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『ヤンデレストーカー最愛の人を追って、聖女候補に転生す』第1話【創作大賞2024 漫画原作部門】

愛情深い少女、愛は優しげな雰囲気の青年レンと付き合って丁度一年のラブラブカップル。

今日も2人仲良く365回目のデートを楽しんでいた。

そう。

彼女の中では……。

突如突っ込んできたトラックから、いつも通りレンを付け回していた愛が咄嗟に彼を庇うが、2人揃って死んでしまう。

死後の世界でレンが別の世界に転生した事を知った愛は、自らも同じ世界に行けるよう神を脅して了承させる。

想いの強さがそのまま力になる世界に聖女候補として転生した彼女は、同じ世界に転生したレンを探す為……。

レンへの愛と、愛を知りたいという欲求の元、世界を暴れまわる事になる。

これは様々な愛を知り、愛と向き合う。

偏あ……純愛ストーリー。

あらすじ

千年以上の歴史があるフリーディア王国。

その首都セントリュー。

そこには聖女信仰の象徴たる、聖セントレア大聖堂がある。

大聖堂の前面は、美しい聖女を模した巨大なステンドグラスが彩っていた。

国民の誰もが知っている、国の心臓ともいえるその場所は、建造以来何者にも侵されず、壊されず、傷付けられることはなかった。

そんな大聖堂のステンドグラスが……。

――突然全て吹き飛んだ……。

聖女だったガラスが砕け散りキラキラと降り注ぐ中、大聖堂の中で女が立っている。

純白の修道服でグラマーな身を包み、黄金色の長い髪で両目を隠した彼女はニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

