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【ワーホリ国際恋愛体験談】 ⑥ もしも、のはなし バイロンベイの男 (前編)

☆これまでのあらすじ☆
29歳、初ワーホリでオーストラリアのケアンズにやって来た!
ケアンズは頭のネジをいくつも無くしてる人が多いので旅に出ることに…。

☆用語解説☆
・ワーホリ: ワーキングホリデービザ(若者の異文化交流を目的とした就労可能なビザ)、またはその保持者。
・バッパー: バックパッカーズホステルの略。安宿。

※この記事はほぼノンフィクションです。誰かに迷惑が掛からないようちょっとだけフィクションを混ぜてます。

***
(本編ここから)

恋の相手としてアーティストほどやっかいなものはない。
ましてやその才能に惚れてしまったら尚更。

あれがきっと、一目惚れというやつに違いない。

オーストラリア東海岸のゴールドコーストから車でおよそ1時間半ほど南に下ると、それはもう絵になる美しさを持つ小さな町、バイロンベイがある。

どこもかしこもが額に入れて部屋に飾れそうな、静かで落ち着いて、時間がゆったり流れているような、そんな場所。

都会的なブリスベン、賑やかなゴールドコーストから下って来ると余計に、その静かな美しさにほっとする。


初めて会ったとき、彼はビーチ沿いの木陰に居た。

砂のお城を建造中の親子、
本を読む人、
犬の散歩をする人、
座って愛を語り合う恋人たち、
いろんな人が思い思いにその美しいビーチで時間を過ごす中、

私は一眼レフカメラ片手にビーチを散策する人、
彼は、絵を描く人だった。

浅瀬のビーチを山やお城を避けながら歩いていると、遠くに小さな人の集まりが。
歩を進めてその集団に近づくにつれ、彼らはある画家の絵を少し距離を置いて眺めているのだということが分かった。
私もつられて遠巻きにキャンバスを覗き込んでみた。

青い空に強烈な日の光を受けて輝くビーチ、人々がそれぞれの時間を過ごす、その目の前の風景が不思議な色彩で描かれていた。

なんて色使いをするんだろう…。
思わず息を呑んだ。

彼の描く世界はとても輝いていて、色彩豊かで、見る者を一瞬で惹きこむ。
その感性が凡人の私には不思議で仕方がない。

彼の筆遣いには迷いがなかった。
時々視線をビーチに向けるけれど、きっともうその画家の頭の中にイメージは出来ているのだろう。

風に揺られる木々の間から時折強い光を受けながら、彼の描く世界から目が離せなくなっていた。
いや、でも明日にはここを出る予定だし、まだあちこち観光もしたいという気持ちもあって、ジリジリしていた。

立ち去ろう、今。
いやでももうちょっと。

彼の筆があの箇所を終らせるまで…。
ジリジリ…。

区切りの良さそうなときに画家に話しかけ賛辞を述べて行く人も何人も居た。
そんな人が現れると、画家はすぐ近くに置いていたビジネスカードらしきものを渡していた。

いいな。
彼の絵が部屋にあったらどれほど素敵だろう。

あんなに素晴らしい彼の絵だ。
人だかりが出来るくらいだし有名な人なのかもしれない。
きっと目が飛び出るほど高額だろう。

どうせ買えないのなら今しっかり見ておこうと決めた。
お金が無いって切ない。

筆を置いた画家が足元のペットボトルで喉を潤す。
ふうっと一息ついて、絵を覗き込んでいる人々に笑顔で応じ始めた。
どうやらこの日はもう終りのようだった。

彼は周囲を囲んでいた人々を見回し、私がいる側にも視線が移って一瞬目が合った気がした。
気のせいだろうけれど、それは少し長い一瞬の気がした。

遠巻きに見ていた人たちが次々に絵に近づき、彼の姿がそんな人々の影になった。
片付けを始めた彼に、人々は代わる代わる賞賛の声を送っていた。

私も周囲に倣い、その感動のまま拙い英語で彼の絵がとても好きだと伝えた。

彼は「ありがとう。」と笑い、
続けて「君はどこから来たの?」と尋ねてきた。

片付けを始めたのを機に、先ほどの人だかりは散ってしまっていたからだろう。
思いもかけずに会話が続いた。

「ここには旅行?
どこかもうこの辺りは見て周った?」

見掛けないアジア人の女の子ひとりだから気にしてくれたのかもしれない。
このまま会話を続けていて良いのだろうか、邪魔になってはいないだろうかと、私は周囲を気にした。

「僕は奥さんが居るんだけどね。
そうじゃなかったらこの後君を誘いたかったな。

実はさっき君を見て、なんだか雰囲気あるなぁって気になったんだよね。」

さっき目が合ったのは気のせいではなかったのかもしれない!

