜良さんと考えていた、お店の構想を思い出し、それをたった今、与えられた空間に落とし込む。
私は、杖を頭上に突き上げた。
【現し絵】
唱えて、あっという間に部屋の様相が変わった。
「すごーーーい!!」「すげーーー!!」
葉緒と埜良は、歓声を上げた
仕事を成し終えた恵虹は、皆の方を向き、にっこり笑って言った。
「これでどうでしょうか」
「とっても素敵です!」
「これがこの世界を創った力か」
葉緒、埜良共に、目をきらきら輝かせていた。
六頁
その後、調理器具や食材などを取り揃え、開店準備を進める。これらは、村の皆さんが用意してくださったものだ。
葉緒ちゃんは、着物の内側から何かを取り出した。
御守りだ。色以外の、力の神様を信仰する者には、これが与えられている。濃いめの青紫色の袋に、葉緒ちゃんの髪色と同じ、淡い黄色の「月」の文字が刻まれていた。
【玉兎様! 身支度お願いします!】
御守りを空高く掲げ、葉緒ちゃんは叫んだ。そして、パン! と御守りを挟んで。合掌した。
すると、彼女の全身が黄色い光に包まれた。
光が消えると、葉緒ちゃんは、目を奪われてしまうまでに、かわいい姿になっていた。
うさ耳リボンのバンダナの下。淡い黄色の長い長い髪は、垂れたうさぎの耳のように、低い位置でツインテールにまとまっていた。
黄と白の水玉柄の割烹着は、ひざ丈のワンピースのようにきゅっと締まって、その後ろには大きなリボンが。
割烹着の下には二部式の着物で、下は割烹着よりも少し長めのプリーツスカートになっている。色は、紅桔梗色辺りの明度の低い青紫。
自身の身支度も済ませた葉緒ちゃんは、わくわくいっぱいの面持ちで、見守る皆に向けて、宣言した。
「『お月食堂』、開店です!」
私も埜良さんも、村の皆さんも、歓喜の声を上げた。
お月食堂には、端から多くの客が集った。置かれた席の全てに人が座った。これだけの量を葉緒一人で捌くのは、無理があると、月夜が月の都から、五人の兎どもの応援を寄越した。こいつらは一応、向こうの世界で腕の立つ料理人をしているらしい。
身のこなしは的確で、仕事の質もいい加減じゃない。しっかりと葉緒の後援に努めていた。
とはいえ、小さな村だ。客足はすぐに落ち着いた。開いた席に座って、恵虹と埜良も昼飯を取る。勿論、こいつらは無賃だ。
そこへ、入ってきたのは、鈴止゛无と己於崙、昨晩の演奏会で琴を弾いていた女とドラムを叩いていた男も一緒だ。
「やっほー、だいぶ繁盛したみたいだね」
鈴止゛无が陽気に声をかけた。
「はいっ!」
「全部の席、埋まってたよな〜」
「今回は、四人揃ってますね」
「次に会う時は、楽団全員でが良いと思いまして」
鈴止゛无が、残りの二人を恵虹たちに紹介した。
七頁
「琴の水知伊と、ドラムの切栗鼠」
またもや変な名前だな……。
「初めまして」
「どうもっス」
ふと、鈴止゛无は、店の門口に目をやった。この店に、覗きを働いているやつがいた。青い頭巾を被った、成年未満の年頃の小僧だ。まだ何の神も信仰しておらず、黒髪で片方の目を隠していた。小僧は、鈴止゛无の視線が自分のところに向くのに反応して、頭を引っ込めた。
鈴止゛无は「まったく」とため息混じりで呟いた。
気に留めた恵虹が「どうしました?」と尋ねる。
「ウチの子だよ。臆病な子でね」
そう言って、壁の向こうで座り込んでいる小僧に叫んだ。
「千呂! こそこそしてないで、堂々と入ってらっしゃい!」
しかし、何も返事をしない。小僧はシカトを決めていた。
渋々鈴止゛无は、店の外に赴く。そんで、小僧の腕を引っ張った。
「もー、アンタって子は! いい歳して、人見知りかましてんじゃないよ!」
「う、うるせーな! 俺はたまたま、ここで休んでただけだ!」
「アンタさっき、覗いてたでしょ。旅人さんたちに紹介したいから、入って!」
この騒がしいやり取りを、遠くで聞いていた恵虹は、和やかな面で「楽しい親子ですね」と己於崙らに言った。己於崙は「ほんとう、毎日飽きませんよ」と苦笑いを浮かべた。他二人も同調する。
母ちゃんに腕を引っ張られ、小僧は仕方なく店の中に入った。
