『死悔いのソアレ』第1話【創作大賞2024 漫画原作部門】
見渡す限り緑が広がるその場所に、鋼鉄の軍隊が現れる。胸元にクラブのマークが刻まれた鎧の兵士による万の軍勢。
そんな草原に金属を軽く弾くような音が響いたと同時……。
軍隊に勢いよく向かっていく1つの影が現れた。
草を踏み締め、生まれたばかりの小さな木々を器用に避けながら突き進んでいくそれは、軍隊との距離をどんどん縮めていく。
陽光のような長い金髪、生気漲る肌に胸元にハートのマークが刻まれた鎧を着た女性。
彼女は人の背程もある大剣を右肩に担いだまま、右耳につけた三日月のイヤリングを風になびかせ突き進んでいく。
雄叫びを上げながら、鋼鉄の軍勢に飛び込む女性。彼女は大剣を横に力強く振るった。
一振りで十人が吹き飛び。
二振りで魔道士が操る巨大な石人形が薙ぎ倒され。
三振りで百人の兵士が両断された……。
彼女の後に続いて、同じく鎧にハートのマークが刻まれた兵士達がなだれ込み、クラブとハートの軍勢が激しくぶつかり合う。
その中でも、金の髪を持つ女性は太陽のように輝いている。
彼女はその場所で、確かに生きていた……。
◆
瑞々しい葉を生やした見上げるような背丈の木々が並ぶ森。
そんな木々の間に鎧を着た人間が何人も倒れている。
その1人にボロ布を纏った小柄な何かが近付く。
胸元にクラブのマークが刻まれた鎧の中を探るボロ布。強引に調べられているにも関わらず、その活気のない顔をした鎧の人間はぴくりともしない。
周囲の同じ鎧の人間達の顔は白骨化していたり、鋭い牙で抉られたような跡がついている。
「きた!」
鎧の中からクラブのマークが刻まれた金貨見つけ出し声を上げるボロ布。
「あと少しで……殺せる。後はアジトの場所さえ……」
喜ぶボロ布の背後で突然唸り声が聞こえる。
「魔物?」
そこには鋭い牙を持った狼がいた。
「狼……」
ボロ布は狼を睨み付けながら、地面の石を躊躇うことなく拾う。
狼が飛び掛かった。
為す術なく押し倒されるボロ布。狼の鋭利な牙を手で押し止め揉み合いながら、まるで親の仇のように狼の頭を石で何度も殴るボロ布。
だが決定打とはならず、狼の牙がゆっくりとボロ布に迫っていく。
眼前まで牙が迫ろうという所で、ボロ布の石が目に直撃し、鳴き声を上げながら退く狼。
立ち上がったボロ布が石を持って向かい合おうとするが、気付けば2匹目の狼が姿を見せていた。
それでも動揺した様子を見せないボロ布。石を持ち上げ狼達に駆け寄ろうかというその瞬間……。
金属を軽く弾くような音が辺りで響き、ボロ布に飛び掛かった狼2匹が辺りの木ごと横に吹き飛ばされた。
「ふぇ?」
逃げる狼を見ていたボロ布が突然持ち上げられ珍妙な声を上げる。持ち上げたのは1人の女性だった。
陽光のような長い金髪に、胸元に穴が空いた鎧。腰の2本の鞘に小振りの剣を戻した彼女の耳には、三日月のイヤリングが揺れていた。女の手には紐付きの光る青い石がある。
「あんた何やってるの?」
生気のない、異常な程に白い肌の彼女がボロ布に問いかけた。
暴れて女の手から逃れようとするボロ布から子どもが転がり出る。
そこには薄汚れた格好の、美少年とも美少女ともいえる中性的な見た目の短い赤髪の子どもがいた。
首に掛けた青い小鳥が描かれた懐中時計を大事そうに守る子ども。
「あんた……」
その顔をじっと見る女性。やがて彼女は、その子どもが着ていたズボンを勢いよく下ろした。
「なっ!?」
