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胸が冷たくて寒くなかった頃に

全部捨ててきた私の手元に残る、わずかな写真達を見つめて思う。

あの頃の私の周りにはいつもたくさんの人達がいた、確かに関わりあいながら生きていたのだ、それなのになぜ、私の心はあんなにも孤独だったのだろう。人に期待して裏切られる事に疲れて、ならもう期待するのをやめていいとこ取りしていけば楽なのかもしれない、これをするならこの人と、あれをやるならあの人とってね、めんどくせえ。もうこれ以上人を嫌いにさせないでください。女神ですらそんなことを思ってしまうこんな世界に、感覚の扉を閉じて生きていたのかもしれない。


(目を閉じて)


どうしても綺麗に思い出せない。電球を破壊する怒りのような力を手にした30の春から、こんな世界にさよならを告げて死に損なった34の春までの4年間の記憶。手がかりになる写真もない。美しいピアノマンと共にステージに立ったのを最後に、生きている証を形にすることに意味を見いだせくなったのだろうか。

結婚というものをした。音楽に注ぐ熱量それは透明で、液体と固体の境界線を永遠に保つ奇跡的なそれが、月経に垂れ流す生温かい血の様に私の中からだらだらと止まることなく流れ出ていく日々に、ワンダーなトリップの終わりを感じた。普通に生きてゆけるのかもしれない。音楽という私の要素の一部を知らない彼となら、普通に生きてゆけるのかもしれない。ただの私を愛してくれる彼となら。左手の薬指にプラチナの輪っかをはめた時、わずかに残る透明なものを封印した。

もう惑わされなくてすむよ、この世界に。私が言った?それとも彼が?

憂鬱の風船は自爆して、どうしたらいいかわからなかった私の手を優しく力強く掴んで引き上げ、その胸に抱きしめて包んでくれた彼の笑顔を今でも覚えている。笑ったときの口のはしっこの上がり方が、よく似た二人だった。この世界には人間が多すぎるね、わざわざ新たに創り出さなくていいね、小さな人間に愛を注ぎたければ今すでに存在しているそれをもらえばいいね、でもそれなら猫を100匹迎え入れて幸せにしてあげたいな。ただの私の夢を思想を信念を願いを、そうだね、と穏やかな笑顔で受け止めてくれたね、しばらくぶりに深くゆっくりと呼吸ができた。

可愛い猫がいたから連れて帰ってきたよ、エメって名前にしたの、どんな意味があるんだい?知らない、でも昔から好きな言葉なんだ、この子のためのものだったんだと思う、そうなんだね、エメ、可愛いね、うん可愛い、命に変えても守ってく。

薬を飲まないと眠れないし朝もあなたに合わせて早く起きられないからご飯も作れないごめんね、そんなこと結婚する前から知っているよ大丈夫、起こさないように静かに出かけるね。kanako、夕飯は食べたかい?今起きた食べてない、O.K.何か買って帰るよ一緒に食べよう、エメのご飯はあるよ、えらいねkanakoはエメのmumだね。

ねぇ神を信じている?結婚式もあなたの神の前でだったじゃない、あなたの神のこと教えてよ、あなたが神をどう思っているのかそれが知りたい、君には理解できないよ。じゃあ私が改宗した意味ってなに?あなたの神をあなたの言葉で私に染み込ませるのがあなたの役目ひいては神と私への愛なのではないの?そんなに信じていないよ。信じてないの?じゃあなぜ神が定めた規律を守ってるの?豚を食べてはいけないことについてなぜ考えないの?なぜ神は豚を汚れているとしたのか知りたくないの?神が言うからってそこにあなたの意思はないの?神じゃなくてあなたの思想を聞かせてよまさか、ないの?僕は良くない信者だね。

今日は友達とご飯食べる、軽く飲むから遅くなるよ先に寝てて、わかったよ、シャヒッドが新譜を出したから聴いてるよ、へぇそうなんだ行ってきます。kanako今どこにいるの?バーテンの友達のお店で飲んでるよ、いつ帰ってくるの?さぁ。kanakoそのお店どこだっけ?前に一度連れてったじゃんそこだよ、ちゃんと帰るからエメのそばにいてね。kanako迎えに来たよ一緒に帰ろう、んだよお前人の話聞いてねえなバカかよ帰るよ一人で帰るついてくんな、お会計して、お釣りいらない早くして、ありがとまた来るバイバイ。kanakoリップグロス忘れてるよ。

知るかよいらねえよそんなもん!ついてくんな!!!

運転手さん、早く出して。あの方乗られるんじゃ?怖い顔してんね、早く逃げなきゃ、早く出して。

帰ってエメを抱きしめよう。少ししたらあの男が怒りに震えながら帰ってくる。私が一歩でも自分の世界から飛び出すと、穏やかな顔が一瞬で怒りに震えて赤く染まるのを見てしまった。ただの私を愛してくれていたのではなかったな、自分以外の男それは友達なのにね、といることは許されないんだな、ましてや女がバーでお酒を飲むなんて罪に値するんだろな、女の分際で生意気な身の程を知れと神が言っているのかい?

この俺の女はしおらしく、夜にはこの俺のためだけの淫婦になれ、他の男を見るな話をするなハグをするなんて言語道断だってやつかな。それっぽいな。また間違ったかな。なんか殴ってきそうな勢いだったな、まずいな。こういう時女はいつも弱いよな男の腕力には敵わないんだよ、なんか武器探すか。包丁と金槌と花瓶とハサミ。金槌で頭殴ってから心臓や首あたりをめちゃくちゃ刺せば勝てるかな。エメはケージにいてね、大丈夫、ママが守る。愛おしいあなたに、この私に、あの男がなにかしてくるのならば仕方ない。その時は殺すしかないよ。


(目を開けて)


読んでくれてありがとう。おつかれあなた。おつかれ私。





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