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もう泣かないで まだ歩けるはずよ

振り返れば20才で「まだ歩けるはずよ」と歌い、27才でラズベリーソース・ラズベリーハート (血管と心臓) でも同じ事を歌い、43才の今でも挫けそうな時に呟くこの言葉は、ある意味私の座右の銘なのかもしれない。言葉は現実化する故に自分を鼓舞し、勇気を奮い立たせ、その時自分をうなだれさせたものがどんなに愛おしいものでも一瞬消去し、まず自分を守り、愛せ。”あなたは優しい、だが優しすぎるので心配だ” あの人が言っていた言葉の意味が今ならわかる私の今日は、間違いなく夏の入り口で心身共に若干の疲れを感じるや否や胃腸炎になり強制的に仕事を休まざるを得なくなったのでこの隙にRubiiっちゃえな、心苦しいホリデイ。ギリギリまで突っ走る癖を直したい。


Rubii ♡ single collection

WAKE UP MY HEART / my garden

音の振り返りは前回したので、今回は心象風景など。

どいつもこいつもめぇ覚ませや!!!と、ピンク頭女子が憤っていたのは何だったのかを思い出す。今なら上手に言葉で説明できるから。時代背景としてはなんだか不景気、東大卒の兄ならまだしも、どっか大卒くらいじゃ就職も雲行き怪しいが故に、ひたすら安牌な人生設計に奔走する同世代達に対する憤りが8割くらいあった記憶。賢いのは君達なのだろう、遠い未来を今から見据えた結果のそれなのだろう、将来 ”手に入れるべきもの” を手に入れるために。ならば私にとってのそれは君達のそれとは大きく違うし、私ならいらない、というだけの話。

会社、上司、同僚、部下、合コン。それは学校ってやつの大人バージョン。結婚、出産、初孫。それは女の幸せという名の人類増殖計画。ローティーンの頃からそんなふうなものの考え方をしていた私は今でも基本的にそう思っているフシがある。いい悪いの話ではなく、ね。私なら学校なんていち早く卒業したい、結婚の前には大恋愛が大前提、人類増殖の前には世界を変えることが責務。マイノリティかもしれないけれど、孤独ではない。なぜなら歌が、音楽が味方だからだ、そしてその同志と先達も。ただ普段は孤独噛みしめるよね〜。あの頃も今も、そこはわりと孤独。


” ほんとは何が欲しい? ほんとは何が見たい?

  ほんとは何がしたい? ほんとはわかるでしょ!”


手に入れるべきものとは、本当に自分が心から欲しいと渇望するほどのそれなのか?もっとちゃんと考えてよ、生まれてきた意味とはを。心から欲したそれが茨の道の向こうにあっても、命がけな勢いでもって手にしようとしてよ、私みたいに。 その安牌、”みんながそうだから” なんてふざけた理由からなのだとしたら、私は君の一切の愚痴すら聞かない。

自分に、心に、嘘をつかないということは、誰よりも自分との戦いなのだ。その結果、欲しいものを手に入れた人はしょうもない愚痴などこぼさない。いくつになっても可愛く煌めいているものよ。老けないって、そういうこと。

my gardenは私の庭、自分勝手の末に自分勝手な結末を迎えた幼い愛に、多くを語ることはない。私の庭には、可愛い可愛いアナタの墓石が今日も水に揺蕩う。



ここにいること / ラブ・ライフ

これいい曲だよね。イントロのピアノとストリングスが大輔そのもの。強い風が吹いてるな。彼の本気はカッコいい。向かい風に立ち向かう戦士の背中は、私の中の "男とは" の根底を形作った、かもしれない。あれ、なんかすごい大輔のことを好きみたいじゃん、やだな。曲の構成も今までと違うね、頭のメロディ、1回だけなのね。なのに流れるメロディは大きなひとつのうねり。四分打ちのベースに32のチキチキが乗って、少ししわがれたハウスなピアノを叩きつけるように奏でれば、この星の大きさと自転の目まぐるしさと強い風、そして小さな私とそれを引き止めてくれる力強さに、地球、敵わねえなって思うしかない、そんな歌詞。


