不可解参(狂)レポ~そして花譜は大人になった~
「雛鳥」も「忘れてしまえ」も「そして花になる」も「quiz」も「花女」も「彷徨い」もなかった。花譜は思春期特有の自己中心的なストーリーテラーを脱し、花譜は大人になった。それが私が受け取ったメッセージだ。
まず、今回のセットリストを見てみよう。
ポップナンバーを
M1.「魔女」
「魔女」はKOTODAMA TRIBEのテーマソングである。KOTODAMA TRIBEはVWPの原点となったプロジェクトで「観測者」の文言が最初に示されたプロジェクトだ。
後に春猿火もヰ世界情緒もこのプロジェクトのオーディションから選ばれたことが言及されている。
その楽曲を最初にもってきた。
花譜の原点である「雛鳥」でも、最初の曲である「糸」ではなく、VWPの楽曲からスタートした。
また、次曲からM6. 命に嫌われているまでの4曲はタイアップ曲が続く。
後の語りで花譜は次のように言っている。
「今回の不可解の『狂』って言葉は、狂う、MADみたいに捉えることもできるし、もう少し優しい言葉に置き換えると、『あなたに夢中』みたいな言葉にもできると思っていて。(中略)プロデューサーさんと今回のライブについて話し合って、とにかく元気になれる、ちょっと馬鹿馬鹿しいぐらいの楽しいお祭りにしようという話になりました。だから今日のライブも、今までの『不可解』とはちょっとムードが違っていると思うのですが、枠組みに捉われすぎないのがまた『不可解』なのかなと思います」
従来の不可解は花譜の心情や生き方を語る場として機能してきた。
最初の不可解の5曲は以下の通りだ。
・糸
・忘れてしまえ
・雛鳥
・心臓と絡繰
・エリカ
どれも花譜の思想・生き方・物語を示す楽曲たちである。
このような背景を比べると、花譜の最初の発言の意味がより理解しやすい。
最初にVWPの原点の曲を歌い、大衆的な認知のあるタイアップ曲を歌う。
花譜は自己中心的な思春期のストーリーテラーではなく、商業作家としてみんなが楽しめる曲で会場を盛り上げる。それが今回の不可解だった。
そして、カンザキイオリの代表曲「命に嫌われている」へと続く。
花譜は今まで「命に嫌われている(Prayer Ver.)」を歌い続けてきた。
通常の命に嫌われているのカバーは不可解CFで配布された音源データのみであって、会場で披露されたことはない。
これまでの流れを踏まえれば分かるだろう。
不可解(狂)では、みんなで盛り上がる楽曲の集大成として、誰もが知っている「命に嫌われている」が選ばれた。
MAD TIME
次の「私論理」から「KAF DISCOTHEQUE」までディスコ風のアレンジの楽曲が続く。
そして、これから先の楽曲は花譜×カンザキイオリのみの楽曲ではない点にも注目したい。
「私論理」は作詞・作曲はカンザキイオリであるものの、編曲は安宅秀紀さんが手掛けている。
また、「戸惑いテレパシー」には多くのリミックスが収録されたシングルが出ている。
「糸」はそれ自身がピアノポップであることに加え、リミックス・アルバムに大沼パセリリミックスが収録されている。
組曲も含め、花譜は多くのクリエイターによって成り立っていることを示すパートだった。花譜を起点として始まった楽曲たちがライブを彩る。
そして、唐突に始まったのが「KAF DISCOTHEQUE」。
「フォニィ」や「シル・ヴ・プレジデント」など花譜が存在するカルチャーをリミックスしたDJタイムが始まる。
可不、VWP、ボカロ、Vtuber――花譜には多くのコンテンツをもとにして成立している。カルチャーを率いている存在の花譜を示した瞬間だった。
この前半パートは、不可解(狂)の楽しみ方、武道館という場所の楽しみ方を観測者に伝える部分であることと同時に、花譜が作り出してきたクリエイターとの共演を示したのだった。
そして、前半のパートは最近の花譜を象徴している。
花譜はライブ直前に「Forbes JAPAN 30 UNDER 30 JAPAN 2022」に選出された。
彼女のリード紹介文は「“2つ目の体”で自分のために歌う」。
花譜は花譜だけで構成されているわけではない。
それは最初から花譜が伝えてきたメッセージであったし、今の彼女を構成する大きな要素だ。
バーチャルだからこそ多くのクリエイティブの集合体が生まれる。
花譜はその中心にいるということをライブ伝えているわけだ。
SHINSEKAIパート
続いて、SINSEKAI STUDIOからORESAMAの2人を呼びSINSEKAIスタジオとの共演が始まる。そして、新曲「CAN-VERSE」を披露。
聞いただけでORESAMAらしいと思わせるディスコポップで、そのORESAMAらしさについ笑ってしまたほどだ。
今秋から充電期間に入るORESAMAだが、THINKRに長く所属しているグループの一つでもある。花譜に新しい楽曲を託し、世代のバトンを繋いでいく。会社としてここで世代交代が起こったということを示している。
そして、バーチャルサーカス団・VALISとともに、コラボ楽曲「神聖革命バーチャルリアリティー」を歌った。
不可解ではダンスパートを挟むことが恒例になっている。