そんな女性の手元では、大きな炎の塊がまるで心臓のように脈打っている。どんどん膨らんでいくそれを見て彼女が呟いた……。

「これが……これこそがぁ……」

頬を紅潮させながら、うっとりとした表情で女が続ける。 

「愛!!」

「違います!」

彼女の背後にいたメイドが大声でツッコんだ。

繁華街の一角、道路を歩く通行人の中にその女性はいた。

長い黒髪で両目を隠し、大きめのショルダーバッグを持って、ニヤニヤとした笑みを浮かべる漆黒のワンピースを着た女。

「へへっ……!レ、レン君……今日は付き合って1年、そしてデート365回目だねぇ?」

彼女は隣……というか右斜め前方を見ながら誰の耳にも届かない声量でぶつぶつと呟いている。

「きょ、今日のデートも楽しいねぇ?」

女がまたそちらの方を見る。

そこには背の低い優しげな雰囲気の青年が歩いているが、2メートル程離れた位置にいる彼らが付き合っているなら、倦怠期――どころか破局1秒前だろう……。

「そ、そうだ!付き合って1年記念にプレゼントを用意したんだぁ……あっ!」

バッグから何かを取り出そうとした彼女は、メモ帳らしき物をバサバサと地面に落とす。十冊近いそれを拾い集める女。そのメモ帳にはどれも……。

『レン君メモ』

と書かれている。それらは右上にナンバーが振られているが、今彼女が拾ったメモ帳に1001と書かれていたのはきっと気のせいだろう……。

交差点の横断歩道前に差し掛かろうとした所で赤になる信号。足を止める彼女と、彼女が見ている男。

信号を待っているのは丁度2人だけだった……。

レン君と呼んでいた男性と1メートルくらいまで近付く女。

「レン君、こ、これからもずぅーっと、仲良くしようねぇ?」

彼女がそう呟いた時だった……。

突然、信号待ちをする2人の元にトラックが突っ込んでくる。

「レン君!」

彼を守る為、男の左腕を咄嗟に強く掴む女。だが……。

それは間に合わなかった……。

「いや、嘘でしょ!こんな事ある?」

暗闇の中、気品のある女性の声が響く。

「体を失ってるのに、魂だけでまだこんなに強く掴んでる。あちゃーこれじゃ転生しても腕に跡がくっきり残るわー」

驚いたような声音で喋る女性。

「そもそも、転生予定は恋君だけだったのに、まさかここまでしっかり掴んで付いてきちゃうとはなぁ」

女性が感心したように続ける。

「まぁ来ちゃったものは仕方ない。とりあえずこの娘の事は後回しにするとして……まずは恋君をあっちの世界に転生させよう!」

それきり、暫くの間声は聞こえなくなった……。

「あ、あれぇ……?ここは……」

暗闇の中、舞台のようにスポットライトが上から当てられたその場所で、先程男をストー……デートしていた女が目覚める。

「起きた?」

彼女の目の前には、豪奢なソファーに足を組んで座る、気品漂ういかにも神っぽい格好をした女性がいた。

「えー、梯愛かけはしあいさん」

咳払いをしながら女が続ける。

「私は女神です。残念ながらあなたは事故によって亡くなりました」

愛はその話に聞き入る。

「で、ここからの手続きなのですが、まずは日本の輪廻転生の制度を利用する為、こちらのパンフレットを読んで……」

女神が冊子を彼女に向けて手渡そうと腕を伸ばし……。
――ガシッ!
「はい?」
突然、腕を掴まれる女神。

「あっちの世界って何ですかぁ?」

「あっ……」

目を逸らす女。

「あっちって日本の事ですかぁ?」

「聞いてたかぁ……」

愛に聞こえないよう呟く女。

「輪廻転生すればレン君と同じ所に行けるんですかぁ?」

徐々に女神に顔を近付けていく愛。その瞳は底を知らない奈落のようだ。

「このパンフレットはレン君の道に続いてるんですかぁ?」

「全部疑問文!その上、圧が凄い!」

愛の顔は、既に女神に息がかかる距離まで近付いていた。

「えーっと、この次元には色々な世界があるの。で、あなたの言う恋君は別の世……」
「どうしたら私もそこに行けるんですかぁ?」

「食い気味!それは無理です!」

「え?」

「別世界への転生は人数が定められているの」

愛の瞳から光が消える。

「それを超えて転生させると世界への悪影響が……というか手続きが面倒で、私が残業しなくちゃいけなくなるし」

うんうんと頷く女神が続ける。

「今までブラックだった神の世界も、働き方改革でやっと定時退社が増えてきたのに、何でわざわざ残業しなくちゃぁぁーー痛い痛い!」
唐突に女神の腕を握った愛の手に強い力が入った。

「何これ?万力?人力万力?初対面で女神の腕へし折ろうとしてる人類この娘が初めてじゃない?」

メキメキと女神の腕が悲鳴を上げている。

「ねぇ?」

腕への力を緩めず、女神の顔に更に近付く愛。

「どうして私と恋君の邪魔をするのぉ?」

「いや、そのつもりは本当にないです!」

既に女神には愛の口元しか見えていない。

「ならどうして私と恋君が同じ世界に行けないのぉ?」

「いや、それはですね。私も連勤続きでたまには定時退社したくて……」

「ねぇ?」

愛の開かれた口から伸びた舌が、女神の眼球を這った。
「ひぃぃーーー!?分かりました!分かりました!あなたの為なら何連勤!いや何時間でも働かせて頂きますからぁ!」

愛から解放され、荒い息を吐きながら地面に膝をつく女神。

「が、眼球やられたよ。女神の初めて何回奪うんだよ、このイカれ女……」

ぶつぶつと呟く女神。

「じゃあ仕切り直します。あなたがこれから転生するのは想いがそのまま力になる世界なんですが……」

チラリと愛を見る女神。

「まぁ多分、あの世界であなたが困る事はないでしょうが、少しだけオマケしときます」

女神が人差し指を立てると、愛の体に光の粉が降り注いだ。

「世界は同じでも、何処の誰の子どもとして転生するかは私にも分かりません。確実なのは転生先が人であるという1点だけ」

(まぁ……)

自分の腕を見る女神。そこには愛の手の形が驚く程ハッキリと残っていた。

(他にも本人を特定出来る方法はありますが、この私をここまでコケにしたんです。少しぐらい意地悪したってバチは当たりませんよね)