「初めましてだな、俺は姓を福音、諱を千呂流、字を歌龍と申す者だ! 俺はいつか、龍みてーに強く立派になる男だ!」
さっきのヘタレが嘘だったかのように、威風堂々と立って、立派な口を吐いていやがる。
「まったく、呆れるよ。そんなら、お店ぐらい、立派に入ってもらいたいもんだね」
「う、うるせー! 俺はただそこで休んでただけだ!」
「私は姓を石暮、諱を匡、字を恵虹と申します」
「わたしは姓を阿月、諱を葉緒姫で、字は葉緒です!」
「アタシは埜良だよ!」
それぞれが自己紹介を済ませると、恵虹が尋ねた。
「龍って、『鯉登り』のですか?」
「そうだ。知ってるのか?」
「当然! 私は、黒槌の猫石町出身で、『鯉登り』には、ほぼ毎年のように行ってましたから」
「こいのぼりって?」
頭にハテナを浮かべる葉緒に、埜良が説明した。
「鯉が川を登るんだよ。最終的には大滝も登ってさ、見事登り切ったら龍になるんだよ」
「鯉が龍に!? すごい!」
「俺も昔、ちっちぇー頃に、龍を見てさ。それ以来ずっと憧れなんだ、カッケーだろ?」
「はい! 何度観ても飽きません」
そして小僧は、踵を返した。
八頁
「じゃっ、俺はここで。大事な用事があっからなー」
小僧が店を出てしばらく、鈴止゛无が、親指でその後を指して、三人に言った。
「つけてみる?」
「え、良いのですか?」
「いいよ、いいよ。スッゴイもんが見れるから」
「あ、でも、わたしはお店があるので」
葉緒がそう言うと、兎の従業員の一人が言った。
「葉緒さま、ここは私共に任せて、おいでなさってはどうでしょう」
葉緒は、やつらに任せることにした。そうして三人で、あの小僧の行く先へ向かう。
その道すがら、鈴止゛无さんは、私に話を切り出した。
「恵虹くんてさ、『木偶娘』の絵、描いてる人だよね」
「いかにも。昨夜の歌、あの詞は『木偶娘』を連想させる内容でした」
「やっぱり気づいてた? アタシ、大好きなんだ。アンタの絵、含めてさ」
「ありがとうございます」
「恵虹さん『でくむすめ』って何ですか?」
「朝日クチナシさんという方が書いた『木偶娘の夢』という小説です。無口で不器用な少女の苦悩と夢世界での旅を描いた幻想もの。船の書斎にも置いていますから、後で読んで見るといいです」
「読みたいなー!」
「その絵を恵虹が?」
「はい。私は、旅に出る以前は、絵師をしていたのです」
『絵師!?』
「『色の力を持ったやつが就く職業っつったら、絵師一択だろ〜』と色に言われたので」
俺はそんな間抜けな言い方はしてないぞ。
「でも、私も同じ思いでしたし、絵描きのコツを色に教わって、描いてみたら、とっても楽しかったのです。特に、人やそのファッションを描くのが好きでした」
「恵虹くんの絵は、オシャレな人が多いよね。で、人が肉まん食べてる率も高いよね」
「恵虹……絵にまで己の欲望を……」
「何ですか、埜良さん。そもそも絵というのは、人の欲を満たすためにあるものなのです。
人を描きたいから人を描く。
お洒落に興味があるから、お洒落をした人を描く。
肉まんが好きだから肉まんを描く。
肉まんも人も、どちらも描きたいから、肉まんを食べた人を描く。
それが『絵を描く』という行為の本質だと、私は思います。そして、絵を描くことが不得意な人の欲を叶えるために絵を描く者が、絵師なのです」
「おぉ、なるほど」
「恵虹さん、かっこいい!」
葉緒ちゃんに褒められて、満更でもない気分になった。
「しかし、そんなに沢山、私の作品を見てくださったのですね」
私が尋ねると、鈴止゛无さんは、気恥ずかしそうに笑った。
「『木偶娘』と一緒に、アンタの絵も好きになってさ。海外からいろいろ取り寄せてもらってんの。村のみんなにも見せてまわって、みんな好きになってさ。だから、アンタたちを手厚く迎えたってわけ」
九頁
「そういうことだったのですね」
「恵虹さんは、人気者なんですね」
「あと、そうだ、龍!『鯉登り』の」
「歌龍さんも、憧れてると言ってましたね」
「八年前にね、楽団みんなで黒槌に行ったの。子どもが生まれる前の、二十六年前にも、己於崙たちと四人でね」
(二十六年前……!)
