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溺死 

溺れる。
溺れる。
何に溺れる。
私は優しさに溺れた。

私。安堂要には2つ年上の彼氏がいた。
品行方正、清廉潔白。
文武両道で才色兼備。
非の付け所が無い完璧超人とは正しく彼だった。
同じサークル内でも人気が高くほとんどの女子が彼を狙っていた。
イケメンで中身まで良いとなれば狙わない女はいない。
そして私もその一人だった。
私が大学に入って一年目の春に彼に声をかけられた。
優しくて落ち着きのある低い声だった。
「迷ってる?どこか行くなら案内するよ」
最初こそ警戒したけれど、次第に緊張はほぐれていった。
「ありがとうございます。おかげで迷わず来れました」
「そう。なら良かった。じゃあね」
そう言って爽やかに去っていく後ろ姿に惚れてしまった。
そこから私は彼と同じサークルに参加し。
仲を深めていった。
サークル内の女子には良く写っていなかっただろう。
たまに冷たい刺すような視線を感じていた。
それでも良かった。
そんなことが気にならないくらい一緒に居た時間に没頭することが出来た。
サークル内の空気が悪くなりそうな時は彼が率先して彼女たちの間を取り持ってくれた。
波風を立てないように。
自然に二人だけの時間を作ってくれた。
「大丈夫?」
彼はそう優しく覗き込んで私を慰める。
この時はガッツポーズを心の中でしていた。
長期休暇は必ず二人で旅行に出かけた。
京都、大阪、東北、北海道、九州。
遊園地、美術館にも。
来年の夏は沖縄に行こうと約束して。
幸せと言う言葉じゃ足りないくらいに幸せだった。
大学4年目、大手企業に就職をした彼はみるみる社内での評価を上げていった。
当然だと思ったしとても誇らしかった。
出世街道を歩いている将来を約束された人。
早くお金を貯めて、結婚しようと言ってくれた。
子供は何人欲しいか言い合った。
「僕は二人。男の子と女の子」
「私も!男の子と女の子。名前はどう?」
「せーので、言おっか」
「うん!」
「「せーの」」
私たちは趣味も思考も似ていたしおかげで大した喧嘩もなく円満な関係を築いていた。
幸せの絶頂期。
ここが私の最盛期。


そしてここからが。

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