役病6 免疫記憶
① 今回のウィルスに免疫記憶は成立するか?
② 今回のウィルスに交差免疫は働くか?
① 免疫記憶
病原体が死滅すると、多くのT細胞、B細胞も死滅してしまいますが、それらの一部は、一連の免疫反応を記憶してメモリーT細胞、メモリーB細胞として残り、再度、同じ病原体が体内に侵入した際には迅速に対応し、感染または重症化を防ぎます。
今回のウィルスに、この免疫記憶は成立するか。
米国カリフォルニア州La Jolla Institute for Immunologyのシェーン・クロッティ教授らによってScience(2021.1.6)に発表された論文によると、今回のウィルスに感染した人の血液を調べたところ、6か月以上経っても、T細胞の減少はごくわずかであり、B細胞に至っては極めて安定していて、増えているケースもあったようです。つまり、メモリーT細胞、メモリーB細胞は高い水準で維持されているようです。
また、豪モナシュ大学らのチームがScience Immunology(2020.12.22)に発表した論文によると、メモリーB細胞は発症から150日後まで上昇し、発症から252日経っても保持されていたようです。
SARSウィルスに特異的なメモリーT細胞は少なくとも17年間血液中に残る可能性があるそうですから、今回のウィルスでも長期間免疫記憶が保持されることが期待できるのではないでしょうか。
② 交差免疫
交差免疫とは,過去にある病原体に感染したことで,その病原体に似ている別の病原体に対しても働く免疫のことです。古くは、18世紀にジェンナーによって行われた「種痘」の実験があります。当時すでに牛痘にかかったことがある人は天然痘に罹らないことが経験的に知られていました。そこでジェンナーは、牛痘ウィルスをヒトに感染させた後に天然痘ウィルスを感染させると天然痘を発症しないことを実験によって確認しました。これは牛痘ウィルスに対する免疫がヒトの天然痘ウィルスに対して交差反応することを意味します。
通常は、これほどまでに完璧には働きませんが、ある程度感染を防ぎ、重症化を防ぐ効果があると考えられています。
交差反応するのは、メモリーT細胞およびメモリーB細胞が或る程度の反応許容性を持ったファジーな状態にあるからだと考えられます。
今回のウィルスに対して我々は交差免疫を持っているのか?
今回のウィルスに対するT細胞の反応について、世界7カ国で同様の知見が得られています。今回のウィルスに感染していない人の20〜30%に、このウィルスに反応するT細胞が存在するというものです。普通は感染していない病気に対しては、その原因ウィルスに反応するT細胞はほとんど検出できませんが、今回のウィルスの場合は、感染していない正常人の20〜30%に、既に今回のウィルスに対して反応するT細胞が存在するようです。
これは、一般的な風邪の症状を引き起こす4種類のコロナウィルスに長期間、繰り返し感染して出来た広域交叉反応性メモリーT細胞が働いたのではないかと考えられているようです。
また、東京大学医学部付属病院の蔵野信准教授と矢冨裕教授は、今回のウィルスに対してB細胞が産生する抗体のパターンについて以下のように述べておられます。
ウィルスに初めて感染すると、まずIgM抗体が誘導され、その後、IgMがクラススイッチとなり、抗原となる病原体に対して、より特異的なIgG抗体が産生されます。
しかし、日本人における今回のウィルスに対する抗体の変動は、IgGの上昇がIgMの上昇よりも早い例が多いことが特徴です。IgMが上昇するが、IgGは上昇しないパターンおよびIgMがIgGに先行して上昇するパターンを交差免疫無しのパターン、IgGが上昇するが、IgMは上昇しないパターンおよびIgGがIgMに先行して上昇するパターンを交差免疫有りのパターン、IgMとIgGが同時に上昇するパターンおよびどちらも上昇しないパターンを交差免疫不明のパターンに分類して、52症例について解析したところ、約75%が交差免疫ありのパターンを示しました。海外の研究でも、IgGは他のウィルス感染症と比べて比較的早期に出現することが示されていますが、IgMと同時期あるいはIgMにやや遅れて上昇するという報告がほとんどなので、日本人には、今回のウィルスに対して交差免疫がある可能性があります。
東アジア諸国は、欧米に比べて今回のウィルスによる犠牲者が極端に少ないと言われています。遺伝情報から東アジアの人々は今回のウィルスに対して耐性があるとの研究がいくつかありますが、東アジアでも、特に、ベトナム、ラオス、カンボジアのインドシナ三国、タイ、台湾、中国の犠牲者の少なさが目立っています。これらの国々に次いで韓国、ミャンマー、日本となります。
今回のウィルスの起源が中国の雲南省近辺にあり、その元となるウィルスが、この地域特有の風土病を引き起こしていた可能性もあります。
風土病の例としては黄熱病が挙げられます。アフリカの黄熱病常在地域の原住民は、子供の頃から黄熱病ウィルスの近縁種のアルボ・ウィルス科に属する弱毒性のウィルスのいくつかに感染しながら育っているので、黄熱病ウィルスに感染しても、交差免疫によって十分太刀打ちできるようになっています。
米国カリフォルニア州La Jolla Institute for Immunologyのシェーン・クロッティ教授は、今回のウィルスと非常に似かよった、中国南西部を発生源とするウィルスによる「風邪」のような症状を呈する病気をこれまで東アジア、特に南部では経験していて、東アジアの人々には今回のウィルスと非常に似かよったウィルスに対する免疫を持つ T 細胞が出来ている可能性が高く、今回のウィルスに対して免疫が完全には働かなくても、ある程度感染は防げるし、また重症化もしにくいだろうと、考えています。
ただ、あくまでも交差免疫なので、ウィルスが大きく変異していった場合は効かなくなってくるようで、インドで発生したデルタ株によって、これまで感染者が少なかったインドシナ三国、タイ、台湾で2021年4月以降、感染者が急増しています。