2019水瓶座の季節に思うこと(それは山羊座の最後の度数を越え、獅子座の満月&月食をさらに超えてやって来た。そしておそらくは「予告編」)
水瓶座の季節に突入してからというもの、すでに『2月』の気分になっていて、「あれ?」と思うことが多くなっている。……なんだろう、この感じ。今年がはじまって、まだ『1月』すら終わっていないなんて………相変わらず、実感?体感?がズレている&ますますズレてきているな…………と、まぁしかし、こんなのは今にはじまったことじゃない、か。
もう何年も“明けた”感じを味わっていない。もっと深い意味で言ったら、40年生きてきて、“明けた”と感じたことなんてあっただろうか? そもそも、それを求めもしない人生だった。自ら選んで、姿を消そうと努めていた時期もあった。……うん、違う。今は、今日は、そんなことを綴るつもりはないのだ。
とにかくね、「明けたいね」ってだけの話。
いい加減、そろそろもう、いいんじゃないの?って。こっちのフェーズに突入してからというもの、少しずつ少しずつ移行(成長・進化)してきたつもりだけど、まじで長すぎる! 明けなさ過ぎる!!!
「夜明け前の闇が、もっとも暗くて深いのです」
何度も聞いたわ、目にしたわ。「明けない夜はない」ってやつもね。
だけど全然、相変わらず(びっくりするくらい→しらけるくらいに)。
このペースだと本当に、命がいくつあっても間に合わないから!って思うわけ。現実、遅すぎ。物質世界、重すぎ。ほんとに全然動かねぇ~~~!!ってさ。
さて。こんな話も相変わらず。もうずっとしてる。この先を、未来を、希望を、語りたいのに。生きたいのに。……けどまぁ、おかげざまで準備は万端、整ってきている。たぶん私は、自分が「いい感じ」になってから飛び出したかったに違いない。ここから先をパワー全開でやり遂げるために。ちょっとしたこと(?)に無意識&無自覚的に足を引っぱられて、せっかくの機会を台無しにしたりなんかしないように。ぶっちぎりの『愛』を、世界に放出していくために。そして受け取って、さらに循環、ますます循環させていくために。
だから、飛び出す前、今のうちに、こうしていろいろいろいろ……もはやわくわくする時間なんてとっくに通り越して、うんざりするくらい待ちくたびれてはいるけれど、それでも、ここでの「全部」に必要な学びが詰まっていると信じて、夢みて、想い続けて――――……
……
……
……
ふぅ……。
わかってる。
これはサービス。ここに書いてることは全部、私からのとびっきりの「サービス」なのです。
そこに気づいて、わぁ!ラッキー☆” なんてステキなの♪ と「♡」をくれる人があまりに少なくて、ひっくり返りそうになるけれど(そんな中、奇跡的に私を見つけたあなたはなんてセンスがいいのでしょう!)、しかたないのかなんなのか、正直いつもわからなくなるけど、自分にとっての真実に従って、それを探り続けることをサボらない&ズルしないと決めているから、もうこの「生き方」を全うするだけなんだけど――。
“MOTTAINAI”ね、この今の夜明け前の私を見つけられないnoteさんも、世界も、誰も彼もさ。
そう思える限り、たぶん人は輝ける。死なない。自分で自分を殺さずに済む。
あぁ~今日も、思いっきりサービスしちゃったな!
(ほんと好きなだけ持って返ってよね☺︎/*)
あなたに届いたら、私にも還ってくる。見えなくても、世界はそういうエネルギーの循環で、仕組みで、生きている。
というわけで、ここからは自分のためのメモ。
っていうか最初からそのつもりだったのに、書きはじめると私は奉仕してしまう。宇宙に?内なる神に??、させられてしまうのだな。
■2019/01/20 16:48
太陽は山羊座の最後の度数を越えようとしている。
「自分の中の“真実”は見えてきたかい?」
ここまで来ると、道は結局“一本道”で、ただ再び歩き出す「覚悟」が整うのを、心静かに待っている感じで…。
うん。悪くはない。でもまだもう少し、時間が必要。
超えたい気持ちがある限り、続くのだろうな。
↓
■2019/01/20 17:18
自分が今、何を覚悟しようとしているのかは、その“気づき”が訪れた瞬間にわかった。浮きつ沈みつしていた「本心」が、丸見えになった瞬間――あぁ、そうか。結局そこか…。すっかり捨てた気になってたのに、まだ捨てたくないのか…。そこにこそ、自分の秘めたる欲望があるのか――と、ストンと落ちた。
↓
■2019/01/20 17:35
そうして向かうは、水瓶座の季節&獅子座の満月(月食)。 どんなに「同じこと」の繰り返しのように思えても、『私』が更新されていく限り、本当は何も「同じ」なんかじゃなくて…。だから私はいつだってまた始められるし、終わらせられる。そういう「自由」の中を生きてるんだってことを、思い出す。
もうすぐ自分が何を決意しようとしているのか、どっちの方角に向かおうとしているのかは、もうすでにわかってる。たぶん私は選ぶだろう。進むだろう。
その「覚悟」がしっとり美味しいフルーツケーキ(ドライフルーツやらナッツやらがたっぷりの、芳醇なブランデーが浸み込んだ)のように仕上がったら、またここに来ます。