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[生活エッセイ] 盲点~誰も考えていなかった。

その日、俺は疲れていた。疲れると、どうしても、怒りっぽくなるものだ。
午後一時、ヘルパーさんが来た。
ヘルパーさんに、メモと現金を渡し、買い物に行ってもらった。
私は左膝を骨折して、およそ九か月入院した、入院、検査、手術、リハビリ。
だがまだ左の膝に障害が残りひとりで買い物ができないのだ。
そんな自分が腹立たしい。
しかし、近ごろの物価高、ことに食料品の値上げは常軌を逸している。
俺は金が無い。
だが明日になれは、障害者年金が俺がメインバンクにしている、某銀行に振り込まれる。
しかしこの某銀行のやることは近ごろ常軌を逸している。
いたるところにあった自社のATMを全部撤去した。
今ではこの銀行の本店、支店にあるATMしか使えなくした。しかも、支店の数も減らしているのだ。
コンビニのATMは使える、だが俺はコンビニにすら一人では行けない。
どうすればいいのだ。

ヘルパーさんに部屋の掃除をして貰らった。
俺はスマートホンで某銀行のクレーム受付の電話番号を調べて、電話を架けた。

「はい。某銀行の〇〇です。」若い男の声だった。
「某銀行さん。お金がおろせないんです。うちにデリバリーに来てくれませんか」(ええ、じっさいに、そんなことをしている銀行もあるようなのだ。だから聞いたのだ)
「・・・・・・」
(困惑しているようだ)
「おたくのやり方はおかしいです。同業界でも異端視されているようですが」
「・・・・・・そうですか・・・」
「ATMはみんな撤去。支店の数も減らしている。困っているのは私だけではないでしょう」
「はい・・・」
「一体こんな事誰がきめましたか」
「それは、社長がまぁ」
「社長?ふん、社長の歳はいくつだ」
「六十四か五かといったところ・・・」
「ふむ。社長はきっと足や腰が達者なんだな。それで、ワンマン経営か」
「いえ、そんなわけでは」
「あんたねえ。君は若いからわからんかな。年を取ると体が動がしにくくなる。立って歩くのもつらくなってくる。私だって障害者だ、満足に外を歩けなくなってしまった」
「はい」
「まだ若いうちで、それで健常者ならまあ何とかなる。しんどいなー。と思っても、少し遠いコンビニまで歩いていける。それに車。ここは車社会だ。みんなどこに行くにも車だ。車なら遠い銀行まで簡単に行ける。
だが、私はもう若くない。私は車の運転もできない。車も持っていない。
移動支援という福祉の制度があるが、これだと車に乗せてくれる、一緒に買い物もできる。だがこれは、予約制だ。移動支援の車がくるのは、いまから六日後だ。それでやっと、お金が下ろせる。だが六日間おれはづっと文無しだ。それでも待てないとなると、タクシーを呼ぶしかない、しかも介護タクシーだ。介護タクシーの料金は高いんだ。介護タクシーで銀行にいく金を下ろす。そして帰りも介護タクシーだ。高い手数料だな」
「そうですね」
「君たちの社長は元気だから、それに金持ちだから、わからなかったのかな。こういう人たちがいるってことを。
身体が弱い人。障害のある人。動くのがつらい人。貧乏な人。わずかな収入で、やっと暮らしている人。社長は金持ちだからそんな人たちがいることを考えなかったのかな」
「いえ、このプロジェクトは私たち一同が考えてやっていますことで・・・」
「多くの人でやっているのか?
なら君たちのなかで、私たちの存在を考えた人はひとりもいなかったのか?」
「いえ・・・そんな・・・誰かが・・・」
(言葉が尻つぼみになっていく)
「君たちは高い給料を貰っているので、わからなかったのか?
俺の収入は、月に八万円だぞそんな貧乏人のことなんて、考えないのか?誰ひとり考えなかったのか?」

それから俺はそいつに、昭和金融恐慌の事を話した。
事実誤認にもとずく噂おいあの銀行は危ないそうだぞ。噂は訂正されなかった。むしろ拡大していく。あの銀行も危ない。この銀行もだ。
預金通帳を持って客たちが東京都内の中小の銀行に殺到した。金を全部下ろ
せ!金を全部返せ!
下ろせと言われれば下ろすしかなかった。
銀行から金が無くなっていく。
日本の経済はますます低迷していく。

取り付け騒ぎ。
銀行が一番恐れることだ。
俺はそいつを怖がらせて。電話を切った。

本当に信じられない。
最初からだれも考えていなかったなんて。


後日談
今日午後に、訪問看護の看護師さんが来た。
俺は昨日のことを言った。書いたと言った。
だがまだ投稿していないと言った。
看護師さんが、スマートホンを操作しながら言った。
「市役所に、権利擁護センターていうのがあるから。
お金とか下ろして来てくれるから。
だけど、少しお金かかるよ。(それほど多くはなかった)
あの銀行の人も、ここまで調べて、教えてくれればよかったのに・・・」

よかった。行政は考えてくれていた。
ふう。
ごめんな、某銀行のあんちゃん。ごめんな。










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