『死悔いのソアレ』第2話【創作大賞2024 漫画原作部門】
草木溢れる山の中にある切り立った崖の下。そこに短い金髪の生気漲る肌色の少女がいた。
「はぁ……はぁ……」
木の棒を構える彼女を小猿が取り囲んでいる。
自らの腫れる足を見て、少女の瞳に絶望の色が浮かび始めたその時……。
「ソアレ!」
銀髪の優しそうな少年が木の棒を持って猿の背後から突っ込んできた。
◆
森の中を走る馬車に揺られながら、陽光のような長い金髪の女性、ソアレが目の前の子どもを見ていた。
「……」
「な、何だよ?」
中性的な見た目の短い赤髪の子ども、ソルが不思議そうに女を見る。
「いや、いつも通りだなと思って……」
女は生気のない、異常な程に白い自分の手のひらを見ながら呟く。
「お前何言ってんだ?」
「はぁ……。というかそろそろお前ってやめない?あたしにはソアレって名前があるんだけど」
「いや、それは……」
視線を逸らすソル。
「そうねぇ……ソアレさんなんてどう?」
「絶対嫌だ!」
「何で!?そこは尊敬の念を込めて呼ぶ所じゃないの!」
「尊敬はしてねぇ」
「正直過ぎる。じゃあどう思ってるのよ?」
「怪力猿」
「人ですらない!?」
「もしくは屋根吹き飛ばし女」
「確かに吹き飛ばしたけど!もっとましな呼び方あるでしょ」
「とにかく絶対さん付けでは呼ばねぇ!」
ソルがそう言ったのと同時、馬車が動きを止める。
「危ないだろ!」
「何だ?」
2人が馬車の外の様子を窺うと、小さな兄妹がそこにいた。
荒い息の兄妹を見て馬車から即座に飛び降りるソアレと、混乱しながら様子を見ているソル。
「ソル2人をお願い!」
「お、おぅ」
兄妹の元に駆け寄るソル。
立ち並ぶ木々を見ながら、腰にある2本の鞘から小振りの剣を1本右手で引き抜くソアレ。
「懐かしいわね」
そちらから鋭い爪を持った3匹の小猿が走ってくる。迷うことなくソアレに飛び掛かかる猿達。
「こっちにもいるとは……ねっ!」
彼女は右の小猿を蹴り、左と上からきた猿に向けて、拳と剣の持ち手をそれぞれぶつける。逃げ出す猿達。
「怪我したらどうする!」
「ご、ごめんなさい」
「ま、まぁまぁ。2人とも好きで飛び出した訳じゃないみたいですし」
兄妹に怒る御者を宥めるソル。そんな4人の所にソアレが戻ってくる。
「……それで、2人はどうしてこんな所にいたの?」
◇
「助けて頂いてありがとうございました。僕はムー、この子はウェアと言います。僕らは」
「……花を探してたの!」
「花を?」
「そうなんです」
「……うん!」
ソルの問いにしっかりとした雰囲気の兄と可愛らしい妹が頷く。
「花……」
静かに呟くソアレ。
「……あしたね。おじいちゃんがお空に行くの」
妹の頭を撫でながら兄が喋る。
「おじいちゃんの火葬が始まる前に、この花で棺をいっぱいにしてあげたくて……」
「……この花、おばあちゃんが好きだったの!」
手に握った白色の花を見せながら、純粋な目でそう告げるウェア。
ソルは胸元にある壊れた懐中時計を見る。
「そう……なんだ」
頷くソルと静かに話を聞いているソアレ。
「花の場所は昔おじいちゃんに教えて貰ってたんですけど、そこに……」
「……お猿さんがいたの」
兄の手を握る妹。
「元々ハート山脈にいたのが、最近こっちにも来たみたいで」
「……」
話を聞きながら、首の後ろを擦るソアレ。
「何とかこの一輪だけは摘めたんです。でもこれだけじゃ……」
妹の持つ花を見た後、目を伏せる兄。ソルはそんな兄妹の姿にソアレの様子をチラリと確認する。
「な、なぁ……」
「あたしに任せて!」
ソアレが自分の胸を叩く。
「いいんですか!?」
「勿論よ。あたしとここにいるソルが花を摘んで来てあげる!」
「私も!?」
「……お姉ちゃん、お兄ちゃんありがとう!」
笑顔で喜ぶウェアを見て、頭をかきながらソルが叫ぶ。
「あぁーー、任せろ!」
「ありがとうございます。僕が付いていくので場所を……」
「危ないから大丈夫よ」
「え?」
「回収屋の出番ね」
◇
「本当にこの一輪だけで場所が分かるのか?」
首を傾げるソル。兄妹を御者に任せ、2人は花を摘む為に山を登っていた。
「大丈夫よ。その為に……」
彼女が胸元から紐付きの青色の石を取り出す。
「この命同石を使うの。これの説明の前に」
ソアレの右手が光の粒子に包まれる。
「この世には、魔族を除いた動植物、空気や大地など全てに、命の力――命気と呼ばれるものが内包されてるの」
纏った粒子を消す彼女。
「これは意識してようとなかろうと、身体の内から外にほんの少しだけど出てる」
石に触れるソアレ。
「空気や大地は曖昧なんだけど、動植物や物体に関して、命気は個体ごとにはっきりと違うのよ」
真剣に話を聞くソル。
「で、この命同石には特殊な魔術が刻まれていて……」
ソアレの手が触れて、暫くすると石が強く輝き、彼女の胸元に向かって光の線を伸ばした。
「触れた人間や物などの命気を吸収して同調した後、それと同じ命気がある方向と、対象までの距離を光によって大まかに示してくれるのよ」