女神が続ける。

「そんな状況で、恋君を見付けられるかはあなた次第です」

「その程度の障害、私の愛の力があれば問題ないですぅ」

再び女神の眼前まで近付く愛。

「そ、そうですか……。では早速!」

愛の体が光り始め、段々と透明になっていく。

「梯愛さん、それではご武運を……」

愛の姿がその場から消える。

その場に膝から崩れ落ちる女神。

「こ、怖かった。あんな娘初めて……」

気のせいか彼女を中心に水溜まりが出来ている。

「あっ……!」

何かに気付く女神。その気付きは、自分が初めて失禁した事にではない。

「そういや、転生してから15年は前世の記憶が甦らない事を伝え忘れてました」

聖暦1015年。
首都セントリュー、聖セントレア大聖堂内。

(この人やっぱり苦手だ)

緑のブローチをした茶髪のメイドが目の前の女性を見る。

黄金色の長い髪で両目を隠し、純白の修道服を着たグラマーな体型の女。

(いつ喋りかけても何の反応もないし、まるで……)

その女性は無表情だった。

(何も感じていない人形みたい)

虚ろな目の彼女にそんな感想を抱くメイド。

(この人が本当に聖女候補なの?それに……)

通路を歩いていた無表情の女が突然地面に倒れる。
見ると同じ修道服を着た女が彼女の足を引っ掻けていた。

「あら、ごめんなさい。虫か何かと間違えましたわ」

その女に続いて周りの修道女が喋り始める。

「まぁあなたには地面がお似合いです」
「才能もないならさっさと大聖堂から出ていかれては?」

「……」

何を言われても無反応な女性。それを見て溜め息を吐くメイド。

(こんな人に国が……いや弟や、私達が守れるとは思えない)

部屋に戻り、壊れた人形のようにソファの上に座る女性。

(孤児だったこの方が大聖堂に拾われ、私が仕え始めてもうすぐ5年。はぁ……弟の為にもそろそろ新しい仕事見付けないと……)

火の付いていない暖炉の上に置かれた時計が、時を刻んでいく。

(あれ?そういえば今日って……)

メイドの目線が時計に移動する。

(確かこの人の誕生……)

時計から大きな鐘の音が鳴った……。

ソファの上にいた女が突如としてわなわなと震え始める。

「ラ、ラブリー様?」

取り憑かれたように激しくソファの上をのたうち回る女。

「魔物!?悪魔でも侵入したの!?」

どうしていいか分からず、ソファの前を行ったり来たりするメイド。その間に女はソファの上に倒れ込んだ。

「ラブリー様!」

彼女がソファに駆け寄る。

――ガシッ!

「へ?」

床を見ながら、メイドの肩を尋常じゃない力で掴む女。

「……出したぁ」

「はい?」

「この15年間、ずっと……!何故か頭に靄がかかったような気持ちで毎日過ごしていたのぉ」

女の頭がぐるりと動き、メイドと目が合う。

「でもその原因をやっと……やっと!思い出したぁ!」

メイドから手を放す女。

彼女の焦点は定まっておらず、頬は高熱の時のように紅潮している。
自らの体を抱き締めながら身をよじるその姿は、まるでそういった魔物のようだ。

「私の体にぃ……愛が溢れているぅ!」

そこにメイドが嫌った何も感じていないような女はいなかった。

「私の中にぃ!抑圧された15年分の愛が渦巻いているのよぉ!待っててレン君!」

代わりにそこにいたのは……。

ニヤニヤと笑みを浮かべる、底の見えない奈落のような瞳をした女性だった……。

「メイディ!」
「は、はい!」

「直ぐに紙とペンを用意してぇ!」

「畏まりました」

その勢いに気圧され、急いでそれらを持ってくるメイド。

(何してるんだろ?)

