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月面ラジオ {64 : ランデブー }

あらすじ:木土往還宇宙船の完成式典に(無断で)参加した月美は、ひとり船に取り残された。

{ 第1章, 前回: 第63章 }


ユエが木土往還宇宙船を乗っ取っているなど頑なに信じなかった青野さんも(自分の娘が宇宙船を強奪中だと言われて、すぐに納得する親がいたら逆にびっくりだ)、航行しているはずの軌道から船が消えているのを見て、考えを改めなければならないと気づいたようだ。

芽衣たちは、青野さんのプライベート執務船に乗りこんで、木土往還宇宙船を追いかけていた。船はまだ見えるところにあったけど、いま芽衣たちのいる航路から遥か彼方だった。

「ここからは手動運転だな……」
 執務船の窓から木土往還宇宙船を呆然と見やって青野さんが言った。
「僕が運転する。」

青野さんはコクピットに着席するとシートベルトを閉めた。

ここぞとばかりに芽衣とファビニャンもコクピットへと乗りこんだ。ふたりとも計器だらけの部屋には目がなかったし、それは共通の趣味でもあった。

「せまいな……」
 青野さんは言った。
「ここにいてもかまわないけど、スイッチは絶対にさわらないでくれよ。」

「わかってます。」
 素人扱いされて、芽衣は内心憤慨していた。

「君たちに言ったんじゃない。」
 青野さんはふりかえって言った。
「ドローレス! あなたに言ったんだ。」

「おっとっと。」
 副操縦席のうしろから手を伸ばしていたホークショット教授が、あわてて手を引っ込めた。

「それと、執務室で暴れている連中におとなしくするよう言ってくれ。」

執務室では、アルジャーノンとハッパリアスが無重力レスリングをしていたし、マニーがレフェリーを買って出ていた。

「あいつらは、やっぱり置いてきたほうがよかったな……」
 ぶつくさ言いながらも、青野さんはコクピットのキーボードを叩きはじめた。

「よかった……追いつけそうだ。今から加速すれば、一時間後にランデブーできる。」

「乗りこむつもりですか?」
 芽衣はたずねた。

「ユエを説得できるのが最善だ。」
 青野さんは答えた。
「でも、それが失敗したときは、船をムリヤリにでも止めなくちゃならない。誰かが中にいなくちゃならないんだ。」

「でも、どうやって? このプライベート船をポート・デッキにつけるのですか? ユエがデッキの扉を開放してくれるとは思えません。」

「僕がひとりで乗りこむよ。船外活動用のハッチからなら入れるだろう。」

「そ、外に出るつもりですか?」
 正気とは思えなかった。
「やっぱり軌道保安隊に連絡したほうが……」

「そんな時間はないよ。ぐずぐずしていたら追いつけなくなる。僕たちだけでなんとかしなくちゃ。」

「月美も船に残ったままなんです。」
 なおも芽衣は食いついた。

「それなんだけど……」
 青野さんは、軌道計算をする手を止めてふりかえった。
「本当に月美があの船に乗っているのか? おかしいな。招待客の名簿はぜんぶ目を通したはずなのに……」

青野さんはホークショット教授を横目で見たけど、教授はそっぽ向いて聞こえないふりをしていた。

「とにかく、月美も僕が連れ戻す。それで万事解決だろ?」

青野さんは、シートベルトをはずしてから席を立った。

「軌道設定は終わった。僕は、気密室で宇宙服に着替えておくよ。」

「まってください。」
 芽衣は言った。
「移動中の船に飛び移るだなんてムチャです。」

「あぁ、宇宙の藻屑になるね。」
 ホークショット教授もうなずいた。

「引く気はない。」
 と、青野さん。
「それよりも僕の代わりに船を操縦する人が必要だ。芽衣、君にまかせてもいいかな?」

「わたしが?」
 芽衣は声を上げた。
「私、三等操縦士の免許しか持っていませんよ。仮想空間での訓練は受けていますが、実機の経験だってありません。」

「三等の免許でも、乗客のいない小型船であれば操縦できる。そうだろ?」

「あたしらは、宅配便の荷物扱いか?」
 ホークショット教授が言った。

「どうする、芽衣?」
 青野さんは、教授を無視して言った。
「君次第だ。」

「本当にいいんですか?」

「君は、いったいなんのために宇宙船の免許を取ったんだ?」

少なくともこの時のためではなかったけど、是非もなかった。芽衣はうなずいた。まさか本当に宇宙船を運転できる日がやってくるだなんて。宇宙船が運転できるなら、目の前にいる男が宇宙の彼方に飛んでいってもかまわないとさえ思えた。

