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月面ラジオ {68: 最終決戦(2) }

あらすじ:強奪された木土往還宇宙船で、月美は彦丸と再会した。強奪犯のユエをとめるため、ふたりで船の操舵室に乗り込もうとしている。

{ 第1章, 前回: 第67章 }


月美と彦丸は、中庭を抜けて操舵室の近くまでやってきた。エレベーターは止まっていたので、月美たちは階段と廊下を迂回して、ここまで来なければならなかった。不思議な道だった。さっき階段を昇ったというのに、別の階段を降りなければならなかった。おなじような廊下が続くせいで、何度も行ったり来たりをさせられている気分になる。気がつけば天井と床が入れ替わっているなんてこともあった。彦丸が自信満々で月美の前を泳いでいたけれど、それでも月美は迷子になったのではと疑っていた。

「迷いやすいようにわざと作っているんだ。」
 彦丸は言った。
「もしテロリストが木土往還宇宙船に乗りこんでも、船の中枢までかんたんにたどり着けないようにしている。つまり迷路というわけさ。」

迷路は、乗っ取りを決行したユエの砦になっていた。皮肉な話だと月美は思った。それでも、あっちに行ったりこっちに来たりをくり返していくうちに、やがて迷いの森は消えさり、月美の見知らぬ区画にたどりついた。

「ここが船の中枢だ。」
 彦丸は言った。

これまでとはうってかわって、質実剛健な場所だった。雨だの植物だのはなく、余計な装飾のないただの廊下だ。窓すらない。広いということもなく、狭いということもなく、材質や設計といったすべてが、宇宙船舶の規格に従っていた。

「一流ホテルだって裏側はこんなもんだ。機能優先さ。」

裏側でも表側でもどちらでもよかった。さっさとユエのところまで行って、一発かまして帰れればそれでいい。ここまでずっと無重力だったのに、月美はもうヘトヘトだった。もう五時間以上も船をさまよっていたし、一度は死にかけた。

「もうすこしで操舵室だ。」
 彦丸は、月美を元気づけるようにいった。

「結局、アルとは会わなかったな。」
 月美は言った。

「アルは、別のハッチからこの船に乗りこんだんだ。もう操舵室に着いていると思ったんだけど……」

「心配だな。やっぱり道に迷ってるんじゃ……」

「僕ならここにいるよ!」

月美と彦丸は、その場で立ち止まった。ふりかえると、アルがいた。こちらに近づいている。

「アル!」
 彦丸が手をふった。

「よくここまで来られたな。」
 月美は言った。

「船内の道はぜんぶ覚えたよ。彦丸に地図を見せてもらったからね。」

そう言いながら、アルジャーノンは月美の横をそのまま通り過ぎていった。

「ところで彦丸、相談があるんだけど……」

「どうした、アル?  ん? おい……」

マグネティック・ソールが壊れたのだろうか? アルジャーノンの体が慣性のまま動きつづけ、彦丸とぶつかってしまった。いや、ただぶつかったわけではなかった。なんと、アルが彦丸を蹴ったのだ。空宙を泳ぎながら体をひねり、両足の裏を彦丸の胸に着地させて、そのまま膝を伸ばして体を押しやった。

彦丸は、胸を押さえ、わけがわからないまま廊下の向こう側へと飛んでいった。一方、蹴った反動でアルジャーノンはこっちに戻ってきた。

「アル?」
 月美は言った。
「いったい……」

そのとき、けたたましい警報が鳴った。

「なんだ?」
 月美と彦丸が同時に言った。

ガシャンと音がなった。天井から防火壁が降りてきたのだ。防火壁は、月美たちと彦丸とを隔ててしまった。

「彦丸!」

月美は防火壁を叩いてみたけど、どうしようもなかった。これまでの扉とはちがい、人の手で開けることはできないようだ。かたく厚い壁は、そばで爆発が起きてもヘコみすらしないだろう。

「アル!」
 月美は向き直った。
「お前がやったんだな。ここを開けてくれ。」

「ムリだ。」

「いったいどういうつもりだ!」

「一緒に帰ろう月美。」

「質問に答えて!」

「僕は社長だ。社員を守る義務がある。」

「だったらなんで彦丸と引き離した?」

「ユエが彦丸とふたりで話したいってさ。月美、僕たちにできることはない。」

「ユエはいったい何をするつもりなんだ?」

「変わりないさ。エンジンをふかしてこのデカブツを飛ばす。彦丸をつれてユエは旅だつんだ。」

「どうかしてる!」

「まったくだ。」

「ふたりとも死んでしまうぞ?」

「案外なんとかなるんじゃないかな。」

「本気で言ってるのか?」

「僕たち三人はいつも本気だよ。」
 アルジャーノンは言った。
「この船は地球の循環環境を再現している。エネルギーがあるかぎり、水、空気、食料が尽きることはない。心配なのはメンテナンスだけど、まあ二十年くらいならなんとか切り抜けられるよ。うん。なんとかなる!」

なるわけないだろ!

月美は防火壁を思い切り蹴りながら怒鳴った。

「つ、月美?」
 アルジャーノンは引きつった声を出した。

「わたしはっ! あんたら三人の! 他人の都合なんてお構いなしで! わがままで! 前向きなところが! 大っ嫌いだ!」

こんなに声をはりあげたのは生まれてはじめてだった。怒鳴りながら月美はなんども防火壁を蹴とばし、おかげで体が真後ろに飛んでいった。アルジャーノンは、目を丸くして月美を受け止めた。

「つ、月美、いったいどうしたんだい?」
 乱心した月美にすっかり怯えていた。

「どうしたもなにもユエを止めなくちゃ!」
 月美はアルジャーノンと向き合って言った。

「二人はこのまま行かせるべきなんだ。僕たちは月に帰ろう。」

「帰るならあいつらも一緒だ。自分の親を蹴とばして、宇宙の果てまで追いやって、お前たちは本当に家族なのか?」

「これが僕たちの生き方なんだ。」
 アルジャーノンが言った。
「他人にとやかく言われたくない。」

「とやかく言うさ! ほんとに一生会えなくなるかもしれないのに、なんで平然としてられるんだ? 私にはまったく理解できない。」

月美はアルジャーノンの肩をつかんだ。

「それに、おまえたちを心配する私の気持ちはどうなる。くだらないおせっかいなのか? お前たちにとって、私はただの他人なのか? 私は、三人ともっと一緒にいたいと思っているのに……」

アルジャーノンの肩をつかんだまま月美は動かなかった。堰を切ったように言葉が出てきたけど、それ以上続かなかった。涙は出てこなくても、悔しくて泣きたいくらいだった。それはアルジャーノンも同じだった。ショックで何も言えないでいた。

そのとき通信が入った。

「月美、アル……」

彦丸からだった。声だけが聞こえた。

「月美の言うとおりだ。僕たちはもっと一緒にいるべきだった。こんなにも家族がバラバラだったなんて。すべて僕の責任だ。」

「聞いてくれ月美。」
 彦丸は続けた。
「ユエは僕が必ず連れて帰る。だから月美はアルジャーノンと一緒に先に帰っていてくれないか?」

「そんな……」

「月美がじゃまなわけじゃない。正直なところこの先どうなるかわからないんだ。」

「どういうこと?」

「もしユエを止められなかったら、僕は最後の手段をとるつもりだ。もしそうなったら……この船は、危険だ。」


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