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小説 月面ラジオ

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30代のおばさんが、宇宙飛行士になった初恋の人を追いかけて月までストーカーに行きます。
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2021年4月の記事一覧

月面ラジオ {65 : 冬のプラットフォーム }

月面ラジオ {65 : 冬のプラットフォーム }

あらすじ:月美は、木土往還宇宙船強奪事件に巻き込まれた。そして、犯人のユエが船内の空気を抜いたせいで、死にかけている。

{ 第1章, 前回: 第64章 }



どれくらい時間が経ったのだろう? 水面に落ちた羽虫のようになすすべなく宙を漂って、もうだいぶ時間が経った気がする。二、三時間はたっただろう。意識はうつろい、ぼんやりと覚醒しては、また朦朧としていくのくり返しだった。まだ死んではいない。

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月面ラジオ {66: 冬のプラットフォーム(2) }

月面ラジオ {66: 冬のプラットフォーム(2) }

あらすじ:月美は、木土往還宇宙船強奪事件に巻き込まれた。

{ 第1章, 前回: 第65章 }



ふたり並んで階段をのぼりながら、月美はユエと話したことを彦丸にも話した。

「ユエは操舵室にいるよ。」

「だろうね。」

「操舵室はどこにあるんだ?」

「中庭の近くにあるエレベーターから行ける。」

「そのエレベーターは止まっているだろう? ほかに道はないのか?」

「あるけど、その通路も中

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月面ラジオ {67: 最終決戦 }

月面ラジオ {67: 最終決戦 }

あらすじ:強奪された木土往還宇宙船で、月美は彦丸と再会した。強奪犯のユエをとめるため、ふたりで船の操舵室に乗り込もうとしている。

{ 第1章, 前回: 第66章 }



ハザードランプの赤い光が操舵室を錯綜し、警報ブザーがキれた赤ん坊のように鳴っていた。なにが起こったのかわからず、ユエはその場で固まった。

「火災警報です。」

というハルルのひと言で頭が真っ白になった。火事になるだなんて想

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月面ラジオ {68: 最終決戦(2) }

月面ラジオ {68: 最終決戦(2) }

あらすじ:強奪された木土往還宇宙船で、月美は彦丸と再会した。強奪犯のユエをとめるため、ふたりで船の操舵室に乗り込もうとしている。

{ 第1章, 前回: 第67章 }



月美と彦丸は、中庭を抜けて操舵室の近くまでやってきた。エレベーターは止まっていたので、月美たちは階段と廊下を迂回して、ここまで来なければならなかった。不思議な道だった。さっき階段を昇ったというのに、別の階段を降りなければなら

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月面ラジオ {69: 最終決戦(3) }

月面ラジオ {69: 最終決戦(3) }

あらすじ:強奪された木土往還宇宙船で、月美は彦丸と再会した。強奪犯のユエをとめるため、ふたりで船の操舵室に乗り込もうとしている。

{ 第1章, 前回: 第68章 }



彦丸が操舵室に突入すると、ユエはそこにいた。でも、そこは操舵室じゃなかった。

「これはなんだ?」
 彦丸は言った。

真っ暗な部屋にユエがひとりで漂っていた。ユエがいる、それだけだ。

「何も見えないぞ?」

うしろをふり

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月面ラジオ {70: 黒幕 }

月面ラジオ {70: 黒幕 }

{ 第1章, 前回: 第69章 }



ネルソンは、滝の淵に立った。足元で川が唸り、水が真っ逆さまに落ちていく。ナイフでえぐったような谷があり、爆撃のような飛沫をあげる滝壺が、底にあった。見渡せば、乾いた大地に草木が生い茂り、それがどこまでも続いていた。草原に果てはない。

ネルソンが本当にいる場所は、ルナスケープ社の会議室だ。滝は、仮想空間で再現しただけの映像にすぎない。でも彼はとても気に入

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月面ラジオ {71: 終わり }

月面ラジオ {71: 終わり }

{ 第1章, 前回: 第70章 }



彦丸と再会してからというもの、月美の時計の針は、加速しながら回転しているようだった。まるで誰かにいたずらされているみたいだ。でも楽しい時間ほど早く過ぎるのは、小さいころから変わらない真実だった。

あの事件以来、月で過ごした日々は、月美にとって二番目に楽しいものだった。彦丸と会える機会は少なくなったし、いっしょに望遠鏡をつくっているわけでもないけど、それ

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