” もう泣かないで まだ歩けるはずよ  

 もう大丈夫 その腕を伸ばして”


私を守る戦士が、時に泣いていた事を知っている。アーティストなんて大概、誰かに歌ってるようでその実自分に歌ってたりする事に気づかないのは、普段からあまりにも自分を俯瞰カメラで見すぎて他人のようだからだ。私も、自分を愛したいと泣く一人で、きっと似たような人がどこかにいる。そのすべてのものに歌いかけた、愛の歌。

ラブ・ライフでもその思いは如実に表れているな。大輔の作るカッコいい世界を取っ払った時に自由に出てくる私の想い (それはまあ歌詞ともいうのだけれど) 。中崎英也さんの作る、地べたにアコギを持った晋也、曲も歌詞も決まってない、なんか弾いてみたり、なんか歌ってみたりして作っていこうよ、そしてレコーディングしようという自由な世界。大輔うろうろしてた記憶。所在ない感、ウケる。バナナを取り上げられたゴリラか。初めて大輔と歌詞でぶつかってバッチバチバトルしたな。土に落ちて還るものを単語で表したい私と、それはエグいからやめてほしい彼との初めての対立、シュッと間に入りなだめるように折衷案を出してくる晋也、それを当然聞かない大輔と加奈子、どうも、3人合わせてRubiiです。

この頃恐らく、今まであるものをすべて出した頃。曲も歌詞も。Rubiiにとって初めての変化の時。曲はどんどんカッコよくなって、歌詞はどんどん外の世界に向いていく。未だ見ぬ誰かに届けたいという想いが本気度を増してきた頃か。なつい。


” アナタのとなりで静かに アイを注いでくれる人と

  手をつないだらほら、こわくない そうして毎日步こう!"


音楽好きな人間とは、繊細なものだ。誰にもわからない孤独を抱えているもの。言葉を超えた音というところで会話して、そのシンパシーに ”ひとりじゃない” と救われるものだ、私がそうであるように。未だ見ぬ誰かの隣に、優しい人がいるといい。泣いて怯えるその体を、愛でもって抱きしめてくれるといい。もしいないのならば、せめて私の歌を聴いてほしい。その間だけは私が、アナタを包むから。そんな祈りにも似た願いはここから、どんどん大きく膨れ上がってゆくことになる、その最初の一歩だラブ・ライフ。



ダイヤのココロ / なんかもー、ダメみたい。

いやいやいやいや、まてまてまてまて。なんなんだこの最高素敵なクールミュウジックは!!!おいおい、まてまて。これ売れるんじゃないの。曲も歌詞も最高小気味いいクール。今売ってたら、私買うけど。参った、ビビった。Rubii史上、間違いなく最高傑作。ほんっと、自分で言ってて世話ない。そういうとこある。電子なサウンドなのにどこか部族の舞っぽくて、あ、これは戦いの曲だなって思ったんだ。私は作曲する時、歌詞とメロディが同時に浮かぶ人なので、曲から先にできるということがほとんどない (speenaのLOVE POTION NO 69くらいよ、ほんとに) 。だから曲先で作る音の世界にはイメージできる言葉がないぶん、純粋なものだと思ってて。じゃあこれ、大輔はどんな想いで作ったんだろか、そう思ったらもう電話するしかないでしょ。覚えてなさそうだけど。もし「部族の舞」なんて言ったらもう、結婚するしかないでしょ。しないけど。

アレンジャーさんは田辺恵二さん、ひょうひょうとしてパンチ効いてる金髪お兄様。その素敵な内面は当然、音にもひょうひょうと表れ、「え、こんなことしていいんすか?聴こえないすけど、入れちゃっていいんすか?!」と、大輔をめくるめく初めてワールドへと誘った。ちなみにこの頃のCD、シングルといえばちっこいんだけど (8インチだっけ?) 、当たり前のようにインストゥルメンタル入ってますので (メインボーカル抜きマイナス1、カラオケってことね) 、こっち聴いたら大輔の興奮の理由がよくわかる仕組み。サビでなんか、忍者いるよね、なんか子供がニンニン言ってるような声聴こえる笑


