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ほのかな明かりの灯る窓から 1.

 これは小さな物語。

 駅から大通りの繁華街を抜けて。
 小さな路地に昭和時代からの雑居ビルが立ち並ぶ界隈。
 さらにそこから外れて大きめの川沿いの公園や緑地にさしかかる辺りに、夜通し明かりが灯って営業している狭い通りがある。
 コンビニだの、二十四時間営業の飲食店だのが出来る、もうずっと前からそこでは真夜中でも窓から明かりが零れていた。
 どこからか客が訪れているようで、とうに店じまいしてシャッターが下りている周辺の通りからみると、不思議な位人通りが絶えないのに、酔っ払いの奇声や若者たちが流す地響きするような重低音の音楽などとは無縁だった。
 深夜に営業している銀行があり、夜にそこへ訪ねて来る人々と、その行き帰りに立ち寄る喫茶店、食堂、お惣菜店、菓子屋、はんこ屋、文具店、などなど、普通は夜間に営業しないような個人経営の小さな店が軒を連ねていた。
 逆に昼間、そこを通りかかると、24時間営業らしい食堂以外はどの店も閉まっていて、すっかり寂れたシャッター通りといった趣きだった。
 職住一緒の店なのかどうかもわからない。
 全て二階以上の建物ばかり、中には屋上もある5階建てビルもあったのだが、どの店も店舗部分から外れて通りに面している側には、小さな窓がいくつか開いているだけで、中の様子は全くうかがえない。
 店の前には、商品を運搬するためのワゴン車や軽トラ、自転車すらも停められていない。
 生活感というものは店の入り口脇に並んでいる植物の鉢植え位しかなかった。
 誰かが手入れしているところを見たことがないのに、葉も茎も鮮やかに生き生きと生い茂り、見事な花を咲かせている鉢も多かった。
 このどこか現実離れした光景は、晃が初めてこの場所に来た時から、まるで変化していないようだ。

 もう十数年前。
 冬休みがあけたばかりの一月の金曜日。
 小学校4年生だった晃は、一人で川沿いの公園にでかけた。
 友達と公民館で遊ぶ約束をしていたのだが、一人が風邪をひいて学校を早退し、もう一人の友達は今日いとこ達が遊びに来るから行けなくなった、と昼休みに言ってきた。
 残ったのは晃とは違うクラスの、あんまり親しくない子だったから遊びの約束はとりやめになってしまった。
 
 朝からお母さんとケンカをして、帰宅しても口をきいてもらえなかった晃は、つまらなくてランドセルを部屋におくとそのまま外へ出た。

 お母さんは、晃が「ただいまー」といつものように玄関で言った時には、玄関に飾っている花の花瓶の水を取り替えに来たところで、きっちり目が合ったにも関わらず、ぷいと無言のまま台所の方へ行ってしまった。
 ただいま、の言葉がぽつんと宙に浮いた。
 晃はどうしようもなく悔しくなって、階段をドカドカ大きな音を立てて上がるとランドセルを乱暴に部屋に投げこみ、またドカドカ階段を下りてそのまま家を出て行った。
 自分でも顔が赤くなっているのがわかる位、頬と喉のあたりが熱くなった。

 お母さんはいつもああだ。
 わたしが気に入らないことを言うと、わたしがまるでいないみたいに振る舞う。
 機嫌よくわたしの話を聞いてくれることは殆ど無い。
 大体わたしを叱るか、お父さんの愚痴を聞かせて来るか、友達やいとこを褒めるか。
 でも、わたしにも言いたい事はあるのに。
 お母さんが言うようにしても、ダメ出しばっかりで。
 どうせお母さんはわたしがお母さんの理想のこどもになったとしても、きっとそれでも文句を言って叱りつけるんだろう。

 晃はもう、母親から自分が素直に褒められないことには慣れ切っていた。
 けれども、些細な事から母の怒りに火が付き、関係ない事までもくどくどと叱られ続けて、おまえは本当にダメな子だと言われるのはつらく、露骨に無視されるのは怒りと共に胸が痛くて苦しくて仕方なくなる。
 
 とにかく家には居たくなかった。
 友達と遊べば気分も紛れるのに。
 今日はほんとについてない。
 ショッピングモールのゲームコーナーとか学校近くの公園に行けば誰か別の友達がいるだろう。
 でも、誰にも会いたくなくなってしまった。
 さまざまな不満と怒りとがごちゃまぜになって、晃は川を見に行きたくなった。そして普段通らない道を通りたくなった。