これだけ素晴らしい絵に出会えたこと、そんな世界を作り出す人と会話できたことだけでもう舞い上がっていたのに!
自分の心臓の音が耳に煩いほど響いた。

彼は真っすぐ私を見て続けた。

「目が、強いよね。君は。」

いわゆるアジア人女性の特徴とされる切れ長の目ではないのだけれど、私は昔から目力があるとは言われてきた。
気を抜いてぼーっとすると怒っているようで恐いとも。

この特徴は人に覚えてもらうには都合が良いけれど、何もしていなくても恐がられたりして、私はこの目がそれほど好きではなかった。
普段から出来るだけ目を開けすぎないように気を付けていたくらいだ。

そんな私の密かなコンプレックスが、この素晴らしい絵描きの彼の興味をひいてくれたのは素直にラッキーだった。

バイロンベイに来て良かった!
彼の絵が描き終わるまでここに留まって良かった!

過去の自分の行動は間違っていなかったと心底思った。

「ここにはいつまで居るの?」
彼の片付けは間もなく終わりそうだった。

「明日のお昼のバスで出ます。」
もう長距離バスのチケットは買ってあった。

彼の手が止まった。
「明日?」

基本的には1年間のワーホリ期間中に、あちこち旅して周りたいし、旅費のために働いたりもしたかった。
バイロンベイは美しいと聞いていたので、ちょっと立ち寄っただけだった。

「そっか、もうちょっと居られると良かったのに。そっか。」

分かりやすくうなだれてくれたのは、素直に嬉しかった。

「それなら尚のこと、君を誘ってどこか飲みにでも行きたかったけど。
でもほら、僕には奥さんが居るしさ。」

何でもない会話をしている内に少しずつ冷静さを取り戻していた私。
そういえば最初から、不自然に飲みに誘いたいとか、奥さんが居ると言ってることに気づいた。
聞いてもないのに。

もしかしてリップサービスじゃない?
まさか本当に私と一緒に居たいと思ってくれてる?

探るように言ってみた。
「飲みに、行きたいですね?」

片付けの手が完璧に止まった。

「え?!行きたい?
そうか、え、困ったな。どうしようかな。」

急に嬉しそうにしたかと思えば、今度は動揺し始めた。
なんだなんだ。

「・・・行ってみる?」

あんなに私を圧倒させた絵を描く人が今、私の顔色をうかがってる!
何が起こってるの?!

コントのような彼の言動に、思わず吹き出しそうになったのを堪えた。
終りそうだったはずの彼の片付けはなかなか終らない。

なんて人!

あんな誰も思いつかないような世界を描く人なのに!
なんでこんな分かりやすく可愛らしいの?!
絶対年上なのに!

そんなギャップがおかしくて、私はいとも簡単に彼自身にも惹かれた。

つい意地悪をしてみたくなった。

「でも、奥さんいるんなら、やっぱり行けないですよね。
残念です。」

うなだれる画家。
「うん。そうなんだよね。
ダメだよね…。」

慌てて彼は続けた。

「でも!奥さんがうるさくてなかなか友達と飲みに行けなくて、
だから本当に時々なんだけどね、時々、誘われて飲みに行くこともあって、
最近は行ってなかったし、

…だからダメなことも、ないかもしれない、かな。」

なんとか問題にならないように、飲みに行ける言い訳をしながらもごもごしてる。
面白い。

あんな素晴らしい世界を描ける人が、目の前でポンコツになってる!

もう笑うのも堪えきれなくなった。

「じゃあ、行っちゃいますか?」
笑ったままで、聞いてみた。

そんな私を見て照れながら、
「本当に?」
彼は嬉しそうに尋ね返した。

これは、ヤバイ。

(続く)


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