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{ 28: 火葬(3) }

{ 第1話 , 前回: 第27話 }

金色のイヤリングを左耳につけた見知らぬ男が目の前にいた。イヤリング男は、火葬かそう屋のローブを首根っこからつかむと、なんとそのまま投げ飛ばした。

「これはこれは火葬かそう屋どの。ねむっている間にずいぶんお世話になったようで。これは、ほんのお礼だ……よっ!」

火葬かそう屋をかべたたきつけたあと、イヤリング男はその腹をとばした。火葬かそう屋は、声なき悲鳴をあげてうずくまった。敵がもんどりを打って立てなくなったのを確認すると、男がこちらをふりむいた。

若い男だった。かみは短く、声は低く、力は強かった。体はせていて、上下とも黒い服なものだから、いっそうと細く見えた。服だけなじゃない。これは何よりも重要なことなのだけど、男のひとみは黒色だった。そう、赤色ではなく、黒色なのだ。

「あ、あなたは……?」

いったいどこから現れたんだ、と思う間もなく、春樹はハッとなった。冷静になってあたりを見ると、フタがこわれて空っぽになった棺桶かんおけが転がっていた。

イヤリング男は、呆然ぼうぜんとしている春樹を一瞥いちべつしたのち、足元に落ちていた金槌かなづちを拾った。それから、地面にうずくまったままの火葬かそう屋をふたたび見下ろした。

「な、なにをする気だ?」
 春樹は言った。

「こいつが君にやろうとしたことだよ」
 男は答えた。
「頭をかち割ってから、火葬かそうむんだ」

「ひぃ! お助け!」

火葬かそう屋は声をあげたが、イヤリング男は耳を貸さなかった。地面にうずくまっている小男をりつけると、足の裏で相手の体をさえつけて、金槌かなづちり下ろそうとした。

「待って!」

金槌かなづちが、イヤリング男の頭上でピタリと止まった。声を上げたのは、火葬かそう屋でなく春樹だった。イヤリング男は、おどろいてふり向いた。

「待って……」
 春樹はフラフラの足でなんとか立ち上がって言った。
「そいつを殺しちゃいけない」

イヤリング男は、しばらく呆然ぼうぜんとこちらを見た。その足元では、火葬かそう屋がヒィヒィうなっていた。

「なぜだ?」
 男は言った。

「ち、血を見たくないんだ」

あまったれたことを……」
 男は金槌かなづちを持つ手を再びふりあげた。
「見たくないものがあるなら永久に目を閉じていろ」

「ダメだ!」
 春樹は再三声をあげた。
 おかげで頭がクラクラして、またたおれそうになったほどだ。

今度こそ火葬かそう屋の頭に鉄がめりむところを想像したけど、結局はそうならなかった。金槌かなづちは、その小男を打ちつける直前でとまっていた。敵を容赦ようしゃなくはたきのめすイアリング男も、命をうばうとなると、やはりためらってしまうのだろう……

「こいつの仲間が来たらやっかいだ……」
 男は言った。
「もしも戦士どもに見つかれば、おれたち人間に抵抗ていこうするすべはない。こいつは、ここで始末するべきだ」

「戦士? 動物面のヤツらのことか?」
 春樹は言った。
「あいつらなら、半日はここに来ない。こいつらの話を聞いていたんだ。まちがいないよ」

「えぇ、えぇ、そのとおりで……」

火葬かそう屋が、イヤリング男の足元ですすり泣いていた。春樹は、たおれた台座によりかかってその声を聞いていた。その声はどこか遠くの物音のように聞こえ、むしろ頭の中ではまったく別の音がひびいていた。グワングワンと……後頭部に手をやれば、二つのたんこぶ双子ふたごのようにできていた。

「このあわれなボロめは、あなた様がげるのをジャマいたしません。いたしませんとも……決してお仲間も呼びません。ですからどうか……慈悲じひを……」

だまっていろ」
 男が金槌かなづちをふり上げて言った。
「そのくさい口をくぎで打ち付けてやってもいいんだぞ?」

慈悲じひのカケラも見当たらない男の言葉に、火葬かそう屋は今度こそ観念したようで、頭をかかえてそれきり動かなくなった。

「止めてもムダだぞ?」
 イヤリング男がまた春樹を見て言った。
 ただ、春樹に対してというよりも、自分自身に言い聞かせているようでもあった。
「こいつは、おれたちを殺そうとしたんだ」

