6月7日
「いま、何してる?」
「家にいる」
「まだ帰ってないんだったら、ランチどうかと思ったけど帰っちゃったか」
「今から支度して行くよ」
ショッピングモールで鏡を前に洋服をあてていると、後ろに彼が立っていた。
3ヶ月ぶりに会うその人はだいぶ風貌が変わっていた。ブランド物に身を包んで、髪はワックスで固めていた。
「全身黒だね、ヤンキーみたいじゃん」
「うるせー、モード系っていうんだよ」
「どこ行くの?わたし和食の気分なんだけど」
「洋食!」
眩しい。前なら迷わず掴んで離さなかった手はわたしの手を掴まない。屋外に出て人混みの中を行く。小洒落たレストランに入り、同じメニューを注文する。鶏肉のソテーと温野菜、小さなバスケットに小さく切ったパンが3種類並んでいた。
「あの白いパンは?」
「食べちゃった。美味しかったよ」
「俺のパン返せ」
「お替わり自由だからいいじゃない」
その後、何回お替わりを頼んでも、最初に入っていた白いパンはバスケットに並ぶことはなかった。レストランを出て、別れようとすると「大丈夫?」と訊かれる。「しんどい」と答える。じゃあ買い物終わるまで付き合うよ__
私たちは何度やり直してもうまく行くことはない。高校生のとき、夜中によく呼び出して、小学校のブランコに乗った。お互い親が仕事で居なくて、夜の公園で他愛もない話をして淋しさを埋めた。恋人でも友達でもない、夫婦でもない、ただの腐れ縁が30年続いている。友達もたくさん居て、子どもたちにも愛されている。人には恵まれてる。でも、幼少期から続く淋しさみたいなものは、特定の人じゃないと消すことが出来なかった。
「もう大丈夫?」
「しんどかったらまた連絡していい?」
「いつでもいいよ」
気付かれないように泣いた。
友達でも恋人でも、夫婦でもなくなったただの他人だ。20年前のように、友達に戻ったことにすればいい?当たり前だけども時計の針は元には戻せないし、戻ったところで私たちは同じ過ちを繰り返す。無理なものは無理。一緒にいて幸せになれないものはなれない。俯いて歩く彼の後ろ姿を見送る。離れ離れに暮らすことで私たち家族は平和になった。時々、子どもたちとパパの話をして笑い合うくらいが丁度いい。
上手くいかなくて良かったんだと思う。
私たちは違う人間で、誰かを想う気持ちがそのまま相手に伝わらないことを学べたんだから。わがままをぶつけ合って、お互い消えない傷を作って。自分をいちばん傷付ける人間が、いちばんの理解者なのは皮肉なもので、何も言わなくても互いが互いの弱いところを読み取っている。
上手くいかなくていい。
役割を捨てたら私たちは、もっと上手くやれるのかもしれない。また一つ、肩の荷を下ろせたように思う。
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