真っ赤になりながら、女が掴むズボンを必死に上げつつ、彼女の頭をポカポカと殴る子ども。
「何やってんだこの野郎!」
「パッと見、男か女か分かんなかったけど……ふーん、なる程ねぇ」
顎に手を当てながらじっくりと観察する女の顔に、子どもの持った石が直撃した。
◇
「いやーごめんごめん。気になってつい」
悪気はなさそうな顔で謝る女性。
「ついする事じゃねぇだろ!」
座り込んで怒る子ども。
「……でも」
「?」
「助けてくれたのにやり過ぎたよ。それは」
子どもが女の顔を指差す。彼女の整った顔の中心にある鼻は大きく曲がっていた。
「あぁ、気にしなくていいよ。直ぐに治るし……ほら!ゴキュ!」
聞き慣れない音と共に鼻を強引に戻す女性。
「ど、どんな体してんだよ」
戸惑う子どもを無視して女は続ける。
「あたしの名前はソアレ・ツバキ。あんたは?」
無言の子どもに向け、さも痛そうに鼻を押さえるソアレ。
「……っ!ソル、ソル・イノリだ!」
「あっはっはっ!そうかソル。で、町から離れたこんな場所で何してたの?」
辺りには草木があるだけで、他に人の気配はない。
「お前に関係ないだろ」
ボロボロな格好のソルと、隣の漁られた鎧を見るソアレ。
「……そうか」
「お前何者だ?」
「あたし?あー、逃亡者……って所だね。探し物中の」
イヤリングを触るソアレ。
「探し物中の逃亡者?そんな奴がここで何してるんだ?」
「それも探し物の一貫よ。そうだ、これ!」
ソルに何かを弾いて寄越す女。
「ちょっとしたお礼……痛っ!」
ソアレの顔にハートのマークが刻まれた金貨が直撃した。
「施しは受けるか」
「いやそういう事じゃ。これはその人を守ってくれたお礼だよ」
ソルの眼前の鎧を指差す女。彼女の持つ光る石からは光の線が出ており、鎧に近付ける度、石の輝きが増す。
「どこに人がいるんだ?」
「そこよ、そこ!」
死体を指差すソアレ。
「こいつらはとっくの昔に死んでるだろ。もう何も残ってない」
「残るよ。それにその人は生きてる」
「は?」
「この人はまだ死んでない。生きてるよ」
◆
「ソルお疲れ様」
「婆ちゃんありがとう」
優しい眼差しで私の頭を撫でながら、頬を伝う汗を拭いてくれる祖母。
「これご飯ね。あと隣のライに貰ったお菓子も置いておくね」
「またそれだ。たまには婆ちゃんが食べなよ」
「ふふっ。私はいいのよ。食も細いからね」
優しい祖母が私は大好きだった。
小さな村の片隅。
たった2人で農作業をしながら過ごす毎日。
決して裕福ではないけれど、慎ましく生きるのは私の性に合っていた。
トマト畑に水をやる私に祖母が話し掛けてくる。
「そういえば、また遠方まで届けて欲しいって依頼が来てたよ」
「うちのトマトが世界一だと知れ渡ったみたいだな」
「ふふっ。かもね」
笑う婆ちゃんの胸元には青い小鳥が描かれた懐中時計が掛けられていた。
そして、今季最後の収穫を携えて、私と祖母2人による、3度目の荷馬車による遠方への旅が始まった……。
◆
暗い森の中で、焚き火を囲むように座るソアレとソル。
「ほら」
彼女はベーコンが挟まれたパンをソルの前に差し出しながら、火で直接炙ったベーコンを豪快にかじる。
「いらない」
「これも施しじゃない。正当な対価よ」
「……」
「はぁ……。回収屋」
聞き慣れない言葉にソアレの方を見るソル。
「あたしがやってる仕事よ。帰って来なかった人達の……身体や残した物を願った人に届ける」
「そんな事してどうなるんだ?死んだら何も残らないんだぞ?」
ソアレはそれに微笑みながら返す。
