信じているかを試されている
あまり気持ちのぶれも感じなくなってきたと思っていた矢先に、梅雨に突入し低気圧の影響か少し揺れ動く気持ちが見え隠れすることもある。今日は気持ちよく晴れているけれど。
外出自粛は少しずつ緩和されてきているとはいえ、だからといって出かけることもなく、この2か月ほどとほぼ変わらない生活を送っている。
遠距離でパートナーとの関係を続けているのだけれど、離れている距離も感じて、ここにきて信じているかを試されているのかなと思うことがある。
相手に試されているわけではなく、自分自身が相手を信じているかということを試されているような気がしている。
自分自身に問う、ということになるのだろうな。
いくつか、しっくりきていないことがある。
国を跨いでいることから、今までのように会いたいときにすぐに会えるというわけにはいかない。
⇒コロナの影響でこの先、国の行き来がいつオープンになるのか、普通の旅行ができるようになるのはいつになるのか不確定。今のところ次にいつ会えるのか予定が立たない。
彼はそれほどマメではなく、インターネット接続も契約していない。
⇒コミュニケーションがあまりない。今の時代、ビデオ通話も普通だが回線が不安定という理由でほぼしていない。私は特に必要とされていないのではないかと感じる。
彼は仕事で自国にいないときなど、年老いた母親には毎週電話をしているのを知っている。安否確認含めてだとは分かっているけれど、私に対してはそうは思わないんだな。
比べるところではないけれど家族にはなれないんだなと思う。
気持ちは測れるものではないけれど、私の方が相手を好きでいる気持ちが強いような気がする。
⇒彼からの愛情表現があまり感じられず、どう思われているのか分からない。その割には、当時の仕事場のアフリカから2週間ほど休暇ができて飛んで会いに来てくれたこともある。
彼は時間の使い方が上手く、毎日を楽しんでいる。
⇒一緒にいられなくて、時間と楽しみを共有できないことが悲しい。
と、私の一方通行ではあるけれどマイナスの考えが頭をよぎる。
これらの話し合いも今までさんざんお互いにしてきていることだし、彼の答えも分かっている。
私が思っているようなことなんて全く考えていないことも、どこかでちゃんと気づいてはいるけれど、どうであれ、傷つきたくないんだろう。
仕事も、関係性も何だかもやもやとしている中、気候も相まってもうどうでもいいやと少し投げやりな気分にもなる。
これは不安と自信のなさによるものか。
もう大分なくなったと思っていたけど、まだまだこういう気持ちが沸々と湧き上がることもあるのだなと思う。
マイナス面も考えが尽きると少しずつプラスの面も見えてくる。
手放したくはないのだから、
あとは、ただゆだねて相手を信じようと思う。
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