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ショートショート:「劇場」
【前書き】
皆様、お疲れ様です。
カナモノです。
次は、〝私〟が出てきます。
少しの間でも、誰かに寄り添えることを願います。
【劇場】
作:カナモノユウキ
《登場人物》
・私
男は、舞台に立つ。一人でスポットライトを独占して。その表情は…一体人にはどう見えているのだろうか。
息を整えて、男はゆっくりと前を見る。そして、到底笑顔に見えない笑顔で、腕を広げて話始めた。
「さぁさぁお立合い、これこそ喜劇ともいえる悲劇!我が人生、まだ半生にも満たない反省の日々!
そんな中で起きた事件をお話しする前に、私の生焼けの半生を皆様にお届けいたしましょう。
それを語らずしてこの結末は語れない!そう!これは私という男の一つの終幕と開幕が同時に起こった出来事。
時は35年前の正午!産声を上げた男の子からだった、彼はその瞬間から地獄に生まれた。
何故なら、それは不倫相手とのねんごろの場所だったからだ。不倫相手はたまたま出会った産婦人科医の男。
そいつはラブホテルの一室で手際解く私を助産し、直ぐに母に別れを切り出した。
何故そんな腹の女を抱いといて、生まれて腹がしぼんだらハイさよならと言えるのか…。
それが私のせいなのか、私自身には分からない…。
だがそれが、私の喜劇とも言うべき地獄の幕開けだったことには間違いない。
母親は酷く冷静さを欠いてた、帰宅して直ぐに、気の毒にも私の本当の父親に八つ当たりをした。
それはもう酷い奴あたりだった、硝子の塊とも言っていい灰皿で何度も何度も頭を割っていたからだ。
しかも赤子ですら引いてしまうほどに笑顔でだ、私はそれ以上二人の関係を知らないし、知りたくも無かった。
とにかく、生まれて数時間で実の父親を失い、実質母親も失った。父親が死んで直ぐ、母親は自首をしたのだ。
そして、その後に分かったことだが、助産師の男も母親に殺されていたのだ。
愉快痛快な復讐劇は異端なるスピードで幕を開け、一日のうちに起きた出来事とは思えない流れで幕を下ろした。
そこが私の第一幕のプロローグだ!どうだ?酷い話だと思うだろ?そんな感受性豊かな君たちが羨ましい!
でもね、これは喜劇でしかないだろうと思うのだ。だってそうだろう?こんなことが、一日で起こるんだ。
喜劇と言わずして何というスピード感、実に私の半生に相応しい始まりだ。
そして第二幕は、スローペースにも施設からだった。母親は獄中に入り、私は天涯孤独の身。
赤子なのにも拘らず、意志疎通ができるようになるまで何故だか随分と掛かったらしい。
時は経過し、一定年齢になってから私は施設へ入ることになった、里親も見つからなかったからだ。
親戚も、そんなスピード感のある母親の生んだ子供だ、先行きを案じて親にはなりたがらなかったのだろう。
入った先の施設はそれが当たり前の様な顔の並ぶ場所だった。だがしかしそこは優しさも、支え合いも、慈しみも。
全てが詰まっていた箱庭で、私はそこでぬくぬくと温かく育っていったが…。
いつも寝る前にふと過る、生後一日目の記憶。
皆様は分かるまい!生まれて数時間の赤子、その開いても居ない眼が、開くほどの母親の絶叫を!
最初に目にした光景が、不倫男に縋りつく母親の姿だった。その時は分からなかった私ですら…気持ちが悪かった。
そう、気持が心底悪くなったのだ!そして蘇る、あの無機質に「何故お前がここに居る」と言う表情!
その顔写真が心の隅々に張り付いて、生後一日目の記憶が、幼児から少年期にまでも思い出されるこの苦痛!
こんな私でも、生まれてよかったと思うことを何度も経験した、なのに…この記憶が全てに疑問を偲ばせる。
〝何故、私はここにいる?〟そしていつしかそれは…いびつに変化して、〝何故、退屈なのか?〟へと変貌する。
第三幕は、高校生活からだった。生まれて初日から考えられない程、平穏無事な生活。
だが同級生から不意に問われたのだ、「貴方って施設育ちなの?」と、隠すことでもないからそりゃ答えたさ。
「そうだよ、生まれてこの方〝親〟は施設の先生だし、仲間も沢山いる。」とね。
私は施設で育っていると言っても、苦に感じたことが無いので。
その時そのクラスメイトから同情され、私は不思議と激高する程腹が立った。
聞かれたから答えただけなのに、何故〝施設=可哀そう〟なのか…私には理解できない。
その時聞いてきた女子生徒は、頭から血を流すほどの怪我を負い、私は停学となった。
理解できない、私があるいことは殴ったことだけだ、他のことは向こうが悪いだろう?理解できない…。
そう、理解できないは徐々に積み重ねられていき私は〝退屈〟という言葉に取りつかれていった。
何故そんなことで、何故彼らは、何故この物事は…ハッキリと答えが見えないものに興味が持てず。
理解できないからこそ、物事は至極退屈な瞬間の連続だった。いつしか私は孤立して、高校を中退した。
第四幕はそんな頃、施設を等々出るところからだ。十八になり、身寄りもなく路頭に投げ出される訳にもいかず。渋々紹介された建築業で働くことにした私だったが、改めて私は頭が良かったらしい。
力仕事の合間、建築士が描いた青い製図を見て、興味が湧き真似をしはじめた。図面はスッと頭に入った。
内容を理解し引くことを真似していたのを建築士の人に認められ、私は線を引くことを許された。
嬉しかった…はじめて人に認められる感覚を得た。早々に私は力仕事から一変、建築士の助手へと異動。
資格を勉強するため、工業系の定時制高校に入り直し、建築の勉強を重ね卒業を目指した。
その姿は…きっと〝普通〟なんだろうなと思ったよ。な?思っただろう?