「何の運命のイタズラだろうね、その年はなんと二体の鯉が登り切って、龍になったんだ」
「え、龍が二体!? そんなの、観たことないです」
「観てないんだ?」
「私が生まれたのが、ちょうどその日ですから」
「へえ! すごいご縁を感じるね」
「そうですね」
すると、ふと、上空に何か気配を感じた。見上げると、一匹の蝙蝠が空を舞っていた。森の洞穴かどこかから出てきたものだろうと、あまり気に止めなかった。
村を抜け、森の中に入った。浅く鬱蒼とした、秋の森。掠れる葉々の隙間から、陽の光が差し込んできて、明るい。
足下を見れば、赤、時々黄色混じりの白い彼岸花が乱れ咲いていた。
「いたわ」
鈴止゛无さんは、ささやき声で言った。彼女の目線の先には、歌龍さんがいた。きのこの生えた切り株に、腰を降ろして、琵琶を奏でていた。
私たちは、木々の陰に隠れて、その様子を伺った。
彼の周りに集まるのは、蜻蛉のような、蝶のような羽の生えた、三寸ばかりなる人々。“精霊族” という種族の者たちである。人が立ち入らない、森の奥深くに住処を作って暮らしているのだとか。
私も昔、会ったことがある。
歌龍さんは、精霊たちからの人気を博しているようだ。くるくる飛び回っていたり、地面に座ったりくつろいでいたり、彼の頭や座る切り株に、腰を降ろしている者もいた。皆それぞれ自由奔放でいて、皆が歌龍さんをもてはやしていた。
「……そんじゃあ、……いくぜ」
「まってましたあー」「ぱちぱちー」「いいぇーい」
「そんな盛り上がる歌じゃねーんだけど」
琵琶の板をこんこん叩いて、弦を弾く。
「暗い寒い森の中
一人ぼっちで琵琶を弾く
だって俺は 臆病で
人前でなんて絶対ムリ
虫ケラみてぇにちっぽけな
そんな俺が
馬鹿げた話だけど
一つだけでっかいでっかい
夢がある
あの立派で勇敢な龍のように
川を登って滝を登ったあの龍のように
勇敢で立派な男になりたいんだ」
十頁
精霊たちの小さな手がぱちぱちとなる。
「さいっこー!」「シビれるー!」「かりゅうのうたはせかいいち!」
私は、木陰に隠れながら感動していた。
(上手だなぁ……)
「すごーい!」
……。
「アンタも琵琶弾けるんだねぇ」
!?
