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{ 34: 夕闇の都市 }

{ 第1話 , 前回: 第33話 }

春樹とロウとの共同生活が始まった。はたしてこれを「共同」と呼んでよいのかは、はなはだ疑問ではあるが……

なにしろ春樹ときたら、巣穴にもる小動物のように、ロウのベッドから出なかった。何週間もベッドでじっとしていて、ロウが食事を差し出せば、それを腹にかっこむだけの毎日だった。ベッドから降りるのは、用を足すときくらいのものだ。

食事と用を足すこと以外、春樹は何もすることがなかった。外に出ることすらままならないからだ。住民の赤い目がおそろしく、また、スイレイをはじめ動物面のテロリストたちと出くわすのもカンベンだった。すにしたって、どうやってこの巨大きょだいとうから脱出だっしゅつするのかみな目見当もつかない。

どうしようもないこの状況じょうきょう下で春樹の出した結論は極めて単純だった。どうしようもないので何もしない、だ。だから春樹はロウの部屋で食っちゃの生活をかえしていた。

だってしかたないだろう? よしんばこのとうからげられたところで、今度はカンパニーの追手におびえて暮らさなくちゃならない。暮らすにしたって、いったいどこで? もちろん我が家でといいたいところだけど、そこはカンパニーと目の鼻の先だ。

父さんならきっとぼくのことを守ってくれるだろう。でも、ぼくは自室から一歩も出ることなく、ハウスメイドの鈴子すずこさんの運んでくる食事をとるだけの生活を強いられる……いまの暮らしと全く同じじゃないか! 

何もかもがどうでもよかった。考えたところでいい考えはかばず、不安になるだけだから何も考えたくない。

ロウは、そんな春樹に憤慨ふんがいしていた。春樹をひろって助けた手前言いにくかったのだろうけど、春樹がこんな穀潰ごくつぶしだとは思ってもいなかったようだ。

ロウは仕事をしていて、日中は家をあけていた。どんな仕事をしているのか知らないけど、毎日ヘトヘトになって帰ってくる。それでも、春樹のために欠かさず食事を用意してくれた。なのに、おわん手渡てわたすたびに(すなわち、否応なく春樹にその視線を向けるたびに)、春樹はビクリとかたふるわせ、まるで見ちゃいけないモノを見たかのように目をそむけていた。これにはロウも傷ついたようだ。

「だってしかたないじゃないか……」
 春樹はブツブツと言った。
「赤いものがこわいんだから……君のその目だって……」

おれにどうしろってんだ?」
 ロウは声を上げた。
「目ん玉でもくりけってか?」

「やめてくれ!」
 春樹はさけんだ。
「そんなことしたら、血が飛び出てきちゃうじゃないか!」

おれの両眼がなくなっても自分の心配かと、ロウはあきれた様子だった。

「ほらよ。今日のメシだ!」

ロウは、台所(という名のコンロ台を置いただけの一角)からふり返ると、今日の夕食を春樹に差しだした。春樹は、皿に手をばしたところで、仰天ぎょうてんしてねた。それから部屋のすみっこまでネズミのようにげた。

ついにおそれていた事態が起きたのだ。食事にトマトが入っていた。

「卵とトマトのいためものだ」
 ロウが言った。
「食べろ」

「いやだ!」

「食べるんだ。さもなきゃ、これ以外のメシは用意しないぞ!」

「赤いものはダメだって何度も言っただろう!」

「たかだかトマトだぞ?」

「トマトを食べるくらいだったら、にした方がマシだ!」

春樹は、ベッドにもどると、毛布をかぶって顔をかくした。

「おいおい……そんなこと言っていたら、いつまでも外には出られないぞ? その『赤いもの恐怖症きょうふしょう』をいい加減なんとかしなくちゃな」

春樹はなにも言わないまま、ベッドの中で身をかかえていた。ロウは何もわかっちゃいない。なんとかなるのなら、とっくになんとかしている。秋人にだって、何度となく言ったことだ。

「はぁ、まったく……」
 そんな春樹の様子にあきれながら、ロウは春樹のとなりに座った。
「この部屋に閉じこもってばかりいたら、本当にどうにかなっちまうぞ? おれも、おまえもな」

「わかってるさ、このままじゃダメだって……」
 春樹は、毛布の中から返事をした。
「でもどうしようもないんだ。赤色を見ると体中がふるえて、いてしまう。ぼくが異常だってことは、ぼくがいちばんわかっている。昔は、トマトだって大好きだったのに……」

「いったい、どうしてそんなに赤いモノがこわいんだ?」

「それは……」

春樹は、例の悪夢のことをロウに話していなかった。話してよいのか、判断ができなかったのだ。生きたまま焼かれた夢の家族は、ロウと同じ赤い目をしていたからだ。処刑しょけいおこなった村人たちは、その目を確かにおそれていた。

なによりも、春樹はロウの部屋に来てから一度もあの悪夢を見ていない。これは、つらいことだらけのこの数ヶ月で、春樹にもたらされたただひとつの救いだった。だからこそ、いまさら夢のことをだれかに話す気にはなれない。万が一にも、話したせいでまた悪夢を見るようになったら、いったいどうするんだ? 

「それは……言えない」
 春樹は答えた。

「あぁ、そうかよ」
 ロウはため息をついた。
「それにしても、困ったぞ。正味な話、おれの生活だって苦しいんだ。春樹の食費だって、けっこうな負担だぜ?」

それを言われるとつらい。本当につらい。

ぼくになにか手伝えることがあればいいんだけど……」

「だからこの部屋から出れるようになってほしいんだ。なにしろ、おれは外で仕事をしている」

「仕事って……ロウは、いったい何をしているんだ?」

「電気工だ。知ってるか、電気工って?」

春樹は毛布から顔を出した。

「電気工事士のことか?」

「あ、あぁ……そうだ」
 ロウは、春樹が体を起こして前のめりになってきたので、ちょっぴりおどろいたようだ。

「もちろん知ってるさ」
 春樹は、ロウの目を見て答えた。


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