扉の隙間からそれを覗くメイド。

そして一晩が過ぎた……。

「ふぅ……、とりあえずはこんな所ですかねぇ!」

女の部屋には山積みの紙の束が幾つも置かれている。近くの紙を見るメイド。

「読めない。これどこの国の言葉ですか?」

その紙には

『レン君メモ ナンバー2001』

と書かれている。

「ラブリー様これは?」

「これは私を運命の人に導く……道標ですぅ」

「はぁ」

「これらは全て、私とレン君を繋ぐ思い出の数々ですぅ」

「れんくん?」

首を傾げながら、紙の一枚を取るメイディ。

彼女には読めないが、そこには『レン君の利き手は右手』といった簡単なものから『レン君がお風呂で最初に洗うのは右肩』など出所不明な情報まで書かれていた。

「私、梯愛……いやラブリー・オト・モナイはこれらを使って、この世界でレン君を見付け出します!」

「あら、ごめんなさい。ゴミか何かと間違えましたわ」

再び修道女に足を引っ掛けられ地面に転ぶラブリー。

「まぁあなたには床掃除がお似合いです」
「最弱は大聖堂からゴーホームされては?」

口々に好きな事を言う他の修道女。

(リラ様も、取り巻きのジェシ様、ダイア様も聖女候補のくせに毎日本当に飽きもせず)

それを見ながら溜め息を吐くメイド。

だが、今日はいつもと違った……。

「ねぇ?」

ゆらりと立ち上がるラブリー。

「へ?」

彼女はいつの間にか自らを転ばせた相手の眼前に迫っていた。

「リラさんはどうしてこんな事を毎日しているんですかぁ?」

「そ、それは……」

彼女の豹変ぶりに動揺しているのか言い淀むリラ。だが、意を決したのか彼女が喋り始める。

「例えあなたが、選聖師様の占いによって選ばれた聖女候補の1人だとしても、あなたみたいな弱者が魔族から国を守れるとは思えないですわ」

「成る程ぉ」

瞳を閉じるラブリー。

「それこそまさに……」

彼女が勢い良く目蓋を開けた。

「愛!ですねぇ!」

ラブリーの瞳にハートが浮かび、キラキラと輝き始める。

「は、はい?」

「国を守りたいと願う愛!」

彼女は手を広げ演説のように叫び始めた。

「聖女という偉大な存在に対する愛!そして最後にぃ」

リラの眼前まで一気に近付くラブリー。

「ひぃ!?」
「自らの持つ力から来る……プライド、自分自身に対する愛!」

ラブリーはリラを優しく抱き締めた。

「どれも本当に素晴らしい愛ですぅ」

辺りに沈黙が訪れる。

「お放しなさい!」

リラがラブリーを突き飛ばす。

「あなたは私を舐めていますの?」

「そんな事はないですがぁ?」

「今日という今日は本当に頭に来ましたわ。私の力、見せて差し上げます!」



聖セントレア大聖堂、修練の間。

(最弱の聖女候補生)

自らの手を見るラブリー。

目の前にはリラがいる。

「さぁそれじゃ行きますわよ!」

向かい合い、同時に手をかざす2人。

そして……。

「これが……これこそがぁ……」

物語は冒頭に戻る……。

「愛!!」

「違います!」

大聖堂のステンドグラスを粉々にしたラブリーにツッコむメイディ。

周りにいる修道女達は皆腰を抜かしている。

「ど、どういう事ですの!?確かあなたは初級魔法しか使えず、想いの力も希薄だったはず!なのにこんな力!」

「そんなの簡単ですよぉ」

目の前で腰を抜かすリラに手を差し伸べるラブリー。彼女はその手を取る。

「これこそが愛!の為せる業ですぅ」

ニヤニヤと笑う女。相対したラブリーの奈落のような瞳に呑み込まれそうになるリラ。

「くっ!私の完敗ですわ!」

リラはラブリーの事をキラキラとした目で見ていた。

(これなに?)