「な、なんだお前ら!」
何と! いつの間にか、葉緒ちゃんと埜良さんが歌龍さんの前に出てきていた。
「ちょっと、葉緒ちゃん、埜良さん! すみません、歌龍さん。勝手に拝聴させていただきました」
仕方なく私も木陰から出て、謝辞を述べた。歌龍さんはひどく慌てた。
「もう、母ちゃん! 何でこいつら、連れてきたんだ!」
「せっかくのお客さんだからに決まってんでしょ! この島の隠れ名物なんだから!」
「誰が隠れ名物だ!! 勝手に見に来んじゃねーよ!! あんまり人に聞かれたくない歌とか歌ってんだし……」
「分かります。その気持ち。私も、絵師をしていたのですが、自分の作品を公に披露することは、とても勇気のいることです。
ですが、歌龍さんは、精霊さんたちの前では、平然と歌えていますよね?」
「それは……こいつらが勝手に見に来て、もう慣れてて」
「その時点で、歌龍さんは、立派な歌い手ですよ。もっと自信を持ってください」
「うんうん!」
「しっかしまあ、しけた歌だね〜」
「うっせぇ。俺は、明るい歌の方が嫌いだ」
「あぁ、ネクラ野郎か」
「黙れ」
「ネクラ?」
「根っから暗いやつのことだよ。コイツみたいに」
「あン!?」
「へぇ……」
「二人とも、もうここまでにしましょう!」
「そ……そうだ……恵虹、俺もアンタの絵、好きだ。アンタの龍の絵を見てっと、本物を見たあの時の感動が蘇ってくる」
「私は毎年のように行ってますから」
「いーなー」
その日の夕方にも、鈴止゛无たちの演奏が行われる。恵虹たちも心待ちにしていた。
十一頁
「それじゃあ」
『奏でようか。逢魔が時の、狂演を』
突如として、鈴止゛无たちの周囲に漆黒のもやのようなものが現れた。そして、四人の眼に光が消えた。
「? 何だこれ 真っ黒!」
「……皆さん?」
額を手で覆った恵虹は、顔色を変え、彩色の杖を取り出した。
【お色直しです!】
お色直しで変身してすぐ、色の力を発揮する。
【赤の帳】
私は、闇に囚われた四人を、太陽を象徴する赤色の世界に誘った。
「あれ? ここは?」
「四方八方が真っ赤だ」
「なんか熱いな……」
「そんでちょっと眩しい」
我を取り戻した鈴止゛无さんら四人は、突然の真っ赤な世界に戸惑った様子を見せた。
「皆さん、大丈夫ですか?」
「恵虹くん……これは——」
「すみません。皆さんのご様子がおかしくなって、嫌な予感がしたので。不穏なものを消滅させるため、強めの【赤の帳】をかけました」
「赤の帳……?」
「お天道様の色です
「それでこんな熱いのか」
「ですが、もう大丈夫だと……」
【昏迷の虫籠】
無論、これだけで終わるはずがない。
邪魔をしてきた彼も一緒に、四人を闇の籠の中に閉じ込める。目には見えない籠。赤色の力よりももっともっと強力な闇の痛みを彼らに注ぎ込む。
(何だこれ、苦しい!)
突然、心の内に強烈な鬱気が現れた。この世の全てが恨めしく、全てを破壊し、人々を残忍に傷つけたいような、非常にバイオレンスな衝動に襲われた。
このままでは危険だと悟った私は、【赤の帳】を解除し、すぐに後方へ下がった。
それでも尚、バイオレンスな衝動は消滅しない。
「ダメだ……! ダメだダメだ!!」
治れ! 闇!!