「さぁね」
「は?」
「あたしもまだ学んでる途中なのよ。だけど1つ言えるのは……」
横にある大きな麻袋に手を置くソアレ。紋様が刻まれたそれからは冷気が漂ってきていた。
「この人はまだ生きている」
「はぁ……。またそれかよ」
両手を広げながら呆れた様子を見せるソル。
「そいつが動くか?喋りかけたら答えるか?守ってくれるのか?」
呆れたように続けるソル。
「そいつは死んでるんだ。もう何もない。だから私は……」
鎧から漁った金貨をソルは見る。
「あっはっは。まぁどう思うかは自由よ。ただ……」
ソアレがソルの胸元にある懐中時計を指差す。
「な、何だよ!」
守るようにそれを庇うソルを見て、微笑みながら続けるソアレ。
「それ誰に貰ったの?」
「これは……」
ソルはボロボロな姿だが、何故か首に掛けられた懐中時計には汚れ1つ見当たらない。
「……婆ちゃんが、戦争で亡くなった爺ちゃんから受け継いだ物で」
「なら」
大きな麻袋と懐中時計を続けて見た後、自らの三日月のイヤリングに優しく触れるソアレ。
「ここにいる1人と、そこにある1つは一緒じゃないの?」
「……」
ソルの前に再びパンを差し出すソアレ。ソルは何も言わず今度はパンを受け取った……。
◇
翌朝。
「ソルも町に帰るのよね。どうする、ついてくる?」
大きな麻袋を担いだソアレが、遠く離れた位置からソルの方へ振り返る。
「私はいい」
「いいの?あんたが知りたがってた答えが見付かるかも知れないよ」
ソルは背後に転がる鎧達を眺めた後、首に掛けた懐中時計を見た。
「私は……」
再び誘うことはせず、前に歩いていくソアレ。
悩んだソルは少し遅れてその後ろを付いていく事を選んだ。
◇
穏やかな雰囲気が流れる街の一角。至るところにボロ布を纏う人間がいるその場所を、ヒビの入ったハートマークの鎧の小隊が横切っていく。
そこにある大きな建物の前にソアレとソルがいた。
「……本当にありがとう」
麻袋の前で、恰幅のいいおばさんが彼女達に頭を下げる。
「見付かって良かった」
「これ少ないけどお礼だよ」
小さな袋をソアレに手渡すおばさん。
「君もありがとう」
「いや、別に私は何も……」
「そんな事ないよ。この子が狼から守ってくれたの。旦那さんの体を」
「や、止めろ。触るなよ」
ソルの頭を強引に撫でるソアレ。
「そうだ!2人とも良かったら今日はうちの宿屋に泊まっていきな」
「勿論。あー、あの人達も部屋に連れてっても?」
「構わないよ」
◇
部屋の扉を開け、麻袋を担いだソアレが入ってくる。彼女はそれをベッドの横に下ろした。
「少しは答えが分かった?」
「分からねぇよ。何で私が運ぶ手伝いまで……」
ベッドの横に並べられた2つの麻袋を眺めるソル。
「こいつらはどうすんだよ?」
「そうね。知り合いがいるなら会わせてあげて、いないなら土に……って感じ」
「はぁ……マジかよ」
「あっ、そういえば」
◇
「ここで襲われたと思ったあたしは咄嗟にその猪をのしたの」
楽しそうに話をしながら、目の前に広げられた地図を指差すソアレ。その地図には無数の小さなバツ印が書き込まれ、1つの国を埋めていた。
「だけど、その猪はあたしがお世話になった人の飼い猪でね。次にのされたのはあたしだった」
「へぇー!」
楽しそうに話を聞くソル。
「はいお待ち!チキンのスパイシー焼きだよ」
酒の入ったコップを沢山の料理が並ぶ机に置いて、チキンにかじりつきながら喋るソアレ。
「はひはとお。うん?これ美味しい!」