春樹だって、そんなヤツの命乞いのちごいをしている自分が信じられなかった。でも、あまり根拠こんきょのない考えなのだけど、この男の命を助けることこそが、生き残るための最善策のような気がするのだ。

すには、そいつの協力が必要だ」

春樹のひと言に、再び金槌かなづちをふりおろそうとしていた手がとまった。イヤリング男は、春樹と火葬かそう屋を見比べながらたずねた。

「どういうことだ?」

「ぼ、ぼくたちの処刑しょけいを……偽装ぎそうさせるんだ……」

いまにもたおれそうなほど体に変調をきたしていることはわかっていた。でもそうなる前に、この男に伝えなくては……生き残るための最善策を……双子ふたごこぶさわると、頭から背中にかけてピリッと痛みが走るので、春樹はそれを気付け薬の代りにして話を続けた。

火葬かそうには、処刑しょけいされた人たちの骨と灰が残っている。それを動物面の連中に見せて、ぼくたちの処刑しょけいが終わったとこいつに報告させるんだ。そうすれば、連中、ぼくたちが死んだと思って、追ってこなくなるだろう。燃やしてしまえば、元の形なんてわかるわけない……」

イヤリング男はしばらく考えこんでいたが、やがて首をふった。ほとんど贅肉ぜいにくのないそのほおは、血の気が引いているのか、かなり青ざめて見えた。あるいは、それはこの陰湿いんしつな部屋を照らす青白い蛍光けいこう灯のせいなのか……

「ダメだな……やはりこいつは、おれたちがげたと報告するだろう」

「この男は、ぼくたちを売らない……ぼくげたとわかれば、こいつは仲間に処刑しょけいされるから……」
 春樹は言った。
「だから……この人を助けてやってください」

「な、なにを言っているんだ、君は……」
 イヤリング男は、信じられないものを見る顔つきで春樹を見た。

「このあわれなボロめに救いの手を差しばしてくれるので……?」
 火葬かそう屋が顔を上げて春樹を見た。
 その赤い目になみだがボロボロと流れていた。
「あ、あ、ありがとう、ぼうや!」

だまっていろ!」

イヤリング男が、火葬かそう屋をみつける足を強めた。頭をかちわる前に、肋骨ろっこつをへし折っておいたほうがやりやすいだろう、といった具合に。

火葬かそう屋はうめいた。それでも、これが最後の希望とばかりに続けた。

「えぇ、えぇ、そのとおりで……このぼうやのおっしゃる通りで……ケモノの戦士様より課せられた使命は、このぼうやを灰になるまではらうこと。それも最優先で。しかし、この通り、もはやそれもかなわぬ願いに……そうとなれば、このあわれなボロめの運命はただひとつ……戦士様に首根っこから引きちぎられるのを、おびえながら待つのみ。もしその悲劇からのがれたければ、賢明けんめいなるぼうやのおっしゃる通り、我が任務を全うしたと偽装ぎそうしなければなりませぬ。えぇ、えぇ、きっとやりげてみせます。このウソは、死ぬまでバラさぬと、あわれなボロめはちかいます。ですからどうぞお二方、無事に生き残ってくださいまし。どうぞ、賢明けんめいなご判断を! お願いします! お願いします……」

自身をボロ呼ばわりする小男は、その赤い目に大粒おおつぶなみだしたたらせ、必死の命乞いのちごいを続けた。イヤリング男がやがて足をどけるその時まで、春樹は、大人がはじも外聞もかなぐり捨てて泣く声を聞かなければならなかった。

気がつけば、春樹はゆかにひざをついていた。体は暑く、大量のあせをかいていた。このままたおれてしまいそうだし、そうなってしまいたいと体は望んでいた。あと三十秒も経てば、意識を失ってしまうだろう。