” 「あのコって大嫌い。」 言われても気にはしなーい

  エガオのひとつ おかえししてあげましょう 死んじゃうくらいのね。”


ツンツン尖ったエッジガールの集大成。自分が心地良いと心から感じるもの、考え方、在り方に、”否、どうかと思う” と矢が飛んでくる。飛ばされるこちらはそんなこと百も承知。それでも自分に嘘はつけない、性分だからしょうがない。自分を騙してお酒で憂さを晴らす人生よりも、素面で酔っ払いながら、うん、楽しいよ、と笑える人生でありたい。それがどんなに茨の道であろうとも。

なんかもー、ダメみたい。んー、やばいね。これも最高クールだね。田辺恵二さんとRubii、相性よかったね。歌いだし終わりのストリングスなんなのかっこいい。ちょいちょい自由にぷいーんっていうベースなんなのかっこ可愛い。サビのコード感なんなの大好き。エッジの効いたポップスは例えるならハードキャンディで、色とりどりに煌めいてて挑発的でいつもそばに置いてたい、眺めて愛でて舐めたら甘くて、溶けてなくなるからたくさん欲しい、ポケットに隠したiPod (クラシックが一番可愛い) みたいに。

ボーカリゼーションならこちらも集大成。相変わらずリズム突っ込むとこあるけど、周りの音よく聴ける、感じられるようになったね。よくがんばりました。歌詞ならこれは、最初で最後の  ”すべて想像で書いた” やつだ。なぜ?もう経験も尽きたから。1つの経験から1000通りの表現でものを作るなんてまだまだ出来なかった21の私は、曲を聴いた時の ”終わった恋感、どこか爽やか” なるものをどうしても描きたくて、だって曲がそう言ってるんだもん、でも経験がなかったから想像で。そしてそれは、そんなに遠くもなかったとも思う。とことんまでやりあって終わりを迎えた二人には、もう会えないねって淋しさと、もう会わなくてすむねっていう爽快感があるものだ。大好きだったよ、君なら幸せになれる、バイバイ。


” アナタが閉めたドアの音を 合図みたいにして目を閉じた

「アタシってバカ?」とつぶやいたら 長すぎるため息こぼれた。”


この歌の最後のブロック、ここからお話を膨らませていった、最初に出来た歌詞。1行目を大輔が、2行目をマネジ愛子が「いいね」と褒めてくれたのを覚えてる。アナタが手放すものをしっかり見届けてくれ。そのドアが閉まる時、アタシのココロも閉じる、永遠にアナタから。もうそのひとつしかないというところまで追い詰めてから最後の一手を相手に打たせる理由はただひとつ、それを超えてほしいから。まぁ、超えてくれた人はいなかったけどね。



この曲がRubiiの最後の曲っていうのもなんか、ね。いいじゃない、なんか合ってる。あんまりよく憶えてないの、いつの間にか大輔がいなくなってた。いやもちろん話し合いはしたはずで、俺は辞めるって。さよならを決めた人を誰が繋ぎ止められるだろう?でもたぶん私は淋しくて、どこかで受け入れていなかったのかもしれない。そのシーンが思い出せない。ちくしょう、切なくなってきた。泣くもんか。

私がソロに?歌詞もまともに書けてないのに、曲はどうするの?作るしかないか。よし、やってみようって21か2の頃に作った ”calm soul” という曲で再びデビューするまでの間、東京は渋谷パルコ1館、今はなきcafe bongoでアルバイトをしながら、後にspeenaでお披露目の機会を頂いた曲達を1日1曲な勢いで生み出していたピンク頭の話はまた、次の機会で。東野さん、お元気ですか。


著者の愛猫近影(エメ)


読んでくれてありがとう。好き。







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