「だろ?うちお手製だからね」
「あ、ありがとうございます」
頭を下げるソル。
「お礼を言いたいのはこっちだよ」
ソルの肩を叩いて、別のお客がいる席に歩いていくおばさん。
「ねぇソル」
「な、なんだよ?」
「どうして死体漁りなんてしてたの?」
「そんなの決まってるだろ」
ソアレを真っ直ぐに見るソル。
「生きる為だよ」
「そう」
「私は死ねないんだ。絶対に……」
懐中時計を見ながらソルが話す。
「……それに何をしてでもしなくちゃいけない事がある」
「あと少しで殺せるから?」
「なっ!お前聞いて」
「もしかして懐中時計が関係してる?」
「そうだったら悪いかよ」
「その行為とあんたの生きるって言葉、真逆だとは思わない?」
「それは……」
「あたしは復讐を止めろとは言わない。だけど、その生きるって気持ちが何処から来たのか考え……」
「うん?」
「ぐごぉぉぉーー!」
話の途中でいびきをかき始めるソアレ。
◇
「あれ?ソル随分平たくなったね」
「それはただのドアだよ。あぁーもう調子くるうな」
軒先で酔い潰れるソアレを呆れた様子で見るソル。
「じゃ私は宿屋に、じゃなかった。路上に戻るから後は好きにしてくれ」
ソルは彼女を置いて、1人で歩いていく。
(結局、何も分からなかったな)
胸元の懐中時計を見るソル。
(死んだらそれで終わりだろ。何も残らない。生きてなんか)
ソルの脳裏に、ボロ布を纏って長い距離を1人で歩き、聞き込みを続けていた時の事がよぎった。
(あれは、いやあの人は間違いなく死んでた。だから私は……)
「……っと、痛ぇなガキ!」
通りを歩いていたソルが男にぶつかる。
「すみませ……」
揉め事を避ける為、ソルが謝ろうとしたその時……。
男の腕にある狼の刺青を見て目を見開いたソルは、彼の腕を力強く掴んだ。
「何だこのガキ」
「お前らのボスは何処だ!」
「んなもん教える訳ねぇだろ。放せっ……よ!!」
「がっ!」
掴まれた腕を大きく振るって建物の壁にソルをぶつける男。
「うぜぇガキだな。路上で暮らしてるゴミが、人間様に逆らうなよ」
男が地面に倒れたソル目掛けて唾を吐く。
「……教えろ」
男の足を掴むソル。
「お前らのボスは」
「もう殺しちまうか」
ソルの腹を蹴る男。それでもソルは足を放さない。そんなソルの顔目掛けて男が足を振り下ろす。
カンッ!
「あ!?」
男の足が小さな鞘によって止められる。
「あー、その子はあたしの連れなのよ。それぐらいで勘弁してくれない?」
そこにはソアレが立っていた。
「……お前何して」
「遅くなって悪いねソル。中々、命気酔いが抜けなくて」
「いや、そういう意味じゃなくて」
「で、あんたはどうする?」
「どうもするかよ。ガキと纏めてお前……をぉっ!?」
ソアレの軽い足払いに男の視界が一瞬でひっくり返り、勢い良く地面に倒れる。
「てめっ……え、あっ……」
彼の顔に剣の切っ先を向けるソアレ。
「勘弁してくれるよね」
異常な程白い肌の彼女がニッコリと笑った。
「クソ!覚えてろよ」
走って逃げ出す男。
「怪我はない?」
「助けてくれなんて私は……」
気絶するソル。
◆
私と祖母は様々な場所を2人で巡った。
「魔術って便利だね」
背後にあるトマトの入った樽を見る祖母。そこからは冷気が漂っている。
「これが売れたら新しい樽を……っと」
落石なのか、道が塞がっていた。
「ソル!」
辺りを見ると狼の刺青をした人間達がいつの間にか荷馬車を取り囲んでいる。
そこからの記憶はもう朧気だった……。
