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{ 7: カンパニー・タワー(3) }
ブーブーブー!
やっと順番がめぐってきて、金属探知機つきのゲートくぐった途端に警報が鳴った。春樹はその場で立ち尽くした。
すでに荷物検査を終えていた秋人たちがふり向いた。秋人はいたって平静だったけど、その目は「いったい何してるんだ、このヤロウ」と言っていた。
「僕じゃない」
春樹は、首をブンブンとふった。
事実、警報が鳴ったのは荷物検査の方だった。治安隊の隊員は、手荷物の透過検査装置から春樹のリュックサックをひっぱりだすと、春樹にひと言もことわらずに中身を開けた。
隊員は、ビル設備点検教科の訓練用ツナギとノート数冊を引っぱり出してから、いちばん奥にあったプラスチックの箱をとりだした。しまった、あれか、と春樹は思った。箱の蓋をあけて中身を確かめると、その隊員は声をあげた。
「バン隊長! ちょっと来てください」
左側の社員用のゲートのそばで行列を監視していた男が、名前を呼ばれてこちらにやって来た。これ以上、まずいことにならなければいいのだけど……
「大丈夫か?」
秋人が声をかけてきた。
「たぶん……」
春樹は、ドキドキしながら隊長と呼ばれた男が来るのを待った。
バン隊長は、この中では一番年上の隊員だったが、それでも三十歳手前といったところか。ツヤのある黒髪をていねいに整えていて、「若いのにしっかりしているやつだ」と僕のおじいちゃんが褒めそうな感じの人だった。
荷物検査をしていた隊員は、箱の中身を手にとって隊長に見せた。柄の短いマイナスドライバーだった。
「武器……?」
「……ではないが、武器にも使えそうだな」
バン隊長は言った。
ふたりがかりで一通りカバンの中身を確かめると、他にもプラスドライバー、ニッパー、インチ・センチ両対応の金属定規と、金物製品のオンパレードだった。
「どうしてこんなものを持っている?」
隊員がニッパーを手に取ってたずねた。
「ええと……それは……」
春樹はモゴモゴしながら答えた。
「ニ、ニッパーは、抵抗の足を折り曲げるのによく使っていて……」
「だれの足を折り曲げるだって?」
隊員が目を見開いた。
「ちがう! そういうわけじゃ!」
春樹はあわてて言った。
「電子回路を作っているんだな?」
バン隊長が笑いながら言った。
春樹は目をパチクリさせた。
「は、はい、そうです。学校の授業で習っていて……」
うちの学校にそんな授業はないと、秋人は言いたげだったが、春樹は気にせず続けた。
「家でもよく回路を組みたてているんです」
「回路を組み合わせて、モーター駆動を制御するのは楽しいもんな」
バン班長は、春樹の肩に手をおいた。
「はい、よくわかります」
春樹は、汗がすっと引いていくのを感じた。どうやらおなじ趣味のようだ。
「だが……」
と、バン班長は続けた。
「工具をオフィスに持ち込むことはできない。武器になりそうなものはすべて没収する決まりなんだ」
「そんな……」
「なに、取り上げるわけじゃないさ。あとでちゃんと返すから、帰る時にまたここに来なさい」
「わかりました。ありがとうございます」
と、春樹は言った。
◇
駆け足でエレベーターホールに向かい、春樹はとっくに荷物検査の終わった四人と合流した。春樹が時間をとられたせいで、カンパニー見学の案内人を待たせているかもしれない。秋人が上階行きのボタンを叩くと、みんな急いでエレベーターに乗りこんだ。
「大丈夫だった? 怒られていたみたいだけど」
エレベーターが動き出すと、明日香がたずねてきた。
「あの人たち、僕のことをテロリストだと思ったみたいだ」
春樹は言った。
「ほら、僕ってそんな雰囲気があるだろ?」
「テロリスト? この腹で?」
秋人が春樹の腰回りをつつきながら言った。
「やめるんだ」
春樹はその手を払い除けた。
明日香は、ふたりの様子をさもおかしそうに眺めていた。
春樹はキョトンとした。女の子と話すことが普段あまりない……というより、まったくないので、どうして笑われているのかわからなかった。とはいえ、まったく心当たりがないかといえば、そういうわけでもなく、いま問題となっているのは、僕のお腹なわけで……
「どうしたの?」
春樹は、極力お腹を引っ込めながら明日香に尋ねた。
「ふたりとも、仲がいいのね」
明日香は言った。
「こんなに仲のいい兄弟、はじめてかも。ぜんぜん似ていなかったから、最初はビックリしちゃったけど」
「ぜんぜん似ていない」のひと言に春樹はグサリときた。秋人はすらりと背が高く、髪型はキマっていて、制服もこなれた感じで着崩して、ガールフレンドがいる。その秋人と似ていないというのは、つまり僕が……
「秋人、もしかしてあのことを話していないのか?」
春樹は言った。
「ああ、そういえば……」
秋人は言った。
「まだだな」
「なんのこと?」
明日香は首をかしげた。
勇太も、由比も気になってこちらにふり返っていた。
「僕たち、ほんとうの兄弟じゃないんだ」
春樹は言った。
「俺たちふたりとも父さんと母さんの養子で、うちの一家はお互いだれとも血のつながりがないんだ」
秋人は言った。
「そうなの?」
今ここでそんな話を聞くとは思ってもいなかったのだろう、三人は同時に声を上げた。
「衝撃の事実ってやつだな」
秋人は笑いながら言った。
「まぁ、血がつながっていないってだけで、兄弟であることに変わりないさ。オヤジも俺たちを実の息子以上に扱ってくれているし……」
「あ、そういえば……」
明日香は言った。
「そのお父さんのことなんだけど……大丈夫なの?」
「オヤジはいたって健康だ」
秋人は言った。
「そういうことじゃなくて……秋人のお父さんって、カンパニーで働いているんでしょ? もしすれちがったら、すぐにバレちゃうんじゃないの? ヤガン君がお兄さんだって……」
それは春樹自身も気にしてやまないことだった。気にしたところでどうにもならないので、あえて口にしていなかっただけだ。
「また、その話か……」
秋人はため息を吐いた。
「大丈夫だって。こういっちゃなんだが、うちのオヤジは企業のお偉方なんだ。そんなエラいやつが、高校生の企業見学の見学に来るわけないだろう? 俺たちがここに来ていることすら知らないよ。ほら、もうつくぞ!」
秋人にいわれて、みんな顔をあげた。ボタンの上のエレベーター・モニターが、すでに「七十三階」と映し出していた。それから「ポンッ」という小気味よい電子音とともに、「カンパニー開発部です」というアナウンスが鳴った。
扉がひらいた。秋人の予想は半分あたっていたけど、半分はずれていた。たしかに父さんは来ていなかった。でも、今回の企業見学の案内人として春樹たちを待ち受けていたのは、ユウナ博士だった。あとで知ったことだけど、ユウナ博士はこのカンパニーで一番エラい人らしい……