京急ドレミファインバータ
小雨がしとしとする窓の外はぼんやりと白く霞がかかっていた。
東京を後にして1年半。きょうは久しぶりにあの真っ赤な電車に乗っている。
窓から反対にすれ違う赤い車体を見送りながらぼんやりと昔の東京の生活を思い出していた。
なんとなく社会人を始めたての頃の自分が懐かしくなって、ほんの少しだけ泣いてしまった。
目に溜まった水分を拭って顔を上げたら斜め前に座ってた人と目が合って、正直恥ずかしかった。
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社会人になって、就職のため東京へ引っ越したわたしは23歳。
上京当初、「これ以上乗れるわけないじゃん……!ドア、絶対しまんない!!!」と、なかなか乗り込む勇気がもてなかった超満員の通勤電車も、数週間もすればわずかな隙間に収まる身のこなしをちゃっかりと身につけ、あっという間にわたしは東京の人になった。
都会の電車といえば、みんなが忌み嫌う満員電車の不快な話でだいたい話題は持ちきりだが、わたしの東京の思い出や風景の中には必ず電車の存在があって、少なからず、わたしは電車のおかげで東京が好きになったと思う。
電車が好きな理由はたくさんあった。
規則正しく「タタンタタン」と揺れが体に伝わってくるのはなぜだか心地よいし、窓の外が流れるように景色が変わっていくのも面白い。車内の人の様子を観察するのも飽きない遊びだ。
わたしが今でもふと思い出せる東京の思い出は、電車がある風景が多い。
冬の深夜のホームで、その当時付き合っていた人と手を繋ぎ身を縮めながら終電を待っていたこととか、休日にひとりぼんやりするために、ただただ海を目指して乗り込んだ電車の窓からの夕焼けの景色とか。
なんとなく寂しくなった時は、人の気配を感じられる電車の空間が好きで、休日に意味もなく人の気配を求めて乗り込んだこともある。
たくさんのコンテンツで溢れたその空間で、わたしは自分のことを省みたり、社会の意図や情勢を知ったり、生活や仕事の劇的な刺激によるストレスを洗い流してもらっていた。
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「歌う電車」
わたしにとって、電車生活のサンプルは東京に来てからのものしかなかったから、それがあまりにも当たり前で気づかずに過ごしていたけれど、通勤で使っていた電車の発進時に鳴らすモーター音は、実は特徴あるものらしいということをある時テレビの番組か何かで知った。
「ドレミファインバータ」
京急は走り始める時に「ドレミファソラシドレ〜」と音階を駆け上るようなモーター音を鳴らす。その音の様が歌っているようにも思えることから、京急の列車は「ドレミファインバータ」とか「歌う電車」という愛称で呼ばれ、一部鉄道ファンから愛されていたそうだ。
このインバーターは、1998(平成10)年から2000(平成12)年にかけて導入された2100形電車(8両編成10本)と、2002(平成14)年から導入された新1000形電車のうち初期に製造された8両編成5本および4両編成4本、合計19本の電車に採用されました。ちなみに、2100形登場当時の『鉄道ピクトリアル』1998(平成10)年7月増刊号によると、この音はシーメンス側でノイズを音階に聞こえるよう調整したもので、実際の音階としては「ドレミファ……」ではなく「ファソラシドレミファソー」だそうです。
(出典:「乗り物ニュース」https://trafficnews.jp/post/80786)
当時わたしの住んでいたのは京成線沿線だった。
京成線には都営浅草線を介して京浜急行電鉄と相互乗り入れをしていて、その関係から、なんとなく愛らしい赤い色をした京急の電車に乗ることも多かった。
京急の車両が駅を発つたび、「ドレミファ〜」と歌ってくれることを知って以来、余計に電車のことが可愛く思え、愛着もじわりじわりと芽生えていたのかもしれない。
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きょう、三崎口にいくために、わたしは10年前に初めて乗ったあの赤い電車で揺られていた。
わたしが初めてあの赤い電車に乗って新しい生活を始めたあの時から、もう10年が経とうとしている。
今はもう東京から離れたが、10年前の新入社員だった頃の自分と変わらず「新しい街で慣れない仕事」に精を出している。10年経った今も、また同じことをしてるというわけ。
自分自身の感覚だと今のわたしは10年前のわたしと何も変わってない。残念なことに、自分が想像していた33歳の自分ほど、今の自分は全然“大人”じゃなかった。けれど、「これはこの程度」と知ってることもたくさんあって、「あ、これは知ってる。」と思えるシーンも少なからずあって、新しいことと対峙する時のドキドキする気持ちとかそわそわする感じを忘れてしまったように思う。
車窓を流れていく赤い電車を眺めていたら、あの時の初々しい感覚をなんとなく思い出して、今のわたしが「歌う電車」のあの音を聞いたら、きっと泣くな。とか考えながら、来年も真っさらな気持ちでまたたくさん頑張らなくちゃなあ、と思っていたら泣けてきてしまった。
涙もろいのはきっと10年の時間がわたしの情緒を豊かにしてくれたせいだ。そういうことにしておく。
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京急がモデルになっている大好きな曲。イントロでドレミファインバータの音が聴けます◎
リズムラインが電車ぽくて好きな一曲
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