僕の「電カル」奮闘記 その4

厚労省、経産省、業界団体への意見書

RXの不具合によって起きた、医療ミス一歩手前の出来事に肝を冷やした僕は、これをそのまま見過ごすことは、医療者としての良心に反することだと思うようになりました。

医薬品や医療機器などの使用によって健康被害が発生したとき、医師には、その副作用や不具合の内容を厚生労働大臣に報告することが義務づけられています(「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」第68条の10、第2項)。

現状では、電子カルテは、この医薬品や医療機器の不具合報告の対象にはなっていません。でも、医療の現場で使われているコンピューターであり、不具合によって患者さんの健康に影響を及ぼす可能性もあります。

そこで、こうしたトラブルについて、相談できるところはないのか、厚生労働省に電話で問い合わせてみることにしました。

代表電話にかけて、「電子カルテの担当部署へ」とお願いすると、医政局にまわされました。ところが、厚労省には電子カルテを管理している部署がないというのです。正直、驚きました。

電話口に出た職員は、「経済産業省の管轄では?」というのですが、厚生労働省は2005年に、「標準的電子カルテ推進委員会」で「安全でバグの少ない情報システム開発が医療の安全性確保に重要となってくる」と報告しています。そのことを指摘すると、電子カルテの担当ではないものの、とりあえず医政局の「医療安全推進室」に相談したらどうかということになりました。

経済産業省にも問い合わせたところ、「医療福祉機器産業室」というところに回されました。しかし担当者からは「製造品に関してのことやリコールであれば経済産業省であるけど、基本的には規制官庁である厚労省の方がよさそう」とのこと。

これまで何度も書いてきたように、電子カルテは患者さんの診療をするうえでも、診療報酬の請求にも、深く関係するものです。ところが、現状では、医療機器としてきちんと監督している官庁はなく、野放し状態で販売されているのです。

万事休す。でも、医療ミスにつながりかねない電子カルテのトラブルを、そのままにしておくわけにもいきません。そこで、とりあえず関係のありそうな厚生労働省と経済産業省、そして、保健医療福祉情報システム工業会、医療情報システム開発センター、日本医療情報学会という3つの団体に向けて、意見書を送ることにしたのです。

以下が、その時に送った意見書です。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇

2011年6月8日
厚生労働省 医政局総務課医療安全推進室 室長 ●●●●様
経済産業省 医療・福祉機器産業室    室長 ●●●●様
保健医療福祉情報システム工業会     会長 ●●●●様
医療情報システム開発センター     理事長 ●●●●様
日本医療情報学会            会長 ●●●●様

医療機器としての電子カルテへの行政と業界団体の対応について

 無床診療所を開設している医師です。
 電子カルテのトラブルについて医療機器として相談する適切な場がないため、今回ご報告させていただきます。以下に今回のトラブルを例としてあげさせていただきます。

 診療所用の電子カルテの分類として、「連動型」と「一体型」の2つに分けることがあります。医師が記載する診療情報を扱うカルテ部分と、医療事務が診療報酬等を計算するのに用いるレセプトコンピュータ(レセコン)とが、連動して動くのか、それぞれが一体化されているかによる違いです。

 紙カルテの頃からレセコンを使用していた医療機関では、既存のレセコンに電子カルテ機能を追加して、レセコンに情報を送信する「連動型」の電子カルテが使い勝手がよいようです。一方で新規開業など一から電子カルテを導入する医療機関では、レセプトの内容とカルテの内容が異なることがない「一体型」の電子カルテが好まれるようです。
「一体型」では一人の患者に対して作成されるデータは一つの為、医療事故を防ぐ点でも利点があると思われます。

 このような中でいくつかの電子カルテを検討しました。「一体型」と「連動型」が選べるある大手の電子カルテのデモでは、「一体型」と言いつつも実際のデータベース構造は「連動型」であるものもありました。
 そうした経緯もふまえ慎重に検討し、「一体型」を謳う富士通の電子カルテ「HOPE/EGMAIN-RX」を選択しました。導入をお手伝いいただくベンダーの方に、先の大手の電子カルテの虚偽の広告の点などもお話しし、真の「一体型」電子カルテがほしいことを説明して導入を決めました。

 ところが、導入してみると時々会計や処方せん発行時にミスが起こることに気づきました。電子カルテに記載した内容とは異なる処方箋(別紙2)が発行されるのです。
 別紙1は会計処理の画面です。右側の医師が記載した電子カルテの内容と、左側の会計欄では、処方した内容が異なります。このようなエラーを構造的に防ぐ為「一体型」を選択したはずでしたが、一般的な認識では「連動型」で起こる挙動を示したのです。

 このほかにも多数のバグがありました。事故を起こしかねないものもありました。診療で用いられる「医療機器」がこの完成度でいいのか?と疑問に思いつつも、バグはどのメーカーでもあることでしょうし、いつか対応してくれると考えて不具合の報告を続けています。しかし、「一体型」か「連動型」かについては根本的に仕様が異なります。