「へぇー!あれ?」
「何?」
「個体ごとに違うなら、事前に本人に同調してないと使えなくないか?」
「そう、それ!それが命気の面白い所なのよ。物体にも生まれた時点で命気はあるんだけど」
ソアレが、ソルの首に掛けられた壊れた懐中時計に石を近付ける。
「物体の命気は、長く人が使ったり身に付けている内にその人と同じ命気に変化するの。だから」
今度はソルに向かって、光の線を伸ばしながら強く輝く石。
「こうやって、探したい人が接していた物なんかを使って、その人の身体だったり、残した物を探し出すのよ」
紋様の描かれた布に石を包みながらソアレは続ける。
「目的の人や物以外に同調しないよう、取り扱いは注意しないとだけど」
「なぁ、これ私が使ってみてもいい?」
◇
紐を持って青い石を宙にぶら下げながら、光の線を辿る2人。
その線はソアレの手元にある少女から借りた花と、山の上に向けて2つ伸びている。
「おぉー凄い!」
目をキラキラと輝かせながら山を登っていくソル。
(こういう時は素直なのね)
ソルの背後をついていくソアレは足を止め、遠くに見える山を眺めた。
「……」
ソアレの指が三日月のイヤリングに触れる。彼女は静かに瞳を閉じた後、息を吐きながら再び進んでいく。
「あれ?」
いつの間にか、そこにいたソルの姿が消えていた。
◇
「痛ってて……」
ソルが立ち上がり体についた土を払う。ソルの背後には崩れた崖があった。
「急がないと」
日が傾き始めたの見てソルは呟く。
懐中時計を軽く握った後、命同石が示す方向にソルは足を引きずりながら歩いていく。だが……。
「またお前らかよ」
ソルを小猿達が取り囲んでいた。
◆
「ルナありがとう」
自分をおぶる銀髪の少年に向けお礼を言う金髪の少女。
「ソアレは何であんな無茶したの?」
身体中、傷だらけの少年が問う。
「スノウフラワーが欲しかったの」
「崖の上の?花好きだっけ?」
「お母さんにあげたくて」
「おばさんに?」
「うん。あたしルナみたいに器用じゃないから、プレゼントっぽいの作れないし」
「まぁデプラ村の中でもソアレ以上に不器用な人はいないだ……痛い痛い!」
肩をつねられ悲鳴を上げるルナ。
「あの花ならお母さん喜んでくれると思ったんだけどな……」
自分の赤く腫れた足首を見る少女。
「まぁ治ってからまた取りに行こうよ。僕も付き合うしさ」
「誕生日までに間に合うかな?」
「きっと大丈夫だよ」
笑顔で返す銀髪の少年。
◆
木の棒を杖として使い、背後から迫る小猿から逃げながら道を進んでいくソル。
次々と襲い掛かる小猿の爪がソルの肌や服を切る。
それでもソルは歩みを止めず、真っ直ぐに突き進む。だが……。
そんなソルの前に小猿が立ち塞がった。
ソルが持つ命同石は強く輝いている。
「クソッ!あと少しなのに!」
小猿に向けて、木の棒を振るうソル。だが、素早い彼らには当たらず、気付けばソルは小猿達に取り囲まれていた。
一斉にソルに向けて襲い掛かる小猿達。
幾つもの爪がソルに迫ろうとした、その時……。
ダンッ!という力強い音と共に三日月のイヤリングをした女性が空から下りてきた。
「ソアレ!」
「ソル、いやーごめんごめん。じゃ!」
ソアレの剣を持つ手が命気を纏う。
「山が呼んでるよ!」
彼女が剣を横に振るうと同時、凄まじい突風が山の中で吹き荒れる。宙を舞い、地面を転がる小猿達。
その風に導かれるように……。
「あれ!」
ソルが指差す方向に綺麗な花畑が見えた。
◇
天に向けて、炎が燃え上がる。炎に紛れ花びらが飛んだ。
ソアレとソルが葬儀の参列者の中にいた。彼女達に頭を下げる兄妹。手を振って彼らを見送った後、2人は火葬の様子を見守る。
「あたしを待たずに随分無茶したみたいじゃない」
「体が勝手に動いてたんだよ。婆ちゃんの時を考えたらさ」
「そう」
「こんな送り方もあるんだな」
ソルが手元の懐中時計を見た。
「ねぇ。あの兄妹に聞いたんだけど、何でお婆さんがあの花が好きだったか分かる?」
「見た目とか?」
「実はお爺さんがプロポーズの時に渡したのが、あの花で作った指輪だったんだって」
「へぇ……」
ソルの優しい瞳に炎が映った。
「また向こうでも成功するといいな」
◆
「誕生日なのにごめんね」
「気にしないで」
部屋の中、ベッドの上で金髪の少女が同じ金髪の女性に謝った。少女の足には包帯が巻かれている。
彼女が悲しそうに目を伏せた時だった……。
勢い良く扉を開けて、銀髪のボロボロな少年が入ってくる。
「ルナ?」
「ソアレこれ!」
彼の手には沢山の花が握られていた。
「僕も手伝うからさ。だからこれで花冠でも一緒に作らない?」
少女が満面の笑顔になる。
「ありがとうルナ!」
◆
次の村に向かう馬車に揺られながら三日月のイヤリングに触れるソアレ。
馬車の外を見ているソル。
「あれ?そういやあの時ソアレって呼……」
「おいあれっ!」
焦った様子で外の大きな時計塔を指差すソル。
その屋上には少女がいた。
ソル達の前で、彼女が時計塔から飛び下りた。