【東京旅】もうあと何回、会いたい人に会えるんだろうか
「いっしょの時間」
というサイトをご存じだろうか?
いくつか質問に答えるだけで、あなたとあなたの大切な人が、人生であと何時間一緒にいられるのかを計算してくれるサイトだ。
こわいだろー?笑
ちなみに、40歳の私と74歳の母に残された時間はこんな感じ。
驚愕した。
なるほど。時間は有限なんだな。
そんな母に親孝行がしたいと二人で訪れた東京。
1日目は私の推し活に付き合ってもらった。
「2日目、東京で何したいー?」と母に聞いたら、
「よっちゃんに会いたい。」
と、即答した。
"よっちゃん"とは、母の70年来の親友である。
頻繁に会える娘との時間も有限だが、もっと過ごせる時間の少ない親友がいる。母はそんな親友に会うべく、2日目は横浜に向かった。
今日は、
そんな74歳乙女たちの話を聞いてほしい。
よっちゃんは母の親友だ。
小中高が同じで、二人とも東京の大学に出てきた。よっちゃんは結婚して横浜に住み、母は北海道へ戻り父と結婚した。それが正しい判断だったのかは未だ不明。
その後お互い子どもが生まれ、横浜と北海道を行ったり来たりしながら、2家族一緒に仲良くいろんな所に行ったものだ。
私の結婚式にはもちろんよっちゃんも参列したし、披露宴では母の隣の席に座った。要は「両親卓」と呼ばれる、家族席。一番大事な卓。
私と違って友達が多い母の、一番の親友。
それがよっちゃんである。
その後、子どもたちが結婚し、孫が産まれても友情は続いていた。
昔は1年に1~2度は会えていたけど、二人とも歳を取り、昔のようには会えていなかったここ最近。
北海道にあったよっちゃんの実家を、数年前ついに手放してからは、よっちゃんがこちらに来ることも極端に減ったのだ。
よっちゃんは十数年前に、夫を亡くした。
突然だった。
私が結婚する年の春だった気がする。
神様の巡りあわせなのか、偶然なのか。
よっちゃんの旦那さんが亡くなった時、母はたまたま私たちに会いに東京に来ていた。急遽、私たちはよっちゃんに会うために横浜へ向かった。私の父も、夫も一緒に。
待ち合わせた駅でお互いを見つけた瞬間、二人は駆け寄り、母とよっちゃんは抱き合った。
私は今だにあの二人の姿を忘れられない。
強く、強く、長いハグだった。
二人とも一言もしゃべらなかった。
二人とも泣いていた。
よっちゃんの苦しみや悲しみを少しでも母に分けてくれたならきっとよかったと思う。楽しいことは2倍、悲しいことは半分に分けるのが友達だって誰かが言ってた。
それからもそれまでも、母もよっちゃんも本当に苦労したと思う。それでも、二人は誰よりも笑いながら生きている。
母は、よっちゃんに会いたいと、
ずっと言っていた。
今回、数年ぶりの再会が叶った。
そんな二人の再会のシーンが、みなとみらい駅改札での、熱いハグである。
私まで、目頭が熱くなった。
うそ。目頭どころではない。
私は動画を撮りながらしっかり泣いた。
二人も笑いながら泣いていた。
(私のInstagramで動画が見れるので、是非見て欲しい。よっちゃんのハグの強さがわかるはず。)
あぁ、連れてきて良かった、と心から思った。
「連れてきてくれてありがとう」とよっちゃんは何度も言ってくれた。
よっちゃん、
ありがとうを言うのはこっちだよ。
感動の再会も束の間。
急いで!!とよっちゃんが言うので、3人で時間無制限のビュッフェのお店へ足早に向かう。よっちゃんはビュッフェが大好き。
「あそこのビュッフェ、土日は予約できないのよ~!」だから急いで~!とエスカレーターを駆け上がるよっちゃんをみて、久々に母より元気な70代を見たと思った。
歳を重ねて、もう、どこに行きたいとか、何を買いたいとか、そんな欲は減ってきていると母は言う。
それよりも、会いたい人に会う。
それが何よりのプレゼントになった気がする。
昔のように二人はみなとみらいを満喫し、一緒に買い物もして、羽田空港に向かう道中も、めいっぱいおしゃべりをしていた。
途中、駅の構内で崎陽軒のシウマイを買い占めるよっちゃん。まさかの全部、私たちへのおみやげだった。
想像してみて欲しい。
薄いエコバックが破れそうな崎陽軒7箱の重量と、電車内に広がるツーンとした芳醇な香りを。ありがたい。そりゃもう、ありがたいです。
腕を組み、二人は羽田の出発ロビーを楽しそうに歩く。
そして、二人はロビーでおしゃべりしては、ゲラゲラ大笑いしたあと、会えて良かったとまた二人で泣き出した。あぁ、なんて幸せで大忙しの羽田空港。
いよいよゲートの中に入る時、よっちゃんは
「本当に、会わせてくれてありがとう」と私に何度も言ってくれた。
何度だって会わせますよ。
娘だもん。
娘だって母の喜ぶ顔が見たいんだ。
こんなこと言っちゃなんだけど、もう何回会えるかなんてわからないもの。口には出さなかったけど、会える時に会わないと、こんな時間が次いつ過ごせるかなんて保証はない。
でも、それを誰よりわかっているのは二人だ。
誰も口には出さないけど、それをわかっている。だからあんなに涙が出るんだろう。だから何度もこみ上げるのだろう。
またこんな時間を作ってあげられるかな。
いや、きっと大丈夫。
何度だって会えるさ。
また会おうね、よっちゃん。
きっとまた連れてくるから。
よっちゃんは、手をぶんぶん振りながらお見送りしてくれた。私たちが見えなくなっても、よっちゃんはしばらくそこに立っていた。
出発ゲートの近くでグラデーションに映る富士山を見ながら、母は何度も「ありがとう。しあわせだわ。」と言ってくれた。
うなぎを食べた時も、田中一村展を見終わった後も、ホテルを出る時も、母は何度も「私、しあわせだわ。」と言ってくれた。それだけで十分。ほんとうに、十分。
よっちゃん、母と仲良くしてくれてありがとう!
また来るね!!
それまで、元気でね!!!
いい時間を過ごせてよかったです。
ありがとう、東京!
ありがとう、よっちゃん!
またね!