 実際に現場でサポートを行うベンダーも、メーカーから「一体型」と説明されており、私が指摘するまで、この重大な構造の違いに気付いていませんでした。
 ベンダーを通してメーカーに問い合わせし、1度の面談と2度の書面(今回は添付しておりませんが、必要あれば提出します)を頂いておりますが、「一体型」と「連動型」についての虚偽の広告について明快な回答を頂けておりません。
 不誠実な対応であるだけでなく、患者に実害が及ぶ可能性がある製品仕様を説明せずにいることは残念でなりません。

 今回この件で行政等に相談してみましたが、行政も業界団体も電子カルテについて医療機器として管理したり相談したりできる適切な場がないように思いました。

 業界団体には電子カルテについての仕様の表現や広告について自主的にルールを作り、加盟各社に誠実に対応するようお願いしていただきたいと思います。またトラブルを相談ができる場を設けて、業界全体の向上に役立てていただきたいと思います。重大なバグのある製品については届け出を義務づけたり団体として指導を行ったり、万が一悪質な場合には断固とした処置をとり、自浄作用があるところをみせるべきでしょう。

 行政においての対応をみますと、厚生労働省は平成17年に「標準的電子カルテ推進委員会 最終報告書」を発表しており医療安全確保の視点から電子カルテシステムについて報告しております。また平成22年12月27日には医政局から「診療システム(電子カルテ)不具合による薬剤誤投与について」といった、「注意喚起」がなされております。
 しかし厚生労働省や経済産業省には、「報告」や「注意喚起」にとどまらず、医療安全に係わる機器に関しての情報収集は積極的にしていただき、健全な市場が形成されるよう業界でのルール作りを促していただいたいと思います。
 放置すればこれを原因として大きな医療事故が起こるでしょう。
 コストが高くなるだけの規制には賛成しかねますが、今回、メーカーの不誠実な対応を経験して、零細クリニックにはなすすべもないことに気付き、あえて申し上げさせていただきます。

                       とよす内科クリニック
                             金澤信彦


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この意見書を、宛先にある5つの団体に送ったほか、厚生労働省と経済産業省の大臣、副大臣、政務官あわせて10人にも郵送しました。そしてこれと同じ内容のものを、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、日本経済新聞の社会部にもメールしました。

意見書に書いた通り、2010年に12月27日に厚生労働省の医政局から「診療システム(電子カルテ)不具合による薬剤誤投与について」(注意喚起)という事務連絡が出され、「導入時に入念な検証を行うとともに、定期的に内部監査を実施する等、当該機器が正常に動作するよう適切な管理を行うこと」「誤作動を認めた場合は、速やかにシステム管理業者に連絡を行うこと」を、都道府県などの衛生主管部を通じて医療機関に対して注意喚起しています。

でも、医療機関は電子カルテのユーザーです。本来なら、電子カルテを作る側のメーカーに対して、不具合をなくすように促すのが筋だと思うのですが、なぜか、厚労省はユーザーに注意を求めています。

ユーザーがどんなに注意をしても、大元のソフトに問題があれば、ミスは起こってしまいます。電子カルテによるトラブルをなくすためには、バグの多いソフトを発売しているメーカーに対して、届け出を義務付けたり、ときには罰則を与えたりして、厳しい対応をとる必要があるように思います。

医療機関への注意喚起だけでは、電子カルテのトラブルをなくすことはできません。相談窓口の設置、重大なバグのある製品についての届け出義務、業界団体による指導など、メーカー側の努力を促す仕組み作りが必要です。

僕のように、電子カルテのトラブルで悩む人をなくしたい。そして電子カルテによる医療事故を防ぎたい、そう思ったからこそ、書いたのがこの意見書でした。電子カルテの不具合をなくすことで、ひいては医療の質の向上、効率アップにつながることを願い、僕なりに、誠心誠意、言葉を選んで書いた意見書でした。

でも、残念ながら、厚労省、経産省、そして医療情報システム開発センターからは、なんの返事もありませんでした。意見書を読んでくれたのかどうかもわかりません。新聞社からも、まったくの無視です。

保健医療福祉情報システム工業会からは、返信はきたものの、ご意見は「真摯に受けとめ、今後の工業会活動を進めていく上での参考にさせていただきたい」というもので、解決策は何も示されていませんでした。

唯一、真摯な対応をしてくれたのが日本医療情報学会で、理事長の私見としながらも、「一体型」「連動型」の定義についての考えを述べてくれていました。また、以前から、JAHIS(保健医療福祉情報システム工業会)に対して、苦情受付窓口をもつことを勧めてきたことを明らかにし、「今回の件に際しても、改めて、JAHISさんに、ベンダーニュートラルな苦情窓口設置をお勧めしました」とのこと。

他の団体が、僕の意見書を無視するなか、ひとつだけでも反応をもらえたことで、少しだけ救われた気持ちになりました。
とはいえ、これでRXの不具合問題が解決するわけではありません。日々の診療のなかで、僕やクリニックのスタッフは、この電カルを使い続けていかなければならないのです。

頼みの綱だった行政や団体に対応してもらえないと分かった僕は、個人の力で、少しでも電子カルテの問題点を解決していくために、システム・ベンダーを通じて、メーカーである富士通との話し合いをすることにしたのです。

それが、約5年間続いた「定例会」です。


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