「恵虹さん!」
「恵虹! 大丈夫か!」
十二頁
這いつくばって、唸る恵虹。肝を潰した葉緒と埜良が駆け寄る。
「ダメ! 来ないで!!」
恵虹の必死の叫びに、二人は足を止めた。
「で……でもよ、恵虹……」
「髪が——黒くなってる」
白色だった恵虹の髪色が、墨を注いだかの如く、真っ黒に染まっていく。
すると、ずっと葉緒に抱かれていた月夜が飛び出した。
「恵虹! 顔をあげろ!」
月夜は恵虹に命じた。やつは言う通りに、酷く病み荒んだ顔をあげた。
【望月光拳】
月夜は、恵虹の鳩尾に突きを入れる、その直前でピタッと止めた。
すると恵虹の髪は白に戻り、やつはぐったりとその場で倒れた。
「……ありがとうございます。玉兎様」
玉兎様の小さな拳が、私の鳩尾に接近した時、体内に目が眩んでしまうほどの屈強な光が現れた。
その光に飲み込まれたのか知らないが、私に取り憑いたバイオレンスな衝動もキレイサッパリ消え去った。
「おい、鈴樹! お前たち! どうした!? 何があった!?」
音虫の村長、茜雲殿の声。そうだ、彼らはまだ闇の中にいる。顔をあげると、彼らもまた、私と同じように苦しみ悶えていた。
三つ目の未来視が見た最悪の未来に近づいたか。彼らもあのバイオレンスな衝動に取り憑かれているのなら、相当危険な状況だ。
演奏を聞きに集まった村民たちは、突然起こった異変に戸惑い、混乱していた。
私は、彼らに警告した。
「皆さん!! ここは危険です!! 早くお家に避難してください」
しかし、彼らは首を左右に動かすだけで、足を動かそうとしなかった。
「おい、今、何が起きてるんだ?」「演奏は?」
「鈴止゛无さん、己於崙さん?」「キルさん?」「スイちゃん?」
【赤の光】
恵虹は、憤慨するかの如く、広範囲に赤色の光をぶっ放した。
【——各自、速やかに建物の中に避難せよ】
そんな命令を村民たちの脳内に発信した。
すぐに彼らは、走り出した。そして家々の中へと入っていった。
「すごっ、急に帰り始めた! 何したの?」
「詳細は後で。そろそろ、来ますよ」
「!?」
十三頁
戸惑う埜良だったが、恵虹の言う通り、身を屈めて悶えていた四人は、ついに完全に飲み込まれたのか、何の葛藤も消えたようにスッと立ち上がった。
『さあ、狂気に満ちた演奏会の始まりだ!』
「コノヨノスベテヲ……ハカイスル!!」
鈴止゛无さんのゾッとする一言に、私たちは身構えた。
「葉緒、変身を」
「了解です」
葉緒ちゃんは、再度御守りを叩いて変身をした。
闇に飲まれてしまった四人は、楽器を構え、演奏を始めた。
「全部消えちゃえばいい
この世にあるものその全て
全部壊れてしまえば良いね
居るだけで湧く
憎悪 嫌悪 煩悶 苦悩
だるいなだるいなこの世界
歴史の全てが苦に満ちている
馬鹿な夢も希望も皆無だ
不快だ不快だ不快だ不快だ
妬む奴らは闇に裂かれろ
闇に呑まれろ
げに不愉快な 運命も業にも恵まれ
当然のように 嗤う嗤う奴ら奴ら奴ら
狂気に遊ばせ 夜に滅びよ
烏夜に敬え 素晴らしき世界の
その上に在る 恐怖恐怖恐怖恐怖
象徴 世界の闇を」
ダークで狂気な歌と共に、四人の背後に黒い大きな魔物が現れた。魔物は胴体から左右八本の腕を生やし、その腕共をゴムのように伸ばし、恵虹たちに襲いかかった。
大槌の如くデッカい拳。これに潰されれば一たまりもないだろう。
やつらは、迫りくる腕を次々にかわしていく。埜良は雷速の速さで、葉緒は兎人族特有の長けた脚力で、恵虹は額に隠れる予知能力を駆使してだ。
そんな中で、月夜が葉緒に声をかけた。
「葉緒、調理場へ移動だ」
「はい、了解しました!」
葉緒は、月夜の力で身を消した。行き先は、月夜の住処である「月の都」であろう。葉緒が離脱した今、恵虹と埜良で攻防を繰り広げる。
「葉緒ちゃんはどこへ?」
「調理場だよ」
「調理?」
「葉緒には必殺の技があってね、それを発動させるための準備なんだ。葉緒が帰ってくるまで持ち堪えるよ!」