どさりと音がした。春樹のたおれた音じゃなかった。いったい何が起きたんだと、意識が現実世界にほんの少しもどされた。

おどろくべきことに、そのときたおれたのは春樹ではなく、イヤリング男だった。春樹より先に、イヤリング男が気絶してしまったのだ。わけがわからなかった。

いったい何がそんなにおかしいのか、火葬かそう屋はクスクスと笑っていた。上半身だけ体を起こし、地面にぺたりと座ったまま言った。

「やれやれ。やっと薬が効いてきなすった」

それから春樹をちらりと見て、ニヤリとしながら黄色と灰色の混じった歯を見せつけた。

「ご心配めされるな、ぼうや。ちょっとした睡眠薬すいみんやくをこの御方おかたに処方したまでのこと……死んだわけじゃない」

「いつ……?」
 かすかではあるが、春樹のくちびるはまだ動いていた。

「この御方おかた棺桶かんおけに入れる前に」
 火葬かそう屋は、立ち上がり答えた。
「手前ども、これから火葬かそうする人間のために二種類の睡眠薬すいみんやくを処方するのです。一つは即効そっこう性の薬。もう一つは、遅効ちこう性の薬。一種類だけですと、火葬かそうの最中に目覚める者もいまして……」

だめだ、たおれるな、いま意識を失ったら今度こそ死ぬんだぞと自分に言い聞かせたけど、春樹の意識にはどんどんと白いモヤが混じっていった。

「目覚めた時の恐怖きょうふは、想像するだにおぞましい……これから体に火がつくというのに、はない……ですから、せめて苦しまずにけるよう二種類目を予め処方しておくのです。たとえ目覚めても、また夢の世界にもどれるよう……それが、手前どもの情けでございます」

あいかわらず、どこか遠くで聞こえるような声だった。視界がグルグルと回った。春樹の体もその場でどさりとくずちた。

「はてさて、不思議ですな……」
 火葬かそう屋は言った。
「実のところ、ぼうやには、薬の類はいっさい打っていないのです。それにもかかわらず、意識がいまにもこの世とおさらばしそうだ」

火葬かそう屋がゆっくりとこちらに近づいてきた。やめろ、こっちに来るな! その赤い目でぼくを見ないでくれ……そう言いたかったけど、もう口も動かなかった。

「それも無理からぬことか……」
 火葬かそう屋の男は、首をふった。
 それからあわれみをこもった目で春樹を見下ろした。
棺桶かんおけに入れる前、ぼうやの体を改めさせていただきました。手前どもは、お医者のような高承な存在ではございませぬが、それでも仕事がら、生き物の体を多く拝見してまいりました。だからこそ、ぼうやが、つらい目にってきたことがわかってしまうのです……そのご健勝そうな外見とは裏腹に、かくされた傷のなんと多いことか……いいえ、目に見える切り傷のことではございませぬ。える傷など物の数ではないのです。自慢じまんしたいわけではございませぬが、ただの傷なら手前どものほうがはるかに多いかと……ぼうやの傷は、体でなく、それをとおし、心をえぐった時にできたモノ……のろいの傷……とでも申しましょうか? えぇ、えぇ、さぞつらかったことでございましょう。どうぞ、ゆっくりお休みくださいまし」

火葬かそう屋は、ボロ布のようなローブのフードをかぶりなおしてから、春樹の目の前でしゃがんだ。ススだらけの黒い顔には、像の皮膚ひふのような干からびたシワがあり、かたそうだった。よく見れば鼻先や耳たぶなど欠けていた。顔のパーツが所々えぐれていて、ひどい損傷をまぬかれているのは両の目くらいのものだった。何かが発酵はっこうしたかのようなすえたにおいもするが、それはこの男のあせによるものだろう。

火葬かそう屋の赤い目が、春樹の顔をのぞいた。それがトドメとばかりに、春樹は意識を失った。男の最後のひと言はよく聞き取ることができなかったけど、あとあと思い返してみれば、こんなふうに言っていたと思う。

「せめて今日ばかりは、悪夢を見ませぬように……新たな……とうの主よ……」


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