私を守ろうとした祖母の背中を、刺青を顔に入れた、下卑た笑みの大男が切り裂く。
それでも必死に何とか森の中へ逃げ出した私と祖母だったが。
気付けば……。
「婆ちゃん?」
私の大事な人は冷たくなっていた。
「ねぇ?婆ちゃん」
もう彼女は動かない。どれだけ喋りかけても答えないし、守ることも出来なかった。
祖母が大事にしていた懐中時計、祖父の形見のそれを祖母の首から取る。
死んだら何も残らない。
だけどアイツだけは絶対に……。
◆
「っ!」
うなされながら目覚めるソル。隣のベッドではソアレが眠っていた。
部屋から出ていくソル。
◇
(あれは……)
宿屋の前に女主人が立っていた。その様子を見守るソル。
「こんな物しかなくてごめんね」
彼女は麻袋の前に酒瓶を置く。
「あの……」
その後ろ姿を見てつい声を掛けてしまうソル。
「おや、もう大丈夫なのかい?ソル君?ちゃん?」
「どっちでも」
「ならソルちゃん、どうしたんだい?」
「いや、それ……いや、その人」
麻布を指差すソル。
「あぁ。火葬はまだ先になるから、申し訳ないけど当分ここにいて貰う事になったんだよ」
「そう……ですか。旦那さんはお酒好きだったんですか?」
「そうなんだよ」
暫くの間、ソルは女主人の語る旦那についての話を聞いていた。
「あ、そうだ今日出したチキンのスパイシー焼きあるだろ?」
「はい。あれ美味しかった……です」
「そりゃ良かった!あれもね、うちの馬鹿旦那が若い頃、酒に酔った勢いで適当に入れたスパイスで出来たもんなんだよ」
「そうだったんですね」
「新メニューでせっかく店も軌道に乗ってきたってのに……出兵する事が決まって……それで」
途切れ途切れに喋る女主人。
「こんな世の中じゃ、二度と会えないと思ってたんだ。けど……」
それきり上を向いたまま女主人は言葉を発さなかった。
「長い事付き合わせて悪かったね」
鼻をすすりながら笑顔でそういう女主人。
「いえ、楽しかった……です」
「今日はもう遅いからソルちゃんも早く寝なね」
去っていく彼女の後ろ姿を見送った後、ソルは目の前にある麻袋を見た。
「……」
◇
剣と盾の看板が吊り下げられた店から出てくるソル。
ソルの手には金貨の代わりに短剣が握られている。
それを見詰めるソルの顔は今までにない程真剣だった……。
◇
漁られた様子の2つの麻袋を確認した後、宿屋を出るソアレ。
宿屋の前にある綺麗に整えられたままのもう1つの麻袋を見た後、彼女は歩き始めた。
(ソル……)
町の中を探すソアレ。
必死な彼女の背後に突然、狼の刺青を顔に入れた大男が現れる。
その男が手に持った鉈を大きく振るった……。
◇
「リユさんお疲れ様です!」
部屋に入ってきた人物に頭を下げる男達。
「おいルー、治療は終わったか?」
「はいボス!金払えってしつこい医者は殴っときました!」
腕に狼の刺青が入った男が報告する。
「ははっ。そりゃ盗賊の鏡じゃねぇか」
それを下卑た笑みで聞いているのは顔に狼の刺青が入った男だった。
「だけど、感心しねぇなぁ」
リユと呼ばれた男が、ルーの背後の扉を指差す。
「はい?」
ルーが振り返ると同時、勢い良く扉を開けて短剣を構えたソルが入ってくる。
周りが動き始めるより先に、ソルの短剣がルーの腹に突き刺さった。
「がっ!」
「くそっ!」
計画が狂ったのか悪態をつくソル。
地面に膝をつくルーを無視して、短剣を引き抜いたソルが残りの盗賊に向かっていく。
1人、2人と相手が動き始める前に短剣を突き刺すソル。だが……。