 深夜営業する一角に、晃や晃の友達は近づいたことがない。
 そもそもそんな場所があることすら知らないでいた。
 川沿い近くには飲み屋街や風俗店の一画があり、その周囲は子どもが行ってはいけないと指導されていた。
 遠足などで川沿いの公園へ行く時は、もっと北の方角、駅から二車線の県道の歩道を通って、自転車と歩行者用の広い坂道を通って行くのだ。
 今日はいつものその道を通らずに、大人が禁止する場所を通って行ってやる、と心に決めた。
 靴を履いて、バン!と乱暴にドアを閉めた。
 勿論、お母さんから何も声はかからない。晃はそのまま家を出て行った。

 いったん駅に向かってから,県道沿いに歩いていく。
 しばらくして小さなお稲荷さんの祠があって、その脇の道を入ると大人向けのゲームセンターやパチンコ屋が立ち並んでいる通りに出て、しばらくいくと飲み屋街に抜けるはずだ。
 まだスマホが登場してない頃で、ガラケーも小学生には不必要とされていた時代だった。
 道を調べるには地図しかなかったが、学校から配られるわたしたちのまちの教科書についている市内の地図には、繁華街の路地なんて載っていない。
 大通りは何度も歩いているものの、そこから内側の繁華街には、親や祖父母、年上の親戚などに連れられて飲食店に入った事が数回ある位だった。
 あと、なぜか詳しい友達と連れ立って彼女の親戚だという定食屋さんに行ったことがあったっけ。あれ、なんで行くことになったんだろう。まるで覚えてないなぁ。
 そんなことを考えながら、晃は適当に目星をつけて、脇道に入っていった。
 そこからパチンコ屋の前に出たのだが、たまたま知り合いのおじさんの姿を見つけてしまった。
 おじさんはいつも通学路で交通安全の立ち番をしてくれている人だった。 小学生たちと顔見知りで、いつもは優しく挨拶してくれるのだが、厳しい時もある。ふざけて道路に傘を投げた低学年の男子たちが、びっくりするような大声で怒鳴られていた事があった。
 こんなところを一人で歩いているのを見つかっては叱られる!
 思わずおじさんから逃げるように、ビルとビルの谷間の脇道に入り込む。
 その脇道を進んでいくと、隣のビルがかなり古めかしい建物に変わった。さらに板塀で道の先がふさがれていて、それ以上先に進めなくなっていた。その代わりに古いビルの扉が開け放たれていて、数段階段を上って確かめてみると、中を通り抜けられそうだった。
 薄暗い感じのする、タイル張りの廊下を通り、緑の木立がのぞく明るい出口の方へ行ってみると、そこはどこかの通りではなくて、ごくごく小さな庭になっていた。
 
 予想に反した光景に驚いて立ち止まると、その庭に背の低いおじいさんがしゃがんでいた。草をむしっていたようだったが、すぐに晃に気づき、こちらを見て、「あれ、見ない子だね、どうしたの?」と言葉をかけられた。
 知らない人に話しかけられ、晃はえええっと、あの、と口ごもり下を向いて「すみません」と謝った。
 おじいさんは立ち上がって、笑って言った。
 「なに謝ってるんだ、構わないよ、このビルはみんなが通り道にしてるし。だけど君みたいな子どもは珍しいね。迷子かな?」
 咎められるかと、ドギマギしていたので「迷子」という便利な言葉にとりすがった。
 「はい、川沿いの公園に行こうと思って」
 「なるほどね。県道沿いに行けばわかりやすいが、こっちまで入り込むと道が細いし入り組んでいるからね、公園に遊びに行くの?」
 「あ、そうです。道を間違えてしまって」
 嘘をついている訳ではないけれど、後ろめたくて声が震えてしまう。
 「ここねぇ、建物もややこしいからねぇ、途中までついていってあげるよ、口で教えてもいいけど、君はこのあたりに来るの初めてでしょう?」
 「はい」
 「じゃあ地図描いてもわかんないだろうね、まあ今日はあっちに行こうかなって思っていたし、案内してあげよう」
 愛想のいい小柄なおじいさんは、晃と同じ位の身長しかなかった。
 ふわふわした薄い白髪が丸い頭を覆っていて、やさしそうに笑っていたので、少し安心した晃は知らない人についていってはいけない、という学校の教えを破ることにした。
 「ちょっと待ってね、家内に言って来るから」
 おじいさんはそういうと、古いビルの階段をゆっくり上っていった。
 


 

 


 


 

  
 

 


 
 



 

 
 


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