「了解しました」
十四頁
(父ちゃん……母ちゃん……)
広場のすぐ近くに建つ、家の陰に、俺は潜んでいた。もともと演奏も、ここで聞こうと待っていた。それが何やらヤバい状況になった。母ちゃん、父ちゃん、水知伊に切栗鼠が、悪い魔物に取り憑かれたようで、狂って暴れている。
黄色いおさげの子がいなくなって、魔物と戦っているのは二人だけ。
ここは俺も、何か役に立つべきだが、それで魔物に目をつけられたら、真っ先に死ぬだろう。
「龍……」
俺はその名にふさわしい人間じゃない。俺にあんなの敵うわけがない。俺は、弱い。
……だけど。
母ちゃん、父ちゃん、水知伊、切栗鼠、あとあいつら。俺の可能性を信じてくれる人たち、俺の演奏を聞いて、「好きだ」と言ってくれた人たち、俺にとって大切な存在。
そんな人たちの、苦しんでいる顔は、見ていられない。
「千呂流」
俺を呼ぶ声がしたと、そちらを向くと、そこには精霊がいた。だが、身の格好が他の精霊たちとは違う、特殊な感じだ。そいつは、その身に余る程の大きさのものを抱えていた。
手に取ると、それは御守りだった。母ちゃんたちが持っているものと同じ、その真ん中には【音】の文字。
「これで彼らを、この村を助けて」
この一言で、この精霊は、音の神・沙楽様が化けたものであることが分かった。
「でも、どうやって?」
「【音の力】は、いつ何時でも、何の音でも奏でることができる力。その力で奏でた音で、人に何か効果を与えたり、暴走した音を消すこともできるわ」
「音を消す? 音で!?」
「そう、音で音を消す。
あの黒い化け物は、悪意を注ぎこまれた、鈴止゛无たちの音の力で生み出したものだと思うの。もし、そうなら、この方法であの化け物は弱まるはず」
「? そんなら、アンタが何とかした方が早いんじゃねぇの?」
「そうしたら、あなたの成長の機会を奪ってしまうでしょう? それはいけないと、神々の約束事にあるのよ。私にできることは、あなたに力を授けて、行動を促すことぐらい。だからあなたが彼らを助けて」
俺の成長か……。ウジウジしている暇はない。俺は御守りを空に掲げた。
【沙楽様! 俺に力を!】
それから、パシッと手と手で御守りを挟む。
一瞬、目の前が、青い光に包まれた。そこから覚めると、手元の琵琶は、青くかっこいい姿に変わり、服装も同様にイカしたものになった。
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イカした身形の自分をじっくり観賞したい気分にあるが、そんなことをしている暇はない。
音を消す音?
……降りてきた! 覚えた覚えすらない、聞いたこともない、旋律が。
顔も出さずに技を繰り出すのは、少々卑しいが、我が身が一番大切だ。
【消音!】
浮かび流れゆく旋律。冴える頭が手首、指先を動かし、音を奏でる。
奏でているはずの音が、全く聞こえない。これが「音を打ち消す音」だろうか。
湧き上がる疑念を無視して、ただ目の前の演奏に集中した。
歌龍の技により、魔物の動きは一段と鈍くなった。雷速で動く埜良にとっちゃあ、余裕で躱せる。
絶好の機会を逃さず、埜良は、魔物の懐に飛び込んだ。
【雷虎の牙!!】
虎を模した、雷の塊を、黒い魔物にぶつける。
魔物は大きく背中を反らした。かなりの痛手を与えたのだろう。
クソッ! 面白くなってきたところだったのに、邪魔をするな。
【邪悪の棘】
邪魔な坊主の目の前に、両手に鋭利な針を持った、真っ黒な忍びを召喚した。その針で、煩わしいその頭をバラす。
【月光の衣〜十二単〜】
月の力を借り、衣に模した衣を十二分、たっぷりと、その影に着せる。一枚の衣では、威力が弱いが、積み重ねれば、その分多大なものになる。
多大な月光の力に耐え兼ねたその影は、消滅した。
目前に現れたのは恵虹。紫だったはずの髪色が黄色に変わっていた。俺は思わず目を見開いた。
