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嫌ですやりたくありませんはいまだに言えず。
嫌なことは嫌ですとはっきり言える人間を尊敬している。
それは違うんじゃないかと思うことを言われても、
「まぁ仕方ないそうなのかもしれないな…」
腑に落ちないと思いながらもはっきり言えたためしがない。
「まいっか」
毎回そんな感じだ。
無理難題ばかりだった。
今思うと私の母は少し変わっていた。
私は東北の雪深い地域で育ち、ひ弱だったので1年中風邪を引いていた。
中学の制服は、赤いスカーフのセーラー服にひだスカート。
田舎にしてはそこそこ可愛いデザインのほうだった。
同じだからこそ差が出る見た目の違い。
裕福な家の娘は襟から可愛いニットがちらっと見えた。
冬は暖かそうなタイツに可愛い長靴、軽そうなコートを着て、どことなくあか抜けている。
細かいアイテムで勝負するのが制服の着こなしだろう。
中学の制服に、履くわけもないのにおまけでパンタロンがついてきた。
セーラーにパンタロンなんて、戦時中の女学生でもあるまいし。
「こんなかっこわるいもの要らないよね」と誰もが言っていた。
そして実際に履いている人は1人もいなかった。
冷え込みの強いある朝。
着替えようとしたら暖房の前に、さも当然というようにパンタロンが置いてあった。
こんなものをはいて学校に行ったら、物凄い変わり者になるのは間違いない。
「寒いから風邪ひかないように履いていきなさい。」
「…」
無茶なことを言われても、こんな時逆らえないのが我が母。
なにも言えないのが私だった。
制服にいらないおまけがついてきたせいで。
恨めしい気持ち。
それでも嫌とは言えなかった。
その日から私には新しい日課が出来る。
毎朝パンタロンを履き、分厚いコートを着て家を出た。
家と学校の間の空き家の陰で、スカートに履き替える。
誰にも見られないように忍者のような素早さだ。
パンタロンを脱いだ後は、心も軽くなり学校に足早に向かう。
帰りはパンタロンに履き替え、家に帰る。
よくこんなバカみたいなことを何回もしたもんだ。
友達は空き家の外で見張りながら、着替える私を待ってくれた。
こんなもの履きたくないが言えなかった私。
でもそれも自分。
大人になった私は、この話を面白エピソードとして笑いながら人に話す。
たいてい笑ってもらえるし、何十年もたってネタになったので良しとする。
風邪をひかせたくない過干渉な母。
ちょっと困りながらカッコ悪いパンタロンに、毎日足を通して家を出た。
嫌なことは嫌というべきなのだろうが、言えなかったのが自分。
嘘をついたりごまかすのが子供。
最近娘の学校もジェンダーレス制服になって、女の子もズボンの子が増えたらしい。
我が母は、ちょっと早すぎた。
今もし中学生なら、個性的でかっこいいので堂々と履いていくのに。
ココ