よく分からないやり取りに1人首を傾げるメイド。

その後、騒ぎを聞いて駆け付けてきた司祭服の老人と、衛兵達に全員がこっぴどく怒られた……。



「それ綺麗ですねぇ」

自室に戻り、ソファの上で休んでいたラブリーがメイディに話し掛ける。彼女はメイドの胸元にある緑のブローチを指差す。

「これですか!これは弟から貰った物なんです」

「へぇ!」

その話を聞いて目を輝かせるラブリー。

「弟とは年の離れた異父姉弟なんですが、可愛くて優しい本当に良い子で」

ブローチに手を置くメイド。

「これも頑張ってお小遣いを貯めて買ってくれたんです」

そのブローチはキラキラと輝いており、傷1つない。

「だから私は弟の為なら何でもしてあげたい……いや出来るんです」

「成る程ぉ……」

ラブリーがメイディの両手を掴んだ。

「それもまた愛!ですねぇ……」

「あ、愛!?」

彼女はそれだけ言って再びソファに戻った。何かを考え込むラブリー。

「決めましたぁ」

「先程ぶちギレた司祭様に書くよう言われた反省文の内容ですか?」

「違いますよぉ!私は一刻も早くレン君を見付けなくては行けないんですぅ」

「えーっと、そのれんくんは何処にいらっしゃるんですか?」

「分かりません」

「は?」

「何処の国にいるかも、誰かも全く分からないんですぅ」

「そんなの選聖師様による占いか、東方のイカヅチという国の千里眼、もしくはライトンの未来視か過去視でもない限り見付けられないのでは?」

「その通りです。だから決めましたぁ。私は聖女になるとぉ!」

勢い良く立ち上がるラブリー。

「聖女とは、この国で国王と同じ権限を持つ存在!その権限があれば何処に行くのも自由自在なんですからぁ!」

「あの、ラブリー様」

恐る恐る手を上げるメイディ。

「やめた方がよろしいのでは?」

「何故ですかぁ?」

メイディの眼前に迫るラブリー。

「聖女候補はかなりの数がいます。もし目を付けられでもしたら何をされるか」

「成る程ぉ」

「私もれんくんという方を探すのを手伝いますので、聖女を目指すのは……」
「それもまた愛!ですねぇ!」

「どういう事です!?」

「大丈夫ですぅ。私のレン君への愛はその程度の障害には邪魔されませぇん!」

結局説得出来ず、その場を後にしたメイドは溜め息をついていた。

(一体ラブリー様はどうされたんだ?気でも触れたの?もし聖女を本気で目指すなら……)



深夜、ベッドの上でラブリーが目を開ける。

彼女が起き上がると、そこには開いた窓と黒ずくめの人物がいた。

「レン君!……ではないようですねぇ」

その人物は短剣をラブリーに向かって振り下ろした……。

カンッ!