「恵虹! どうしてここが?」
「最初っから分かってましたよ。それより歌龍さん、お見事です!」
そう微笑みかける恵虹に、俺は心から嬉しくなった。
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こうなったら……この村丸ごと消滅させてやる……。
「みんな、お待たせ!」
葉緒が戻ってきた。そして、ぴょんと、魔物の頭上の高さまで跳び上がる。
【おいしさ満天! 天満つさんさん!】
空いっぱいに、淡黄の光が放たれた。それは、強烈な力を宿しているようで、魔物は跡形もなく消え、鈴止゛无たち四人の顔からも、苦しみが消えたようだ。ただ、気力をかなり削ったようで、皆その場で倒れこんだ。
恵虹が、【無色無敵の箱】を解除し、その中にいた村民たちも、葉緒の光を浴びた。
葉緒が放ったその光には、美味しい料理を食べた満足の心が込められている。
「月の都」の調理場で料理を作り、それを味わったことにより蓄積された力だ。
その光を浴びた者は、心身が浄化され、悪意も不安も掻き消されていく。力の強度は、食べたものの美味しさ、量によって左右される。
村の者たちも、不安や恐怖の顔は消えて無くなり、パッと笑顔になっていった。
「鈴樹!!」
「みんな!!」
村長殿、そして、歌龍は、一目散に四人のもとへ走って行った。
「恵虹!!」
その後、歌龍が恵虹に頭を垂れ、物を申した。
「恵虹、頼みがあるんだ」
「……何でしょう」
「俺を、旅の仲間に入れてくれ! 俺もアンタたちと一緒に、広い世界に飛びでて、もっともっと強くなって、龍になる鯉みてぇに勇敢で立派な男になりたいんだ!!!」
歌龍の必死の懇願に、目を輝かせた恵虹は、微笑んで言った。
「いいですよ。よろしくお願いします、歌龍さん」
こうして、歌龍が旅仲間に加わった。葉緒も、埜良も、とても喜んだ。
恵虹たちは、村に三日滞在したのち、出航する。その直前、歌龍による演奏会が行われた。
場所は、船を止めている場所。客には、村のやつらだけでなく、他の村のやつや、響芸の島の中心都市に住む鬼族のやつらまで、色々集まった。
「聞いてくれ! 俺の自信作『歌う鯉』!!」
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川の流れに逆らって
大空へ突き進もう
それは簡単じゃない
とっても辛くて苦い道
とは限らない
俺は歌い奏でる鯉
いつか龍になる鯉だ
たとえ今が闇夜だろうと
俺が奏でる琵琶の音で
これから進むこの道だって
絶対 楽しい楽しい道なんだ
「すごい」って 褒め言葉
言ってくれた人がいる
ずっとずっと前からずっと
信じてくれた人がいる
嬉しかった
応えたい 一緒にいたい
俺の琵琶の音で 笑いたい
初めてできた仲間だから
逃したら一生悔やむだろう
夢を叶える
ためにこの手で掴むんだ
俺には無理だと思う時がある
あまりに大き過ぎる夢
大して強くない 殻に籠もって
でも夢だけは見続けている
さあ 最後の一歩を
今 踏みだそうか
俺は歌い奏でる鯉
いつか龍になる鯉だ
たとえ今が闇夜だろうと
俺が奏でる琵琶の音で
みんなを元気に照らすんだ
これから進むこの道だって
絶対 楽しい楽しい 楽しい!!! 道なんだ
歌龍は船に乗り、客の皆に手を降った。目に涙を浮かべて。
葉緒と埜良が、歌龍のもとへ駆けつけ、葉緒はやつに飛びついた。
「歌龍くん! 今の歌、すっごく心に響いたよ!」
「やっぱアンタ、キライじゃないわ!」
「わっ、ちょっと!!」
「歌龍さん、感服致しました。改めて、今後とも、よろしくお願いします」
「お、おう」
恵虹は、歌龍以上に泣いていた。
「恵虹が一番泣いてんな」
「恵虹さんて、涙もろいのですね」
「うぅ。葉緒ちゃんまで……」
恵虹は、船の操縦隊に指示を出した。
「虹色隊! 出発です!」
『ウィ!』