御衣黄桜と吉野山
昨夜
「読んで聴いて楽しむお茶会」に参加した。
私の提供している「日本語の音を学ぶ音義学」を受講してくださっている元アナウンサーさんの会。
自分の好きな本の一節や、
詩歌など少し紹介し、自分の感想、そこに集う人たちの感想を共有する心温まる会。
私は、紹介する機会があればどうしても知ってほしいと考えている唱歌「さくら」の歌詞を紹介した。
さくらさくら
弥生の空は
見渡すかぎり
かすみか雲か
にほひぞいずる
いざやいざや
見にゆかん
これは今も歌われている唱歌「さくらさくら」の歌詞
昭和16年国民学校の「うたのほん」にあった歌詞が
さくらさくら
野山も里も
見渡すかぎり
かすみか雲か
朝日ににほう
さくらさくら
花ざかり
という歌詞。
この歌詞は、知っている人や歌っている人もいるのでは?と感じることが多い。
そして私の一番好きな歌詞が
江戸時代末期(幕末)に筝曲の本の中に、桜だけでなく四季折々の美しい情景、またそこに集うであろう神々をも愛でているのでは?と私は考えてしまう歌詞がこちら。
咲いた 櫻
花見てもどる
吉野はさくら
竜田はもみぢ
唐崎の松
常盤 (ときわ)常盤(ときわ)
深緑(ふかみどり)
御衣黄桜は岡山にしか生息しないとされているが
これは、奈良県で撮影したもの。
木花咲耶姫命が染井吉野桜であるとするなら
この御衣黄桜こそ磐長姫命の
深淵から湧き上がる私たち女性への、日本人への神様からの愛ではないかと
この櫻を見るたびに感じ入ってしまう私だ。
この仕事を世に出すことにしたころは、大義がないとだめだと言われた。
国のために動く覚悟と大義をと。
そんな立派な大義ではないが
私は、日本の女性が、男性が、子どもたちが笑顔で情操豊かな日本人であることを誇りに思い、それぞれの夢を形にして羽ばたくより佳き人生を歩く応援をしている。
眼の前のこと
眼の前の命
八百万の神々や自然と共鳴し続けた日本人の感性をより
豊かにより幸せな日本人が蘇るために、動いている。
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