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小説 手紙なる一族

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記事一覧

手紙なる一族 1 (全6回)

金の無心のために街を歩いているとき、見ず知らずの男が話かけてきた。まさか私にお金を貸してくれるのか? そう期待して立ち止まったものの、もちろんそんなわけなかった。たとえ「お金をください。なんでもします。」という看板を首からぶら下げていたとしても、道ゆく中年にいきなり資金援助を持ちかける者などいない。 第一その男の身なりは、今日出会った者の中で一番ひどかった。ジャケットこそ着ているものの、ほつれと毛玉のない箇所を見つけるのが難しい古びたウールだった。シャツだって、これまで一度

手紙なる一族 2 (全6回)

あらすじ: マクレター家には、300年前から受け継がれる手紙がある。その受取り手である「私」は、マクレター家の現当主から手紙にまつわる話を聞くことに…… { 第1回 } ダレン・マクレター (六代前)ダレンがその手紙を受け取ったのは、父の伏す病床のかたわらでだった。 ダレンが寝室に入ると、父はまだ眠っていた。ホコリだらけのシーツの下から小さな顔がはみ出ていて、皿のすみっこに卵黄が乗っかっているかのようだ。ダレンは、ベッドの横に椅子を持ってきて、そこに座った。 「来たか

手紙なる一族 3 (全6回)

あらすじ: マクレター家には、300年前から受け継がれる手紙がある。その受取り手である「私」は、マクレター家の現当主から手紙にまつわる話を聞くことに…… { 第1回, 第2回 } ハリエット・マクレター(四代前)ハリエットがその手紙を受け取ったのは、まだ誰も歩いていない早朝の橋の上でだった。 マクレター家の当主にして、「鉄の女」と呼ばれるハリエットがこのような橋を歩いているところを見られたら、街の者たちはきっとこんな風にウワサするだろう。あの女は、どうして早朝にあの場所

手紙なる一族 4 (全6回)

あらすじ: マクレター家には、300年前から受け継がれる手紙がある。その受取り手である「私」は、マクレター家の現当主から手紙にまつわる話を聞くことに…… { 第1回 , 前回 : 第3回 } ◇ マリオン・マクレター(三代前) マリオンがその手紙を受け取ったのは、マクレター家の庭園でだった。 マリオンが庭園を訪れると、紫のペチュニアとラベンダーに囲まれたベンチで母は待っていた。マリオンは、その隣に座って母のハリエットを見た。見たと言っても、うつむきがちなマリオンが見

手紙なる一族 5 (全6回)

あらすじ: マクレター家には、300年前から受け継がれる手紙がある。その受取り手である「私」は、マクレター家の現当主から手紙にまつわる話を聞くことに…… { 第1回 , 前回 : 第4回 } ◇ ラセル・マクレター(先代)ラセルがその屋敷を訪れて最初に思ったことは、「ここはまるで夢の世界だ」だ。奇妙なカーブを描く革張りのソファー、自分の家にある服をすべて重ねたとしても敵わないほど分厚い絨毯、過去も未来も決して薪を絶やすことのない暖炉、その上には熊よりも大きな鏡、天井には

手紙なる一族 6 (全6回)

あらすじ: マクレター家には、300年前から受け継がれる手紙がある。その受取り手である「私」は、マクレター家の現当主から手紙にまつわる話を聞くことに…… { 第1回 , 前回 : 第5回 } ◇ 私(サンバーバリアン院・院長)私は、アベルト・マクレターが300年前に書いた手紙を受け取った。公園のベンチでのことだった。 さて、この手紙をどうしたものか? もちろん開けてみるつもりだが、よくよく考えてみれば、すぐに開けられそうにない。まずなによりも、手元に道具がなかった。封