この劇場に居る大半の人間が思ったはずだ、人並みの努力を覚えて、真っ当に勉強して目標を目指す。
…いつからそれが正しいと思っているのか些か興味があるが、そのことに気づいた時…私は三日三晩吐いた。
食べ物も、飲み物も、全てを拒絶している様だった。コレは何なんだろうな?普通恐怖症とでもいうのか?
とにかく、私は何故か全てが嫌になった。…悲劇のヒロインになりたかった訳でもない。体が、心がそう動いた。
そうとしか言いようのないことが、世の中にはある。心とい操作盤が拒絶した時、身体は異常をきたすのだと。
とにかく、私は仕事も、定時制の学校も辞め…路頭に迷った。
さぁ、最終幕だ。何故私が今この舞台に足を運んで、皆が楽しみにしている舞台の前に立っているか。
それは、他でもない…スポットライトが私を呼んだからさ。何?支離滅裂?
そりょそうだ!私は今最高の気分だからさ!だって、母親の気持ちが分かったんだから…。
路頭に迷って数年、ある女が私に声を掛けた。女は私を〝可哀そう〟とも言わない変な奴だったよ。
近場のオフィスで働く、何の変哲もない会社員。そんな女がホームレスを拾った。
しかもその理由が、〝顔が退屈そうに見えた〟からだそうだ!私は確かに退屈だった。
普通になってみたが、それが一番退屈でつまらなくて恐ろしいことだと知っていたからだ。
その普通を捨て〝退屈〟を受け入れホームレスになった私を彼女は見抜いた。
そんな相手に興味が湧き、私はその女の家に転がり込んだ。そこは、まるで施設の様だった。
女は退屈そうな私に優しく支え慈しを持って接してきた。私はそれだけは理解できた!
理解出来たんだよ!その女の気持ちの温かさは!まるで…母親の様だった。
女との生活は30を超えるまで続き、女の趣味の観劇や映画鑑賞も楽しく寄り添えることが出来た。
これが幸せかと勘違いする程に…。
そして私は、自分の生後一日目の呪いを未だに忘れてはいなかったことを…忘れてはいなかったのだ。
〝何故、私はここにいる?〟
それが、彼女を抱くたびに頭の中に過り…私を苦しめた。
〝何故、私はここにいる?〟
優しい女に拾われ、甘えたいから?
〝何故、私はここにいる?〟
〝普通〟が怖くて逃げだしたから?
〝何故、私はここにいる?〟
〝退屈〟だったから?
〝何故、私はここにいる?〟
〝可哀そう〟と思われたくないから?
〝何故、私はここにいる?〟
〝理解できない事〟をもう見たくないから?
〝何故、私はここにいる?〟
…何故だろう。
〝何故、私はここにいる?〟
…もうやめて。
〝何故、私はここにいる?〟
…それは、だって。
〝何故、私はここにいる?〟
…それは、私が…お母さんに。
〝何故、私はここにいる?〟
…捨てられた…から。
気付いたら、私はあの時に見た分厚いガラスの様な物体で、彼女の頭を割っていた。
その直前、少しの些細な口論をした。
「ゴミを捨てる捨てない」という口論、私はそれを…自分に置き換えたのだ。
頭の中で、母親の叫びが聞こえた。「捨てるな!捨てるな!捨てるなぁ!」と。
自分の声が重なった時、その光景は正に、生後一日目のあの光景だった。
愛する人が見るも無残な姿になり、私の前に横たわっていた。
あの時の父親の様に、頭がぐちゃぐちゃになり。
なに?生後一日目の記憶をそんな鮮明に覚えているハズかなない?
…分かるかい?あのときの私の気持ちが、あの時の感情の波が。君たちに分かるのか!?
…これは記憶なんかじゃない、私を作り上げた奇跡的な一日だ!
そして今日!今さっきだ!私はその日に帰ったのだ!
あの母親の叫びを体現し!行動を!言動を!再現できた!
これ程刺激的で喜劇的なことはない!
彼女が言っていた、「貴方にもきっと、自分のスポットライトがある」と。
芝居好きの女らしい発言で、理解出来なかったが今分かった!確かにそうだ!
私だけのスポットライトが今散々と輝いている!
…さぁ、どうだった?とんだ喜劇で…お前たちからすれば悲劇だったろ?
私はこれから自首をする。…母親の様にね。
君たちは精々、〝嘘っぱちの世界〟を楽しむとイイ。
私は、また〝退屈〟な世界に…。」
男はそう言って舞台袖へはけた…これが、劇団ポップコーンの舞台前に起きた。
謎の数分間の前説である。…男がその後どうなったかは、新聞を読めばわかるだろう。
【あとがき】
最後まで読んでくださった方々、
誠にありがとうございます。
ひでえ話だ。
では次の作品も楽しんで頂けることを、祈ります。
お疲れ様でした。
カナモノユウキ
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