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あるものの裁き

 ○○くんは、親に捨てられたので施設に入りました。

 でもはたちになったので施設から出なくてはなりません。

 施設の人たちが○○くんの住むアパートを決めてくれました。

 ○○くんの仕事さきも施設の人が決めてくれました。

 生活のしかたは施設で教わりました。

 でも仕事のしかたは教わりませんでした。

 しかもこまったことに、○○くんはおつむがすこし足りません。

 なので会社の工場では失敗ばかりです。

 しかもみんなやさしくないのです。

 「だれだ数をそろえないでしばったやつは。またお前か。いい加減に覚えろ」

 「だれだこんなところに溶剤のバケツをおいたやつは。この溶剤は高いんだぞ」

 「なんだこんな簡単なことがひとりでできないなんて」

 「○○またお前か!」

 「いつまでお客さんのつもりでいるのだ」

 「馬鹿は馬鹿なりに・・・・・・」

 ○○くんは○○くんなりに一生懸命はたらいているのですが、どうもせっかちすぎてうまくいかないようです。

 ある日○○くんは社長室に呼び出されました。

 社長は○○くんに言いました。

 「きみね、この会社にいたければいつまでもいてもいいよ。だけども辞めたいのならいつでも辞めていいよ。きみはそのていどの寄生虫なんだからね。もうね、法律の関係できみのような人でも会社は雇わなければならないんだ、でもね、きみでなければいけないわけでもない。きみのかわりはいくらでもいるんだ。自分はその程度のひとと思ってくれたまえ」

 社長の言ったことは○○くんにはよくわかりません。でも○○くんは、自分は社長にきらわれていると思いました。

 なんとか社長さんをよろこばせよう、そうすればぼくのことを好きになるだろう。そうだ!社長さんのお部屋には大きな綺麗な花びんが置いてあった。だけどもお花が入ってない。あの花びんにお花を活けよう。そうすれば社長さんもよろこぶだろう。ぼくのことを好きになるだろう!

 ○○くんはそう思いました。それで会社の給料日に給料袋をポケットにねじこんで花屋さんまで走っていきました。給料袋には、

 『工場の機械を壊した人に給料をはらうのはあなたが初めてです。社長』

と書いてありましたが、○○くんには読めない漢字が多すぎて意味がわかりませんでした。

 翌日の朝10時ごろ、○○くんは社長室に呼びだされました。

 行ってみると社長は部屋のなかで怒っていました。

 「この花びんに花を生けたのはおまえか?」

 朝早く社長がくる前に○○くんは花びんに水をいれてたくさんのお花を活けておいたのです。赤い花青い花黄色い花白い花。お花屋さんで、いっしょうけんめいにえらんだお花たちでした。

 「はい。そうです、綺麗でしょう!」

 社長はさらに怒りました。

 「なにが綺麗だ。この花びんは美術品としての価値が高いので花びんだけでいいんだ。花びんだけ飾ればいい、花なんかは邪魔なんだ!花なんてこの美術品にとってはゴミだ!」

 社長は花びんから花たちを引き抜いて、○○くんの顔になげつけました。綺麗なお花たちは○○くんの足元に落ちました。○○くんの心のなかで怒りが浮かんできました。

 「なんだその顔はなにをカーッとなっている、あたまを冷やせ!」

 社長は花びんの水を○○くんのあたまからあびせました。

 ○○くんは今度は悲しくなって体から力がぬけて床の上に、ぐにゃぐにゃとたおれてしまいました。

 「なんだそのだらしないざまは見苦しいぞ」

 社長はようしゃがありません。まだ言い続けます。

 「花びんにきずをつけやがって」

 「きずはつけていません・・・きずは・・・ないです・・・」

 ○○くんは消え入りそうなこえで言いました。

 「ばかの指紋がついてしまったではないか。ああ穢らわしい、ああきたならしい」

 「・・・・・・」

 「とにかくこの花というゴミを捨ててこい。さあ起きろ!起きてこのゴミを拾え、ぜんぶ拾え。それから捨てに行くのだ。ゴミ・・・おまえもゴミだ!捨てることにする。そう、おまえはクビだ。明日からここに来るな。

 おまえのようなやつでも雇わないと罰金を支払わなければならないから仕方なく雇っていたのだ!だがおまえのかわりはいくらでもいる。こんどはもうちょっとましな奴を雇えばすむことだ!わかったかこのばか!」

 -ーびしょぬれになった○○くんは、たくさんのお花をかかえて工場の裏にあるゴミ置き場まで歩いていきます。どうしても水がお花から自分のからだからぽたぽたと床にたれてしまいます。

 工場長が、

 「○○ーあとで水ふいておけよー」と言います。

 お花はゴミじゃない・・・ぼくだってゴミじゃない・・・・・・。

 このいきさつを、あるものは、すべて見ていました。 


 深夜。

 無人の社長室のなかで台座の上に乗っている花びんが、地震でもないのにがたがたとゆれ始めました。台座は動きません。

 花びんのゆれははげしくなって、ついに花びんは床に落ちて、

 ぐわーんと轟音をたててくだけ散りました。

 「はっ!」と社長は自宅のベッドのなかで眼を覚ましました。

 ベッドの近くに、あるものがいました。

 「おまえは誰だ」と、社長がたずねました。

 「私は、あるものだ。どこにでも、あるものだ。

 私は人間界のすべてを見ている。人のいるところにはすべて存在する。

 必要な人間といらない人間を仕分けするのが私の仕事だ」

 「何を基準に分けるんだ」

 「私の個人的な感情だ」

 「それは神の領分だ」

 「まだわからんか。私は神だ。閻魔大王だ。有罪とする」

 「うわぁーーーーっっっっ!!!!?・・・

・・・ここはどこだ。なんで暗いんだ。さむい、さむい・・・・・・」


 社長が死んだので会社は倒産しました。

 社員たちは全員失業しました。

 失業した社員のうち半数が首を吊りました。

 のこりの半数は気が狂って物乞いになりました。

 ○○くんはどうしているのかな?

 ○○くんは、いったん施設にもどりました。

 施設の人は○○くんがあまりに仕事ができないのは病気なのではないかと思って、○○くんを病院につれていきました。

 お医者さまの診断は、○○くんはやさしい人たちに育てられたのでやさしい人たちの中でしか生きていけないのだ、ということでした。

 それで、お医者さまは○○くんに生活保護を受けられるようにしました。

 そして、○○くんを入院させました。

 お医者さまは、「ゆっくり社会適応訓練を受ければいいからね。就職できれば生活保護は打ち切りにすればいい。生活保護は再就職できるまでのつなぎだ、そう考えることだよ。生活保護にはそのような機能もあるんだ。

 きみは若いんだ。まだやり直せるよ」そう言いました。

 ○○くんは毎日笑顔です。



 




 



 



 









#短編小説 #福祉問題 #差別 #虐待




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