という音と共に短剣が弾かれる。

手をかざしたラブリーの前には分厚い透明な壁のような物が出来ていた。

「明日も朝早いのでお帰り下さいぃ」

壁が窓の方に移動していく。黒ずくめの人物はそれに押され外に落ちていった。



次の日も、その次の日も……。

時には水で押し流し、またある時には一晩中地面に固定したりしていたが、毎日のようにラブリーの所へ黒ずくめの人物がやってくる。

「ふぁ……」

「ラブリー様どうされました?」

「いや、ここ最近毎日熱烈な夜這いを受けてましてぇ」

「夜這い!?」

「レン君以外の夜這いは欠片も嬉しくないんですけどねぇ」

ラブリーが部屋の窓から外を見る。そこには衛兵がいた。

「どういう事ですかねぇ?」

「……あのラブリー様、聖女を目指されるという気持ちはお変わりになりませんか?」

「変わりませんねぇ」

「聖女はその能力だけでなく、世の中への貢献度、そして現存の3名の聖女様の内、2人から推薦されないとなれません」

メイドが諭すように続ける。

「悪いことは言いません。今からでも諦め……」

「それだけは絶対にありえませんねぇ」

「どうして」

「いくら私でもぉ」

部屋にある本棚から本を取り出すラブリー。

「こんなに広い世界で、何の手掛かりもないままレン君を探すのは不可能な事は理解していますぅ」

彼女が開いたページには広大な世界地図が描かれていた。

「だからといって探すのを諦める事は、私のレン君への愛を否定するのと同じ事なんですぅ」

ラブリーがメイディのブローチを指差す。

「あなたが弟の為に何でも出来るのと同じですよぉ」

胸に手を当てるラブリー。

「ほんの少しでもレン君に繋がる可能性があるなら、それを掴む為に私は全身全霊をかけて努力する……それが私の愛なんですよぉ」

「そう……ですか」

何かを考えている様子のメイディ。

「分かりました。頑張って下さいね」



「あれは」

窓の外ではメイディとリラの取り巻きの1人、ジェシがいた。

「何やら……」

ジェシに必死に頭を下げるメイディ。

「穏やかじゃないですねぇ」



深夜、ベッドの上で目覚めるラブリー。

そこにはいつも通り、黒ずくめの人物が立っていた。

黒ずくめが短剣を投げる。

「おやぁ?」

爆速で飛んできた短剣がラブリーの頬を掠め、血の雫が垂れた。黒ずくめの周りでは風が渦巻いている。

「本気……という訳ですねぇ!」

立ち上がり黒ずくめと向かい合うラブリー。

黒ずくめが鞭のように変化させた風で、ラブリーの体を打つ。

「!?」

彼女は何故かそれを避けない。

鞭が幾度も体にぶつかるが、痛がらず、むしろ嬉しそうな表情で真っ直ぐ黒ずくめに近付くラブリー。

「っ!?」

混乱する黒ずくめの目の前にラブリーが辿り着いた。

「これが想いの力……あなたのぉ」

ラブリーが自らの体を抱き締める。

「愛!なのですねぇ!」

喜びを現すように両手を広げる彼女。

「……では、次は私のレン君への想い、受け止めて下さいねぇ」

ラブリーの眼前に小さな風の塊が生まれる。それは内側から脈動しながら徐々に大きくなっていく。

塊の内では、暴風が吹き荒れていた。凝縮された台風のようなそれが黒ずくめに向けて発射される。

「これが私の愛!なんですねぇ!」

逃げようとした黒ずくめの背中にそれが直撃し、その場で風が爆発した。
ラブリーの部屋の窓は吹き飛び、ベッドやソファ、本棚もそれに巻き込まれる。

「ふぅ……」

遠くに吹き飛ばされていく黒ずくめを見ながら、部屋の中を確認するラブリー。

「あら……これはぁ」

彼女の部屋の床にある物が落ちていた。



「今日体調悪いんじゃなかったの?」

赤髪のメイドがメイディに声を掛けた。

「あ、あはは、そうだった。ゲホ!」

咳をしながら、大聖堂内の床を必死に確認しながらを歩いていくメイディ。

それを見て首を傾げる赤髪メイド。

「変な子」

「今日はメイディはお休みですかぁ?」

目の前で紅茶をいれる赤髪のメイドに質問するラブリー。

「はい。体調を崩したらしくて」

「そうですかぁ。それは残念ですねぇ」

メイドのいれた紅茶を飲むラブリーが、隣にあるクッキーを食べたその時……。

「ゴホッ!」

「ラブリー様!?」

クッキーを食べたラブリーが突然吐血した。地面に倒れる彼女。

ラブリーの目の前を食べ掛けのクッキーが転がる。

そして……。