次の被害者が出る前に、ソルは残りの男達に地面へ取り押さえられた。
「放せっ!」
ソルの前に、顔に狼の刺青をした男が歩いてくる。
「馬鹿だねぇ。さっさと逃げりゃいいもんを」
「見付かった時点で逃げ場はないだろ」
暴れるソル。
「何だ。少しは利口じゃねぇか。じゃあ……」
ソルの顔を何度も蹴るリユ。
「無謀なだけか!」
男は楽しそうに蹴るが、ソルが悲鳴は上げる事はなかった。
「放していいぞ」
「はいボス!」
仰向けで荒い息を吐くソル。
「お前何処のガキだ」
首を傾げながらソルの顔を覗き込むリユ。
「こ、こいつ俺が昨日言ってたガキです」
ルーが腹の傷を押さえながら喋る。
「あぁあの女といた奴か」
「違う!私の婆ちゃんをお前が殺し……」
「興味ねぇな」
「は?」
「俺らが今まで何人襲ったと?一々覚えてられるかよ」
「ふざけんな!」
「まぁとりあえず代償は頂くか」
ソルの体をじっくり観察する男。
「殺してもいいが、それじゃ面白くねぇ」
男はそう言って傷1つない青い小鳥の描かれた懐中時計をソルから奪い取った。
「か、返せ!それは婆ちゃんの」
「なら正解だ!」
宙に放ったそれを男の鉈が両断した。
「なっ……」
初めて動揺した様子を見せるソル。
ソルは目の前で真っ二つになった懐中時計を必死に拾い集める。
「あーそうだ。これも土産にやるよ」
男が何かを地面に放り投げる。転がるそれはソルの膝に当たって止まった。
「ひっ!?」
それはソルにとって見覚えのある。
ここ数日一緒に過ごした。
豪快だが何処か優しい女性の……。
――ソアレの頭だった……。
「どうして!」
「うちのもんを傷付けたケジメだよ」
「……で」
「あ?」
「何でお前らはそうやって!人から平気で奪っていくんだ!」
「はっ!何言ってる?」
ソルのボロボロな見た目と、その手にある綺麗な短剣を見比べる男。
「お前も俺らと一緒じゃねぇか」
男はソルを見下ろす。
「違う!私は……」
「てめえみてぇな汚い身なりのガキが、こんな上等な物買えるわけねぇだろ。大方……」
拾った短剣をソルの足元に放り投げる男。
「盗んだか、死体漁りでもしたんだろ?」
「っ!」
男は下卑た笑みでソルの顔を覗き込む。
「はっ!図星かよ。偉そうに……そうだ!おいお前らそいつ立たせろ」
無理やりその場に立たされるソル。その足元にはソアレの頭があった。
「てめぇが俺らと同類だと証明出来たら、この場から帰してやるよ」
「ボスいいんですか?」
「構わねぇよ。こんなガキいつでも殺せる」
「……」
「それに短剣を突き立てろ」
「え?」
男がソアレを、いやソアレだったものを指差した。
「出来るだろ?人も物も俺らのような人間は好きに奪う!」
短剣を拾いソルに持たせる男。
「生きてようが関係ねぇ。こんな風に奪っちまえばいいんだからな」
ソルの耳元で男が囁く。
「お前だって幾度となく盗んで来たんだろ。死んだ人間から奪う事なんて訳ねぇよな?」
男がソルの手の上から握った短剣をソアレの頭に近付けていく。
「ほら、お前だって死にたくないだろ?」
周りの盗賊達がニヤニヤと笑う。
「死人の頭に短剣を突き立てる。こんな簡単な事で命が助かるんだ」
(ここを乗り切れば、まだチャンスはある)
短剣を持ったソルの呼吸が徐々に荒くなる。
(こいつはもう死んでるんだ……なら)
「ほらやれ、やれよ!」
叫ぶ男に急かされ短剣を振り上げるソル。
地面に転がるソアレの頭に向けて。
ソルが短剣を突き立てた。
ダンッ!