「俺が副船長をやるよ。」
 ファビニャンが芽衣の肩に手を置いた。

「ファビニャン……」

「芽衣、今から君が船長だ。」
 青野さんは言った。
「目標にある程度近づいたら相対速度をゼロで維持してくれ。だが、あまり近づきすぎるな。センサーに引っかかると、ユエに気づかれてしまう。それと、エネルギーや酸素の残量も常に自分で把握しておくんだ。想定外のことなんていくらでも起こるからね。」

芽衣とファビニャンは、それぞれ運転席についた。ふたりとも大学のブレザーを着ているせいか、我ながら様になっていた。

青野さんはコクピットを出て、船後方の気密室へと向かった。そのとき、アルジャーノンが青野さんの前に立ちはだかった。

「僕も行くよ。」

「お前は残るんだ。」
 青野さんは、アルジャーノンの横を通り過ぎた。

「彦丸、いま何時かわかる?」
 すれ違いざまにアルジャーノンは言った。

「宇宙標準時で夜の十二時ちょうどだ。それがどうした……あっ……!」

「僕の十八歳の誕生日だ。僕はもう子どもじゃない。」

パンッと何かが爽快に弾ける音がした。ふりかえると、ハッパリアスがシャンパンを開ける音だとわかった。船の完成式典でふるまわれたものと同じやつで、黄金の泡がふわふわと浮かんでいた。

「おめでとう、アル!」
 マニーとハッパリアスが同時に叫んだ。

「おい、そのボトル、いったいどこから持ってきたんだ?」
 青野さんは驚いて言った。

「この船に積んであったやつだよ。」
 マニーが言った。
「わかってるくせに。」

「へそくりってのは上手に隠さないとな。」
 ハッパリアスが言った。

「彦丸! 僕はもう大人なんだ。」
 アルジャーノンは続けた。
「一等船外活動員の資格を持っているし、すでに三百時間以上の宇宙遊泳実績がある。単独遊泳だって許可されている。」

「だめだ。こいつは、軌道保安隊だってためらうほどの危険な遊泳なんだぞ?」

「僕には、軌道保安隊の署長経験もある。」

「あれは、創設十五周年の一日署長とかいうイベントじゃ……」

「船外活動に関しては名実ともに僕のほうが上だよ。彦丸は僕の管理下にいなくちゃならないってことだ。ユエのところには僕も行く。僕の指示に従えないなら、彦丸はここでお留守番だ。」

「断る。船長は僕だ。」
 青野さんは言った。

「船長は芽衣だ。」
 アルジャーノンは言った。

青野さんがこちらを見た。

「この席は誰にもゆずらない!」
 芽衣は叫んだ。

青野さんはしばらく固まったまま船内を見渡していた。誰かに助け船を出してほしそうだけど、それも期待できなかった。いちばん近くにいる二人組はただの酔っぱらいで、シャンパン玉をいくつ食べられるか競争をしている最中だった。一方で、コクピットにいる私とファビニャンは、生涯この手を離すものかと決意したかのように固くハンドルを握っている。残るはホークショット教授だけだった。

「月美は船内をさまよっているんだ。」
 ホークショット教授が言った。
「二手にわかれて行ったほうが、救助の確率はあがるだろう?」

青野さんはついに観念した。

「アル、おまえは一滴も飲んじゃいないよな?」
 マニーとハッパリアスを見やりながら青野さんはたずねた。

「まさか。三分前まで未成年だったんだ。」
 アルジャーノンは答えた。

「わかったよ、いっしょに行こう。」

「そうこなくっちゃ!」

ふたりは気密室へと入っていった。


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