最初の不可解では、新曲で「未確認少女進行形」のダンスが披露され、多くの観測者はその可愛さに胸を打たれた。
今回登場したVALISはSHINSEKAI STADIOから発足し、バーチャルとリアルの姿を行き来するアイドルグループだ。
SHINSEKAIパートを通じて、花譜は多くの後輩をフックする存在になったことを象徴していた。
VWPパート
そしてアニメーションパートを挟み、VWP5人が集結する。
それぞれ5人のデュエット曲が続く。
最後に共鳴を歌い、会場のファンを大いに盛り上がらせる。
武道館ライブでは特に後ろからの撮影ショットが印象的だった。
Vtuberのライブではスクリーンを使う以上、背後からのショットが非常に撮りにくい。しかし、武道館というステージは円形のため、後ろからのショットが非常に綺麗に撮れる構図となっている。
それは、多くのアーティストが武道館で行ってきた営みであり、その光景は武道館に立ったというシンボルだ。
5人で武道館に立った、そんな素晴らしい光景が見られることはファンにとって至高の景色だっただろう。
不可解とは
いよいよライブも佳境となり、花譜は新しい姿「軍鶏」へと変化する。頭に添えられたティアラは武道館へ立った花譜へのプレゼントなのだろうかと想いをはせる。
ステージに一人降り立った花譜は人気曲「過去を喰らう」の系譜曲を続けて披露。
過去を喰らうは花譜が中学校を卒業した直後に発表された楽曲であり、花譜の成長と決別が大きなテーマになっている。
そして、新曲「人を気取る」が発表。
時期を考えると高校を卒業した花譜に贈られた一曲と言えるだろう。
また、歌詞を考えてみると、「過去を喰らう」で大人になることに恐怖を覚えた彼女は「海に化ける」で現実を知り、「人を気取る」でついに、大人らしい諦めを覚えた。
それが大人になるってことなんだと。
前半のタイアップパートがその歌詞に説得力をもたせる。
彼女はTHINKRの稼ぎ頭であり、多くの社会的存在が彼女に関わっている。
少女の自己中心的な叫びだけでは生きていけないことを彼女はもう知っている。
花譜の成長譚がこのシリーズには込められていると感じた。
次に披露されたのはライブタイトルにも添えられている不可解の系譜の楽曲たちだ。
不可解では撮影パートが存在していた。
なぜ不可解で撮影パートという演出があったのか。
少し考察してみよう。
不可解は花譜のポエトリー楽曲だ。
それが意味するのは花譜の心情を最も届けるべき楽曲であるということだ。そもそも私たちはライブに花譜の曲を――花譜の歌声と想いを受け取りに来ている。
一方で私たちは不可解が歌われている最中に花譜を見ていただろうか。
そのとき、私たちはカメラに気を取られ、花譜の声や姿をちゃんと見ていたのか。 不可解の写真撮影パートはそんな社会への問いかけの演出だったと思う。なぜなら、そのあとの新曲「狂感覚」の伏線となっているからだ。
そして、多くの人が撮影をしてしまったという現実を花譜に突きつけた上で続く系譜曲の「未観測」を歌う
「未観測」は未熟者の歌だ。
不可解という花譜自身の訴えをもってしても、撮影を招いた自分の未熟さ、嘆きを歌った曲だ。
歌詞の中で「我らは不合格」と自分で言い切っている。そうやって己の未熟さを受け入れ、最後を飾る新曲「狂感覚」へ続く。
狂感覚では大人になることの嘆きを歌っている。これも「人を気取る」と同様の諦めの歌だ。
不可解で写真パートが設けられ、みんな撮影してしまったという現実がこの歌詞を生きさせる。
生きていくために、みんなで彼女を撮影してSNSのシェアを促す。
金やビジネスが必要だから。
そんなメタ的な演出だったように感じる。
my dear
最後に花譜作詞・作曲の「my dear」が披露される。
武道館のスクリーンにシンガー・ソングライター花譜という文字列が見え、花譜自身の言葉で綴られた観測者への「感謝の言葉」が優しい声で歌われる。
自己中心的な青春の歌を歌っていた花譜は大人になった。叫ぶことしか出来なかった少女は社会を受け入れ、人に感謝を伝えられるようになった。
ライブ全体の演出としても、大人になったということを伝えている。
まず、武道館という大きな舞台で社会全体と関わる花譜の構図を示し、「人を気取る」で大人らしい諦めを覚え、「狂感覚」でお金とビジネスの重要性を受け入れた。そして、「my dear」でファンへ感謝を伝える。
自己中心的な青春の叫びを訴えていた少女はそこにはいなかった。
だから、「雛鳥」も「忘れてしまえ」も「そして花になる」も「Quiz」も「花女」も「彷徨い」もなかった。彼女自身について語った楽曲ではなく、彼女と社会のつながりの楽曲を不可解狂ではもってきた。
不可解というシリーズを終えるにあたって、彼女の成長譚を語るにあたって、これ以上の演出はあるだろうか。
「成長した。大人になった」
それこそがライブを通じて私が受け取ったメッセージだった。
エンドロールの最後に明かされたライブの正式タイトル「不可解参CRAZY FOR YOU」。みんな狂っていてそれで良い。大人を受け入れた彼女から観測者へのメッセージだった。
続く不可解(想)はどのような演出で魅せてくれるか――不可解シリーズの最後を見届けたい。
参考・写真