僕の 「電カル」奮闘記
~ プロローグ ~
突然ですが、「電カル」「レセコン」ってなんのことか分かりますか?
何か珍しい野菜の名前? それとも、何かの機械?
正解は、電カルは「電子カルテ」、レセコンは「レセプトコンピューター」の略語のです。病院や診療所で働く医療者や事務職員、医療機器作りに携わる業者まわりで使われている言葉です。
電子カルテは、従来、医師が手書きしていた診療録(紙カルテ)を、コンピューターを使って電子的に記録して、保存するシステムです。
患者さんからしてみれば、「カルテなんて、医者が診察中に何かチョコチョコと書き込んでいるもの」くらいのイメージしかないかもしれません。
でも、カルテは、僕たち医師が患者さんを診療するうえで、とても大切にしているものです。法律でも定められている医師の業務のひとつでもあり、健康保険組合に医療費を請求するときの根拠にもなっています。
医師法第24条では、診療した患者について、遅滞なく診療録(カルテ)を作成し、5年間の保存を義務づけています。また、記載事項は、医師法と、それに付随する療養担当規則によって、患者さんの住所・氏名・年齢、病名や主要症状、治療方法(薬の処方や処置)、診療した年月日などと決まっています。
でも、僕たち医師は、もっとたくさんの患者さんの情報をカルテに記録しています。過去の受診歴や検査結果、アレルギーの有無、喫煙や飲酒などの嗜好、ご家族の病歴など、記録する項目は多岐に渡ります。病歴は究極の個人情報でもあるので、医療機関では慎重な取り扱いをしつつ、診療するたびにその内容をカルテに記載することで、患者さんの状態を時系列で把握し、今後の治療方針を決める道しるべにしているのです。
つまり、カルテは患者さんを治療していくうえで、なくてはならない非常に重要なものなのです。そして、日々、たくさん訪れる患者さんをできるだけお待たせしないように、効率よく診察していくためには、電カルの性能が大きく影響してきます。
もうひとつ、病院や診療所の運営に欠かせないのが、医療費を請求するためのレセプトコンピューター(レセコン)です。
国民皆保険制度をとっている日本では、誰もがなんらかの健康保険に加入しています。この制度のおかげで、患者さんは自分が使った医療費の一部を支払うだけで、必要な医療を受けることができます。
患者さんが、病院や診療所の窓口で支払う自己負担割合は、年齢や所得に応じて1~3割。では、残りの9~7割はどうしているかというと、病院や診療所が、直接、患者さんが加入している健康保険に請求して、支払ってもらっているのです。
でも、健康保険は、会社員の人が加入する健保組合から、自営業者の人が加入する国民健康保険、75歳以上の人が加入する後期高齢者医療制度まで、全国に数千もの組織があります。その中から、患者さんが加入している健康保険を探し出して、ひとつひとつ請求するのは気の遠くなるような作業です。
そこで、実際には、「社会保険診療報酬支払基金」「国民健康保険団体連合会」という審査支払機関を通じて、9~7割の医療費を一括請求しています。この医療費の請求に必要になるのがレセプト(診療報酬明細書)です。
レセプトは、患者さんに行った診療内容に基づいて、健康保険組合に医療費を請求するための明細書で、病院や診療所は、毎月1回、このレセプトを審査支払機関に送って健康保険に請求します。以前は、医療事務職員が手計算していましたが、今はほとんどの医療機関がコンピューターでレセプトを管理しています。
従来からある「連動型」の電カルは、医師が記録したカルテの内容をもとにレセコンに反映して会計に生かすというもので、会計時に事務職員がレセコンに書き込んだり、変更したりした内容を、電カルに反映することはできません。でも、事務職員がレセコンで変更した内容も電カルに反映できれば、診療室(電カル)と受付会計(レセコン)での情報共有が密になり、事務効率が格段によくなります。
そのため、僕はクリニックを開業したとき、院内のコンピューターは、電カルの内容がレセコンに反映されるだけの「連動型」ではなくて、電カルとレセコンで相互に情報操作ができる「一体型」にこだわって探すことにしました。
そこで、白羽の矢を立てたのが、富士通の「HOPE/EGMAIN-RX(以下、RX)」です。当時のプレスリリースには、こんなことが書かれていました。
《本製品は、受付から診療、会計、レセプト(診療報酬明細書)作成まで、無床診療所(注1)の業務に必要な医療事務機能と電子カルテ機能を一体化したシステムで、診療情報やレセプトを電子化することで、医師と事務スタッフ間での迅速なデータ共有を可能にし、診療所業務を効率化します》
このニュースリリースで描かれているRXは、まさに僕が求めていた電カルでした。そこで、富士通の電カルの納入を行っているベンダーに問い合わせ、RXの導入を決めたのです。
でも、結果から言うと、「RX」は「一体型」ではなかったのです。
あれほど、鮮やかに「一体型」と銘打って売り出されていたにもかかわらず、レセコンに加えたデータを電カルに反映することはできず、従来からある「連動型」と何ら変わりません。さらに、ソフトの技術の未熟さが次々と露呈し、診療にも支障が出るようになりました。また、富士通のメーカーとしての対応に、憤りを覚える場面に何度となく遭遇しました。
東京・豊洲にクリニックを開業したのが、2011年4月11日。地域の方々に育てていただき、この地で7年間、診療を続けることができました。一方で、頭の片隅には常に電カルのことがありました。「一体型」とは名ばかりで、実態は「連動型」だった「RX」について、納得できない気持ちを抱えながら過ごした期間でもあったのです。
そして、最終的に、僕は弁護士事務所を通じて、富士通に「一体型」ではなかった理由、これまでの対応について、正式に問いただすことにしたのです。
「たかが電カル。そんなに騒ぐことじゃないだろう」
「直接、診療には関係ないことじゃないか」
そう思う人もいるでしょう。でも、電カルの不具合によって、医療ミス一歩手前の出来事や患者さんへの過剰請求もあったとしたら……。それを何もなかったことにして黙っているのは、医療者として不誠実なことだと僕は考えます。
先日、富士通から僕の代理人を通じて、回答書が送られてきました。
そこで、これを一応の決着として、7年間の僕の電カルとの格闘を記録に残しておきたいと思っています。
構成/早川幸子(フリーライター)
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