そのまま彼女は二度と動かなくなった……。

私の父親はクズだった。

酒を飲んでは家族を殴るような最低な男。

そんな父と家族で居続けようとする母も私は苦手だった。

私にとって家族とは、意味のない何も感じない存在。

それは母が父と別れ、再婚した時も変わらなかった。

私は父親という存在と、家族というものを既に諦めていたのだ。

それで構わない。だって何も困る事はないのだから……。

だが、あの時……。

母と新しい父との間に産まれた赤ん坊。

彼はその小さな手で私の指を掴んだ。

家族の始まりとは、こういう事なのかも知れないと思ったその時、私の目から涙がこぼれ落ちた。

そして……。

「姉ちゃんこれ!」

あれをプレゼントとして貰った時決めたのだ。

この子の為なら、私は何だってしてやると……。

「……ラブリー様、申し訳ありません」

冷たくなったラブリーの前で頭を下げるメイディ。

「何度もこんな事をやめたいと進言したんです。だけどあの日……」

ラブリーの手を握るメイド。

「もうやめると宣言した私に、あの人は弟をさらったといってきたんです」

メイディは涙を溢す。

「私は元々お金稼ぎの為にあの人に協力していました。うちの両親は弟と私を置いて随分前に逃げたんです」

懺悔するようにラブリーに何度も頭を下げるメイディ。

「私は最初何も感じていないようなあなたが嫌いでした。だけど……」

メイディがラブリーの顔を見る。

「最近のあなたは、情緒不安定で挙動も怖く、正直気が触れてると思いますけど、嫌いじゃなかったんです。むしろ」

メイドが笑顔で告げる。

「好き……でした」

「そうですかぁ」

「へ?」

むくりと起き上がるラブリー。

「そんな!あれは大型の魔物すら10秒も持たずに死ぬ毒ですよ!?」

「これこそ……愛の……ゲホッ!」

吐血するラブリー。

「ラブリー様!」

「……この程度の障害で私の愛を阻む事など出来ませんよぉ」

ゆっくりと立ち上がるラブリー。彼女は自らの体に初級の治癒魔法と解毒魔法を使用し続けていた。

「はいこれぇ!ではぁ、行きましょうかぁ?」

彼女はメイドに部屋で拾った緑のブローチを渡す。

「ありがとうございます!……行く?」

「あなたの大事な人の所にですよぉ」

廃墟の中に大聖堂の衛兵数人と聖女候補ジェシ、そして椅子に縛られた可愛らしい男の子がいた。

――コンコン。

廃墟の扉がノックされる。衛兵が扉に近付き呟く。

「空には鳥。陸には?」

「私の愛ぃ」

「は?」

「っ!?今の声!」

ジェシがそれに気付くと同時、廃墟の扉が巨大な火球によって吹き飛んだ。

その先から現れたのは……。

「私の愛……見て頂けますかぁ?」

ニヤニヤと笑う純白の修道女だった。

「リラ様をたぶらかしただけで飽き足らず、どれだけあんたは私の邪魔をしたら気が済むのよ!」

「邪魔ぁ?」

「そうよ!私に取ってあんたは邪魔でしかない!」

「そんなの私に関係ありませんねぇ」

「は?」

「それが私の抱いた想いを!誰かを大事に思う気持ちを!愛を!阻んでいい理由なんかにはなりませぇん!その想いを阻んでいいのはぁ……」

ラブリーの手元で情熱的に燃え上がった火球が心臓のように脈動していく。

「……私、だけなんですよぉ!」

ラブリーの手元にある灼熱の心臓が発射された。

「ひっ!」

ジェシの短い悲鳴と共に廃墟が吹き飛んだ……。

「スティ!」

「お姉ちゃん!」

泣きながら弟を抱き締めるメイディ。

「ラブリー様、弟を助けて頂いて本当にありがとうございました!」

ラブリーに頭を下げた後、土下座するメイド。

「そして本当に申し訳ありませんでした。私はどんな処罰でも受けます。ラブリー様の好きなようになさって下さい」

「私決めたんですぅ」

そんなメイドを見下ろすラブリー。

「15年も待ったのだから、ただこのままレン君に会うのは違うとぉ」

ニヤニヤと笑う修道女。

「私は様々な形の愛を知ってぇ、山ほどの愛を携えパワーアップした姿でレン君と再会するのだとぉ!だから」

メイドに手を差し伸べるラブリー。

「これからも私の為に、その姉弟愛というものを傍で見せて下さいぃ!」

これは……。

様々な形の愛を知り、愛と向き合う。

偏あ……純愛ストーリー。


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