辺りがその音に静まり返る。
「は?」
「まだこいつが言ってた事を完全に理解した訳じゃない」
ソルの脳裏に祖母の顔と、泣いていた女主人の姿がよぎる。
「だけど何となく分かった……」
壊れた懐中時計に触れるソル。
「これだけじゃない。あの人も、そしてこいつも」
地面に突き立った短剣、その横のソアレの頭を見るソル。
「まだ生きてるんだ!」
「あ?」
ソルが叫ぶと同時、地面の短剣を引き抜きリユに迫るが、首を掴まれ身動きを封じられた。
「あっはっはっ!やるじゃない」
「てめぇ何を笑って……」
ソルの閉じた口を見て言葉を止める男。その視線が転がっている頭に向けられる。
「は?」
ソアレの頭がぐるりと向きを変え、リユと視線を合わせる。ソルから思わず手を放すリユ。
「少しは分かったみたいね」
「え?」
「じゃ、次はあたしの番だね」
地面に尻餅をついたソルの横にソアレの頭が転がってきた。
「てめぇ何なんだ!」
「あたし?あたしはただの……」
突然、盗賊達の一部が吹き飛ばされる。
「生きた人間だよ!」
彼らの背後には首のない、胸元に穴の空いた鎧姿の体が立っていた。
「ひぃ!?」
盗賊達が悲鳴を上げる。
「白い肌に金髪、穴の空いた鎧と三日月のイヤリング……」
「ボス知ってるんですか?」
「30年前の4国戦争を勝利に導いたクラージマンの英雄……自らの体をアンデッドにしてまで生き延びた」
リユが目を見開く。
「ソアレ・ツバキ!」
その言葉を皮切りにソアレの体が走り出す。
動揺する盗賊達の合間を縫って、頭とソルを片手で抱き抱えるソアレの体。
剣を鞘から引き抜きソアレの頭が叫ぶ。
「体とお別れが嫌なら頭下げなさい!」
彼女の剣を持つ手に光の粒子が浮かび上がると同時、ソアレが剣を振るう。
凄まじい轟音と共に、盗賊達のアジトが屋根ごと吹き飛んだ。
瓦礫が降り注ぐ中、戦意を喪失した盗賊達が腰を抜かしている。
だがリユだけは、まだその場に鉈を構えて立っていた。
ソルを地面に下ろし、頭を体に乗せるソアレ。分かたれた首が引っ付いていく。
「根性あるじゃない。そうだソル!1つだけ教えたげる」
ソアレがソルに近付いてくる。
「あなたのお婆さんの尊厳は……」
彼女はソルの胸に優しく拳を当てた。
「ここに、確かに生きてるのよ」
軽く微笑んだソアレが、右耳にある三日月のイヤリングを指で軽く弾く。
その金属の音が辺りに響くと同時、両手で剣を構えたソアレがリユに向かって突っ込む。
鉈を地面に滑り込むように避けたソアレの2本の剣が、リユの胸元で交差し、男を勢い良く吹き飛ばした……。
「化……物が……」
気絶する寸前のリユの言葉を聞いたソアレは、まるで自分に向けるかのように皮肉げに笑う。
「じゃあんたらも」
◇
「ソルはこれからどうするの?」
「私は結局無力だった。アイツらは許せない、けど」
鎧を着た小隊に連れられていく盗賊達を見るソル。
「一生塀の中なら手の出しようもないし。まずは……婆ちゃんの身体の所に戻ろうと思う」
ソルは手元の青い小鳥の絵ごと真っ二つの懐中時計を見た。
「そう。じゃ、ここでお別れね」
「言ってた探し物?」
「そうね」
優しい笑みで三日月のイヤリングに触れるソアレ。
「あたしは宿屋の2人を土に還したら町を出発するよ」
「あ、あぁ」
宿屋に向けて歩いていくソアレ。その後ろ姿を、軽く唇を噛みながら黙って見ているソル。
「あぁーそういえば……」
突然ソアレが足を止め振り返った。
「少し遠いけど、腕の良い時計職人がいる町を知ってた」
意味が分からず首を傾げるソル。
「戻るついでに一緒に行く?」
ソルはその言葉に目を輝かせながら彼女に駆け寄る。
「し、仕方ねえな!」
「じゃ、穴掘り手伝い決定で」
「マジかよ」
2人が並んで歩いていく。
これは生と死と……。
――命に向き合う物語……。
◆
死体の山の中に生気漲る肌色のソアレが立っていた。
雨が降り始める中、彼女は目の前で何かを大事に掴みながら、地面を必死に這う血塗れの男を見ている……。
やがて動かなくなった彼の手には、青い小鳥の描かれた懐中時計が握られていた……。